今、アーセナルはふたりの主力が欠場している。 ブカヨ・サカは右足ハムストリングに違和感を訴え、長期の戦線離脱を余儀なくされた。17節時点で5得点10アシスト。攻撃の核となる右ウイングの代役は見当たらない。 ひざの関節を痛めているベン・ホワ…

 今、アーセナルはふたりの主力が欠場している。

 ブカヨ・サカは右足ハムストリングに違和感を訴え、長期の戦線離脱を余儀なくされた。17節時点で5得点10アシスト。攻撃の核となる右ウイングの代役は見当たらない。

 ひざの関節を痛めているベン・ホワイトも、いつ復帰できるのか明らかになっていない。安定した対人と秀逸なポジショニングを誇る右サイドバックの欠場は、アーセナルにとって大きな痛手だ。

 彼らのほかに、冨安健洋の名前も故障者リストに記載されている。復帰に向けた治療を始めているのか、ウォーキング程度なのか。ミケル・アルテタ監督は「復帰はまだまだ先」と口が重く、メディカルスタッフは黙して語らなかった。


冨安健洋は冬の移籍市場で動くのか

 photo by Getty Images

 それにしても、冨安は負傷欠場がめっきり増えた。今シーズンは7節のサウサンプトン戦に途中出場しただけで、プレータイムはわずか6分。昨シーズンも交代を含め、ピッチで躍動したのは22試合に終わっている。

 では、ここで冨安の負傷履歴(ボローニャ移籍後)をチェックしてみよう。

2019-20 ボローニャ ハムストリング(2019/10/11〜11/16)
2019-20 ボローニャ ハムストリング(2020/7/22〜8/31)
2020-21 ボローニャ ふくらはぎ(2021/2/26〜3/16)
2020-21 ボローニャ 筋肉(2021/4/3〜5/2)
2021-22 アーセナル ふくらはぎ(2022/2/20〜4/21)
2022-23 アーセナル 筋肉(2022/11/3〜11/15)
2022-23 アーセナル ひざ(2023/3/16〜7/1)
2023-24 アーセナル ふくらはぎ(2023/12/3〜12/30)
2023-24 アーセナル ふくらはぎ(2024/2/5〜3/20)
2024-25 アーセナル ひざ(2024/7/21〜10/2)
2024-25 アーセナル ひざ(2024/10/6〜)

 ボローニャの2シーズンで123日間、アーセナル加入後の3シーズン半で407日間(2024年12月29日現在)も欠場している。

【過密日程によるダメージは甚大】

「試合後やトレーニング後のケアにも怠りはない」(アルテタ監督)

「毎日毎日、自分の身体を入念にチェックしている。とてもストイックで、若手のお手本になる男だ」(ウィリアン・サリバ)

「誰よりも真摯な姿勢でサッカーに向き合っている。なぜケガにつきまとわれるのか」(吉田麻也)

 これらの証言からもわかるように、冨安は遊び惚ける性格ではない。栄養面にも気を遣い、酒やジャンクフードにもほとんど手をつけないという。

 かつて、チェルシーのドクターを務めていたエヴァ・カルネイロは、ケガが多い選手の特徴として次の5点を挙げていた。

(1) 身体のバランスが悪い
(2) 筋力が不足している
(3) 身体の土台がもろい
(4) 筋肉・関節の可動域が狭い
(5) 身体の使い方に誤りがある

 冨安はどれかに当てはまるのだろうか。いや、何か弱点があったとしても、彼であれば適切に対応していたはずだ。サッカーに向き合う真摯な姿勢は、先述の証言でもよくわかる。

 やはり、プレミアリーグ特有の過密日程が災いしているのだろうか。

「ブンデスリーガは1週間もあれば、もとの体力に戻る。しかし、プレミアリーグは1週間どころか、10日過ぎても疲労から回復できない選手が大勢いる。過密日程はもちろん、半端ではないプレー強度によって選手が受けるダメージは甚大だ」

