大みそかに東京・大田区総合体育館で予定されていた井岡一翔(志成)の世界タイトルマッチが中止となった。挑戦予定だったWBAスーパーフライ級王者、フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)がインフルエンザ感染によりリタイヤしたもの。24日に予…
大みそかに東京・大田区総合体育館で予定されていた井岡一翔(志成)の世界タイトルマッチが中止となった。挑戦予定だったWBAスーパーフライ級王者、フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)がインフルエンザ感染によりリタイヤしたもの。24日に予定されていたスーパーバンタム級4団体統一王者、井上尚弥(大橋)の防衛戦延期に続き、師走のボクシング界に激震が走った。
中止が発表されたのは30日、都内のホテルで開催された計量の会場だった。冒頭、志成ジムの二宮雄介マネジャーがマイクを握って世界戦の中止を発表し、ファンと関係者に謝罪した。試合前日の発表はファンに衝撃を与えたが、不穏な空気は少し前から漂っていた。
7月の2団体統一戦は、IBF王者のマルティネスがWBA王者の井岡に勝利。これを受けて大みそかにセットされたダイレクトリマッチは、ビッグネームの井岡が連敗すれば引退を突きつけられる試合として注目を集めていた。
ことの経緯を振り返ってみよう。マルティネスが米マイアミでのキャンプを経て来日したのが今月20日のこと。この際は羽田空港でメディアの取材に気さくに応じ、「(ファイトマネーは)いい金額を提示してもらっている」、「12ラウンドまでいかない。2ラウンドくらい早く終わるんじゃないか(10回KO勝ち)」と上機嫌に話していたものだった。
ところが26日、状況が一変する。志成ジムで予定されていた公開練習にマルティネスが現われなかったのだ。マネジャー兼トレーナーのロドリゴ・カラブレッセ氏が、欠席の理由をマルティネスが微熱を出したと説明。あとから分かったことだが、この前日、25日にマルティネスのインフルエンザ感染が判明していた。
発症から試合までは6日。マルティネス本人、そして陣営は試合までに回復できると信じ、日本の医療機関、アルゼンチンから同行してきた医師のアドバイスを受け、治療を続けた。計量前日の調印式・記者会見も欠席して望みをつないだが、最終的に二宮マネジャーが計量日の朝、ベッドに臥すマルティネスと面会して出場辞退を告げられた。二宮マネジャーはそのときの様子を次のように話した。
「本人はずっと試合に出場したいと訴えていて、たとえ体重オーバーして(ベルトをはく奪されても)もリングに上がるくらいの気持ちがあったと思う。ただし、コンディションが整わなかった。私の目から見ても、とても試合ができる状態ではなかった」
計量前にショッキングな事実を告げられた井岡は神妙な面持ちで記者会見に現われた。それでも「チャンピオンに怒りが沸くか」と問われると、「怒りはない。マルティネス選手も体調に気をつけていたと思うし、インフルエンザになりたくてなったわけじゃない。自分は受け入れて、整理して、向き合ってやっていくしかない」と対戦相手への配慮を忘れないあたりはさすが。ベテランの元王者らしい振る舞いだった。
24日に予定されていた井上の興行は1カ月後の1月24日に延期されたが、大みそかの興行は井岡抜きで開催される。代わってメインイベンターを託されたのがWBAスーパーフェザー級挑戦者決定戦に出場する堤駿斗(志成)。アマチュアで13冠を獲得した明日のボクシング界を担うと期待されるホープである。
この試合はWBAがスーパーフェザー級挑戦者決定戦に認定しており、勝てば世界に大きく前進できる。対戦相手のレネ・アルバラード(ニカラグア)は元WBA同級王者。デビューから5連勝している25歳の堤に対し、48戦のキャリアを誇る35歳で、世界チャンピン級との対戦が豊富な本場アメリカでも知名度のある選手だ。
近年はやや苦しんでいる元世界王者は「日本でチャンスをもらえてうれしい。再び世界チャンピオンになりたい」と意欲十分。堤のことも「テクニックのある選手」、「アマチュアの経験が豊富」とよく調べている様子で、再び世界戦線に浮上したいという高いモチベーションがひしひしと伝わってきた。
一方、堤はデビューから無敗とはいえ、直近となる4月のフェザー級10回戦ではインフルエンザに感染した影響により減量に失敗。ピカピカのホープが計量失格というまさかの失態を演じて大きくつまずいた。本人は長期戦線離脱を覚悟していたが、そこに舞い込んできたのが今回の挑戦者決定戦だった。
計量失格直後の試合でビッグマッチの到来は幸運である一方、スーパーフェザー級での試合は初めてで「ぶっつけ本番」なのも事実。それでも堤は「スパーリングで力がわいてくる感じが最後の最後まであった。相手のパワーも上がると思うけど、自分にとってプラスの部分が多いと思う」と階級アップに大きな手ごたえを感じている。
そして何より、尊敬する兄貴分、井岡の試合中止により巡ってきたメインイベンターに心は奮い立っている。計量後、井岡の帽子をかぶって記者会見に臨んだ堤は「さっき、一翔さんから『自分のことに集中して』と言ってもらった。一翔さんの分を背負うなんてできないけど、最高の勝利で締めくくりたい」と言葉に力を込めた。
大失態からの巻き返し、初めての階級と初めての挑戦者決定戦、そして井岡欠場による代役メインイベンター。堤は並々ならぬプレッシャーに襲われるが、重圧をパワーにして乗り越えてこそスーパーホープというもの。2024年の掉尾を飾るにふさわしい好ファイトに期待が高まる。