中尾孝義が語る佐々木朗希(前編) ポスティングによるメジャー挑戦で注目を集めている佐々木朗希。かつて中日、巨人、西武で名捕手として活躍した中尾孝義氏は、専大北上の監督時代に大船渡と対戦し、佐々木朗希のピッチングを目の当たりにした。プロやアマ…

中尾孝義が語る佐々木朗希(前編)

 ポスティングによるメジャー挑戦で注目を集めている佐々木朗希。かつて中日、巨人、西武で名捕手として活躍した中尾孝義氏は、専大北上の監督時代に大船渡と対戦し、佐々木朗希のピッチングを目の当たりにした。プロやアマチュアで指導者を歴任し、阪神では長年スカウトを務めるなど"確かな目"を持つ中尾氏に、当時見た佐々木のピッチングの印象や課題、プロ入り直後の変化などを聞いた。


大船渡高校時代の佐々木朗希

 photo by Sankei Visual

【高校時代の佐々木朗希の印象】

── 初めて佐々木投手のピッチングを見た時の印象はいかがでしたか?

中尾 初めて見たのは、佐々木が大船渡高校の2年生の時でした。2018年秋季高校野球岩手県大会・準々決勝の黒沢尻北との試合(八幡平市野球場)で投げていたんです。僕らは次の試合だったので、一塁側ベンチの少し外野寄りの位置から佐々木のピッチングを見ていました。横から見ていたのですが、かなり球は速いなと。それとバッティングもすごくよかったんです。足も速いし、いい選手だなと思いましたね。

 その次に見たのが、準決勝の盛岡大付戦。球は速いのですが、盛岡大付の打線が強力だったこともあってか、真っすぐでほとんど空振りがとれていなかったんです。ボールの質がそれほどよくないのかなと、その時は感じました。結局166球を投げて完投したのですが、7点も取られていましたから。

── 専大北上が大船渡と対戦したのは、同大会の3位決定戦でしたね。

中尾 うちは佐々木が先発してくるだろうと思って、選手たちにマシンの近くで速いボールを打たせたり、対策を練っていました。ただ、いざ始まってみたら先発は佐々木ではなかった。全員が佐々木との対戦を楽しみにしていたので、「佐々木じゃないのかよ」みたいな感じでがっかりしていましたね(笑)。

── それでも、終盤にリリーフで登板してきましたよね。

中尾 うちが9対10と1点差に迫った8回に出てきたんです。佐々木の真っすぐに対して、うちの選手たちも空振りはしなかった。3連打して最後は押し出しのフォアボールで逆転できたんです。佐々木の真っすぐは少々シュートがかかっているのが特徴で、腕の位置がオーバースローとスリークォーターの中間くらい。それでスピンが効いた真っすぐというよりもズドンとくる真っすぐでした。確かに速かったですが、空振りするような真っすぐではなかったです。変化球はフォークやスライダーを投げていましたが、どちらかと言えばスライダーのほうがコントロールはよかったかなと。

── 真っすぐは速くても、質があまりよくなかった?

中尾 ボールの質でいえば、吉田輝星(オリックス)のほうがよかった。同年の春季高校野球東北大会で金足農と対戦したのですが、スピンが効いていて伸びがすごかった。球速は145キロ台中盤(同日の最速は146キロ)ですが、空振りがとれる真っすぐでしたね。例えるなら、江川卓(元巨人)みたいな真っすぐです。

 とはいえ、佐々木の真っすぐもすごかったですよ。特に高めの真っすぐはやっぱり打ちづらい。膝の少し上くらいの真っすぐはバットに当てやすいのですが、高めは捨てないとダメだと。球が速いので、ベルトからボール2個か3個分上に来る感じはあると思いましたし、選手たちには「ベルト付近に来たらボールだと思え」と指示していました。

【佐々木朗希のフォークの精度は?】

── 中尾さんは高校時代もプロ入り後も江川さんと対戦されていますが、やはり江川さんの真っすぐはすごかった?

中尾 江川は別格です。彼の真っすぐを見たとき、「今後見ることはないんじゃないか」と思わせられましたから。それと、彼は相手を見ながら投げていましたよね。このバッターはこれくらいで抑えられるとか、このバッターにはギアを上げないとダメだとか、"見る目"を持っていました。

── 中尾さんが見てきたなかで、一番佐々木投手に近いピッチャーを挙げるとすれば?

