中野信治・インタビュー F1 2024シーズン総括 中編(全3回) 2024年シーズンのF1でふたりの日本人が輝きを放った。 参戦4年目を迎えた角田裕毅がシーズンを通して安定した走りを披露し、ドライバーズランキングで自己最高の12位と健闘。…
中野信治・インタビュー F1 2024シーズン総括 中編(全3回)
2024年シーズンのF1でふたりの日本人が輝きを放った。
参戦4年目を迎えた角田裕毅がシーズンを通して安定した走りを披露し、ドライバーズランキングで自己最高の12位と健闘。また、小松礼雄氏がチームの代表に就任したハースも躍進。巧みな戦術を駆使し、中団グループで存在感を示した。
ふたりが成し遂げた功績とは? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に語ってもらった。
2024年はドライバーズランキングで12位だった角田裕毅 photo by Sakurai Atsuo
【角田裕毅は"独り立ち"に期待】
中野信治 2024年の角田裕毅選手の活躍は評価されるべきだと思うし、これまでF1で4年間やってきたドライバーだなと誰もが納得する戦いを披露してくれました。F1デビューした頃からスピードには定評がありましたが、今の角田選手は予選の一発の速さだけではなく、レースウィークの時間の使い方、レース中の駆け引きなどを含めて、高く評価されるべきレベルに来ています。
F1に限らず、モータースポーツはマシンを降りたあとの発言や行動もすごく大事です。チームを動かしていくことや、ファンを獲得するという意味でも大成功しています。角田選手は愛されキャラで、F1の関係者だけでなく、世界中のファンにかわいがられています。
残念ながらレッドブルに昇格することはできませんでしたが、デビュー以来、着実な成長曲線を描いているのは間違いありません。2025年はレーシングブルズで5年目のシーズンを迎えることになりますが、再来年もしくは来年の途中でもレッドブル昇格のチャンスあるかもしれません。そうなってくれたらうれしいですし、本当の意味で独り立ちしていけると思います。
レッドブルとホンダの協力関係は2025年シーズン限りで終了します。これから角田選手はホンダという後ろ盾がなくでも、自分の活躍の場をつくれるのが理想だと思います。ひとりのドライバーとしてF1の世界で実力を評価される存在になってくれることが、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿(HRS)で世界に通用する若手ドライバーを育成する我々の立場としても一番誇らしいですし、日本のレース界にとってもすばらしい話です。
もちろんホンダにとってもすごくうれしいことで、角田選手を縛るような真似は決してしないと思います。スクール卒業生がF1までステップアップして、ホンダのドライバーというバックグラウンドに関係なく、これまで培った経験や能力を高く評価されて、いろんなチームから声がかかる。それが本当の意味で、HRSの成功例になると思います。
過去にそういう日本人ドライバーはほとんどいませんので、そうなってくれることを期待していますし、そこを目指してほしい。僕は、角田選手には、実力で評価される日本人ドライバーのパイオニアのひとりになってほしいという思いがあります。
そのためにも2025年、レーシングブルズでしっかりと結果を残し、F1というマーケットのなかで角田裕毅というドライバーの価値を確立していってほしい。それが角田選手にとっても、この世界での成功だと思っています。
最終的にはトップチームに所属して、優勝してくれることを期待しますが、F1はビジネスや政治が複雑に絡み合う世界です。たとえトップチームに参戦できなかったにしても、F1の世界にひとりのドライバーとして居続けることができたとしたらすごいことだと思っています。
【新チームメイトのハジャルにも注目】
角田選手にとって大事な年となる2025年、レーシングブルズはリアム・ローソンの後任として20歳の新人、アイザック・ハジャルを採用します。フランス出身のハジャルは今年のF2でランキング2位に終わり、惜しくもチャンピオンにはなれませんでしたが、速さとスピードセンスはピカイチです。
僕はハジャルがカートからフォーミュラにステップアップした頃から見ています。2020年に現在スーパーフォーミュラに参戦する岩佐歩夢選手と佐藤蓮選手をホンダの育成ドライバーとしてフランスF4に送り込んだのですが、その時に彼らのライバルとして立ちはだかったのがハジャルでした。
当時の彼は、14〜15歳でF4にデビューしたばかりでしたが、シーズンの終盤には我々が自信を持って送り出した岩佐選手や佐藤選手をやっつけることもありました。当時から光る走りを見せていましたので、レーシングブルズからF1デビューすると聞いても何の驚きはありませんでした。
彼の気性やドライビングスタイルは、超がつくほどアグレッシブです。そこがどう捉えられるはわかりませんが、間違いなく速さはあるので角田選手との対決が楽しみです。あとハジャルは無線の会話もおもしろいので、そこも楽しめると思います(笑)。
2024年のF1について語った中野信治氏 photo by Murakami Shogo
【ハース・小松礼雄チーム代表の新しい視点】
2024年は日本人のドライバーだけでなく、今年からチーム代表に就任した小松礼雄さんが率いるハースがすばらしい活躍を見せてくれました。今シーズン、コンストラクターズ・チャンピオンに輝いたマクラーレンとともにもっとも進歩を遂げたチームがハースだと思います。
ハースは2023年のコンストラクターズ・ランキングは10位でしたが、2024年は同ランキング7位に躍進し、獲得ポイントは前年の12点から54点に増えました。まさかここまで変わるのかと驚かされましたし、小松代表の手腕は「すごい!」という称賛の言葉しかありません。
僕は何度か小松さんとお会いして食事も一緒にさせていただいたことがありますが、物事を捉える視点が他の人とまったく違っています。当たり前、常識と言われていることをただ受け入れるのではなく、「それって本当なの?」と疑問に感じることができる人なんです。
疑問を感じるだけでなく、どんどん真実を突き詰めていくことができる。そういう人はなかなかいません。だから周りとまったく違った戦略も立てて、不可能を可能にしてポイントを積み重ねていくことができたんだと僕は思っています。
おそらくチームやマシンに関しても、これまでとは違った感性でつくられているのかもしれません。2024年型マシンのプラットフォームはもともと決まっているわけですから、前年からそんなに大きくは変えられません。にもかかわらず、ここまで飛躍的にパフォーマンスが向上したということは、マシンの使い方や戦い方を変えることしかないと思います。
エンジニアの意識を変え、従来とは違った、まったく新しいアイデアや使い方などを許容して、いろんなことを試させたんでしょうね。それまでは、「これ以上のことはやらない」という決め事があったと思うのですが、小松さんは柔軟な考え方で、チームの常識の概念を変えてしまった。
それがよく表われているのが決勝の戦略で、予選のアタックの仕方もおもしろい。どこか他と違うタイミングだったり、タイヤの使い方をしたりして、シーズンを通して好結果を残してきました。また、ハースがトヨタと提携したというのも2024年の大きなニュースでしたが、限られた予算のなかでどうやってチーム力を上げていくのかという戦略の組み立て方もやっぱりすごいなと感心しました。
小松さんは次々と新しい風を吹かせて、F1界にも影響を与え始めています。角田選手だけでなく、小松さんの活躍も日本のレース界にとって大きな一歩だと感じています。世界を目指すのは何もドライバーだけでなく、エンジニアやメカニックという道があることをあらためて示してくれました。
これから日本のレース界からどんどん海外に出ていく時代になると思いますが、小松さんがたどってきた軌跡を追いかけていく人が増えていくと思っていますし、そうなってほしいと願っています。
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【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシングスクール鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。