 リバプールのユルゲン・クロップ前監督がこぼしていた。過密日程で疲弊した肉体を、激しいプレーが侵食する。週2〜3試合のペースでスプリントを繰り返し、1試合の走行距離は多い選手で10キロを超える。尋常ではない負荷がかかる。

 絶対王者のマンチェスター・シティでさえ、ケヴィン・デ・ブライネ、カイル・ウォーカー、ルベン・ディアスなど、多くの主力が疲弊によってコンディションを崩した。

 対人、ポジショニング、フィードともに申し分なく、冨安は世界でもトップクラスのDFだ。両サイドバックとセンターバックをハイレベルでこなす多様性は、アルテタ監督の戦術セットアップに必要不可欠な要素である。

 彼が健康体を維持できれば、より柔軟なローテーションが可能になり、チーム全体もリフレッシュできる。オレクサンドル・ジンチェンコやリッカルド・カラフィオーリ、ユリエン・ティンバーは、冨安ほどの多様性を有していない。

【負傷が回復すればレギュラー格だが...】

 だが、度重なる負傷は、評価・信頼の低下につながりかねない。チーム全体が一日も早い復帰を願っていたとしても、フル稼働が難しい冨安は戦力として計算できず、放出要員のひとりになる恐れも十分にある。

 そして、冬の移籍市場がまもなく始まる。

 現時点で、冨安は売却の対象になっていない。アーセナルではキーラン・ティアニーの古巣セルティック復帰がまことしやかに囁かれている程度だ。

 さらにパリ・サンジェルマンのランダル・コロ・ムアニ、アタランタのアデモラ・ルックマン、ウェストハムのモハメド・クドゥスなどが、長期の欠場を余儀なくされているサカの代役としてリストアップされたという。もちろん、憶測を基にした情報である。

 3月20日に契約を更新したばかりの冨安は、十中八九残留する。負傷さえ回復すればレギュラー格という評価にも変わりはない。とはいえ、今後も筋肉系のトラブルを繰り返すリスクは大きい。従って彼の選手生命を踏まえると、いずれは他国への移籍も選択肢に含めるべきだ。

 たとえばセリエA復帰である。

 ボローニャで過ごした3シーズンは鮮烈な印象を残した。プレミアリーグほどの圧は感じられないが、戦術は非常に高度だ。英国のタブロイド紙『デイリー・メール』は「インテル・ミラノ、ナポリ、ユベントスが興味津々」と報じている。

 ブンデスリーガも魅力的な新天地だ。

 フライブルクの堂安律、マインツの佐野海舟、ボルシアMGの板倉滉など、今シーズンも少なからぬ日本人が高く評価されている。かつては奥寺康彦がブレーメンで、香川真司がドルトムントで一世を風靡するなど、日本人に理解がある国でもよく知られる。

 プレミアリーグほど個の力は求められず、戦術理解度とチームプレーが重視される。冨安にとっては未知の世界だが、キャリアを磨くうえでは経験しておいてしかるべきリーグのひとつだ。

【今年26歳。バリバリの若手でもない】

 強豪アーセナルのDFラインで存在感を放つ──。それが最良の選択であることに疑いの余地はない。しかし、度重なる故障で少なからぬ疑問が浮上した今、近い将来にキャリアの分岐点に立つ可能性が高くなってきた。

 その時、プレミアリーグにこだわるべきなのか。セリエAに戻って守備者の哲学に磨きをかけたほうがいいのか。ブンデスリーガで伝説を紡ぐのか。重要な決断を下す瞬間が、いずれ必ず訪れる。

 11月、冨安は26歳になった。老け込む歳ではないといっても、バリバリの若手でもない。復帰を焦らず、今回もサッカーと真摯に向き合って、悔いのない道に進んでほしい。

「生きるうえで最も偉大な栄光は、決して倒れないことではない。倒れるたびに立ち上がれ」

 南アフリカの独立に尽力したネルソン・マンデラの言葉を冨安に捧げる。