集中連載「勝負に祈る時 アスリートたちの明暗」(4) 戦いの天秤は簡単に傾く。それゆえ、古の武人は神仏に祈りを捧げたし、戦国時代の軍師は吉兆を占い、政争において呪詛がつきものだった。 現代のアスリートたちも少なからず、勝負が「運」に左右され…
集中連載「勝負に祈る時 アスリートたちの明暗」(4)
戦いの天秤は簡単に傾く。それゆえ、古の武人は神仏に祈りを捧げたし、戦国時代の軍師は吉兆を占い、政争において呪詛がつきものだった。
現代のアスリートたちも少なからず、勝負が「運」に左右されることを知っている。その運は心に通じる。わずかな心の傾きが、勝負の天秤をひっくり返す。だから彼らは平常心を保つため、勝負に祈る。それでも時に得体の知れない磁力に引っ張られてしまうのだが......。
2024年を振り返る集中連載「勝負に祈る時」(全4回)では、勝敗の裏にある、アスリートたちの心の持ちように焦点を当てることにした。サッカー・森保ジャパン、卓球・早田ひな、サッカー・久保建英、バレーボール・髙橋藍、彼らは何と戦っていたのか?
何度もマッチポイントを迎えながら大逆転負けを喫した。photo by JMPA
【
「勝った、と思った」】
8月5日、パリ南アリーナ。パリオリンピック男子バレーボール準々決勝、日本はイタリアを相手に1、2セットを取り、3セット目も24-21とリードしていた。マッチポイントで、サイドアウトを一つ取ればよかった。
ところが、このセットを逆転で落とす。その後、バレーボールというスポーツではしばしばあることとはいえ、逆さまになった流れに抗えない。結局、2-3と逆転で敗れた。なぜ、あと1点が取れなかったのか?
「3セット目、点差がありながら取りきれなかったのが一番だと思います。誰のせいとかじゃなくて、チーム全体が"いける"って感じたと思うから、隙ができてしまって。最後の1点を勝ち取る力が足りなかった」
イタリア戦後、髙橋藍はそう振り返っていた。勝負の綾が複雑に絡んだ一戦だった。
イタリア、世界最高峰セリエAでしのぎを削ってきた髙橋は、勝負どころを心得ていた。3セット目、21-21の場面で、髙橋は山本智大、西田有志がつないだボールをスパイクで得点している。勢いを切らさない。彼はオールラウンダーらしく、すばらしいディグを見せ、石川祐希の得点につなげると、23-21とリードを広げた。さらにサーブで崩した展開から石川のプッシュにつなげ、24-21とマッチポイントにしていた。
「3セット目は、ここで終わらせる、というつもりでした。2セット目は逆転で取ることができていたし、3セット目もイタリアに勝ちきる、と臨んでいましたが......」
髙橋は言うが、唐突に空気が緩和した。
「勝った、と思った」
大会後、多くの代表選手が、そう口をそろえていた。あろうことか、一息ついてしまった。あと1点となった瞬間、記者席では日本人の記者たちもパソコンを閉じ、立ち去る支度を始めていた。ミックスゾーンまでが長い階段を降りなければならず、帰りそびれるとあふれ返った観客に通行止めを食らうからだった。ただ、イタリア人記者たちは大声でチームを叱咤し、机を手で叩いて大きな音を出し、最後の最後まで諦めずにいた。
コートにいた選手だけでなく、観客席の日本人は勝利を確信したような顔をしていたが、勝負はまだついていなかった。
「パリ五輪で自分たちにとって一番プレッシャーがかかったのが、予選ラウンドでした。(初戦のドイツ戦で)考えすぎて、いつもどおりのプレーが出せなくて。それが準々決勝イタリア戦では、みんなが吹っ切れていました。"ここから上げていく"って切り替えられていたんですが......」
髙橋が語っていたように、イタリア戦は大会のベストゲームだった。お互いのイメージがつながっていた。それだけに、負けることはない、というマインドも生まれたか。それを過信というのは言いすぎだが、無双感がコートに立つ自分たちを麻痺させていたとも言える。
【イタリアは勝負に対して、とことん現実的だった】
一方、イタリアは勝負に対し、とことん現実的だった。日本に追いついて逆転すると、勢いを増した。彼らのサーブは1セット目、6本もミスになっていたが、逆転を契機に日本に襲いかかる。日本を防戦一方に追いこむと、得意のブロックも決まるようになった。それは彼らの勝利の方程式にも見えた。
4、5セット目、日本は戦いを立て直し、追いすがっている(どちらもデュースには持ちこんだ)。いくつかの攻防はあった。しかし、何かに阻まれているようにも見えた。
「本当の意味で、勝つイメージができるか」
髙橋は、そう勝負の極意を語っている。
「(昨シーズン)イタリアでファイナルを経験した時もそうでしたが、(トップに立つのは)甘くないって思いました(準優勝)。決勝に行ってからも、勝つのはすごく難しい。そこでの経験の差は出ますね。たとえば(優勝した)ペルージャの(ウィルフレド・)レオン選手も、(シモーネ・)ジャネッリ選手も、決勝で勝つ経験を重ねてきた選手がいて、そこで現実的に勝利をイメージできるか」
イタリアと比べると、勝利をイメージする厚みのようなものが違ったのかもしれない。日本男子バレーは東京五輪でベスト8に勝ち抜き、一昨年、昨年とネーションズリーグで銅、銀を獲得するなど、目覚ましい進化を遂げている。
しかし、長く低迷を続けてきた。1996年アトランタ五輪から2016年リオ五輪までの6大会では、2008年北京五輪に出場するのがやっとだった。一方、イタリアは多くの国際大会で常にトップを争ってきた。オリンピックはリオまで6大会連続の準決勝進出(銀メダル3個、銅メダル3個)。強さを積み上げてきた手練れだ。
――髙橋選手がプレーしていたイタリアが相手だったのは運命的で、彼らの負けず嫌いがわずかに上回ったのでしょうか?
ストレートな質問をぶつけると、髙橋は明るい声で返した。
「イタリアには、(ジャンルカ・)ガラッシだったり、(マティア・)ポトロだったり、同じチームでやっていた選手がいました。他にも、シーズン中にも常に対戦していた選手ばかりで、このオリンピックでイタリアに当たるというのは特別な感じはありました。だからこそ負けたくなかった、というか。イタリアだったからこそ、勝ちたかったという思いはめちゃめちゃありましたね」
イタリアで己を磨いてきた彼にとって、悪夢に近い結果だったに違いない。しかし、彼は正面から敗北と向き合っていた。これから絶対王者となるために。
「1点を取れる選手になっていくため、レベルアップしていきます。悔しさを乗り越えるためには"次のオリンピックでそれ以上の結果を出すしかない"って思っているので」
髙橋の決意だ。
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