中尾 津田恒実(元広島)のようなピッチャーになるんじゃないかなと。彼の真っすぐも印象的でした。球速は佐々木のほうが上ですが、おそらくバッターボックスでの体感は佐々木よりも速かったと思いますよ。

── ちなみに、佐々木投手のフォークはどう見ていましたか?

中尾 ほかの変化球でも同じことが言えると思いますが、フォークの良し悪しの差はバッターの手元で変化するかどうか。投げ方がいいとバッターの近くで落ちるのですが、悪いときは手から離れた瞬間にフォークだとわかります。例えば千賀滉大(ニューヨーク・メッツ)の"お化けフォーク"は、バッターにすごく近い位置で落ちる。腕の振りや球持ちがいいことも作用していると思います。

 佐々木はそれがちょっと悪い時があるので......。体の開きが早くて球の出どころが見やすい場合は見極められてしまいます。藤浪晋太郎(メッツ傘下3AからFA)なんかはその顕著な例です。藤浪は私が阪神のスカウト時代に唯一抽選で当たった選手でもあるし、すごく気になるんです。

【ポイントはボールを上から叩けるか】

── 中尾さんは阪神でのスカウト歴も長いですが、スカウト目線で高校時代の佐々木投手を評価するとすれば?

中尾 見るポイントとしては「ボールを上から叩けるか」ということ。そのためには、下半身をうまく使えたり、胸がバッターのほうに向くのをなるべく我慢したり、ヒジを遠くで回したりといろいろな条件があります。上から叩くといっても、ヒジを肩よりも上げなければいけないわけではありません。逆に、ヒジを肩よりも上げるのはあまりよくない。肩と同じラインにヒジがあり、ボールをリリースする直前までそのヒジの角度をキープできるかどうかがポイントです。

 キープできれば、体が左に傾いたとき必然的にヒジから先が上のほうに上がります。柔道の一本背負いのような形で体を回転させることが理想です。ヒジの角度をキープできずに早くヒジを伸ばしてしまうと、体が横振りになりスリークォーター気味になってしまうわけです。佐々木はそういう傾向があったのですが、プロ入り3年目くらいから球持ちがよくなって上から叩けるようになりました。

── プロ入り後の2年間で矯正できた?

中尾 2年目の途中から上から叩けるようになって、真っすぐにもスピンがかかってきたなと。吉井理人監督(当時はコーチの教え方がうまいんでしょうね。吉井監督と一緒のチームではやっていませんが、彼が評価されている話は周囲から伝え聞いていたので。

── 3年目くらいから上から叩けるようになったというお話がありましたが、3年目は4月に完全試合を達成しましたね。

中尾 相手チームも、2年目に登板していた佐々木よりもかなりよくなっていたので、びっくりしたと思うんです。「あれ? こんなによかったっけ?」という感じだったんじゃないかと。バッターが2年目の佐々木のイメージで対戦すると、真っすぐに対して振り遅れ、変化球に対しては泳がされてしまっていたはずです。キャッチャーもそれをやりたいからそういう組み立てにするわけですし、それができるようになったから完全試合を達成できたんでしょうね。

 ただ、僕から見たら佐々木はもっとよくなると思います。彼が好不調の波が大きいのは、ヒジが早く伸びてしまい横振りになることが要因だと思っていますから。力んでしまうとどうしてもそうなりますし、体が早く開くとバッターからボールが見やすくなってしまいます。一番大切なのは、ヒジが伸びるのを我慢し、上から叩くことを常に意識できるかどうかです。

つづく>>

中尾孝義(なかお・たかよし)/1956年2月16日、兵庫県生まれ。滝川高から専修大学、プリンスホテルへと進み80年ドラフト1位で中日へ入団。1年目から116試合に出場し、2年目には正捕手となり打率.282、18本塁打、47打点で8年ぶりのリーグ優勝に貢献。同年はオールスターにも出場し、セ・リーグの捕手として初めてMVPに輝いた。89年にトレードで巨人に移籍。開幕からマスクを被り、斎藤雅樹のシーズン20勝を陰で支えた。92年に西武へ移籍し、翌年に現役を引退。引退後は台湾リーグも含め、多くの球団でコーチとして指導。2017年3月に専大北上高の監督に就任し、19年11月まで務めた。現在は評論家として活躍している