2024年の日本男子ゴルフ界は金谷拓実の鮮やかな逆転劇で幕を閉じた。賞金ランキング2位で迎えた国内ツアーのシーズン最終戦「日本シリーズJTカップ」で逆転し初の賞金王に輝くと、翌週から米国で行われたPGAツアーの来季出場権を争う2次予選会、…
2024年の日本男子ゴルフ界は金谷拓実の鮮やかな逆転劇で幕を閉じた。賞金ランキング2位で迎えた国内ツアーのシーズン最終戦「日本シリーズJTカップ」で逆転し初の賞金王に輝くと、翌週から米国で行われたPGAツアーの来季出場権を争う2次予選会、最終予選会を突破。25年は主戦場を米国に移す。これまでのキャリアで培い、何度も口にしてきた「自分らしいゴルフ」とは何か。新天地でも拠りどころになる武器の真意をインタビューでひも解いた。
■Never back down
2023年に公開された『HUSTLE(ハッスル)』は米国のプロバスケットボール界を題材にしたNetflixオリジナル映画。スーパースターのレブロン・ジェームズがプロデューサーに名を連ね、NBAの現役選手やレジェンドも出演した話題作を、金谷は今季の初めに眺めた。
「すごく、良いシーンがあるんです」。不遇に見舞われたスカウトの男が、スペインで発掘した逸材のNBA入りを目指して挑戦を続ける物語。幾度となく形を変えて襲いかかる試練に、2人は奇をてらわず正面から立ち向かっていく。心が小さくなった時、胸に響かせた「Never back down.(決して、屈するな)」の台詞。その言葉は金谷の24年シーズン、そしてキャリアそのものを表している。
盟友・中島啓太に賞金王のタイトルを譲って迎えた今季、金谷は3月末の国内ツアー開幕戦「東建ホームメイトカップ」で優勝。最高の滑り出しを決めた後、7月から7戦4勝と破竹の勢いを見せた平田憲聖に賞金ランキングトップの座を明け渡した。反撃開始は後半戦に入った秋の陣。10月「ACNチャンピオンシップ」で挙げたシーズン2勝目から少しずつ差を詰め、最終戦「日本シリーズ」で3位に入って逆転で賞金王に輝いた。
それだけでは終わらない。日本シリーズ最終日の夜にすぐさま渡米し、来季のPGAツアーと下部コーンフェリーツアーの出場権を争う予選会に挑戦した。カリフォルニア州での2次予選会初日は、序盤3番(パー3)でバンカーからの2打目をグリーンの向こうの池に入れてトリプルボギー。その後もスコアを落とし、7番を終えて「気づいたら7オーバー打っていた。ひたすらボロボロだった」という「76」で59位と出遅れながら、2日目に「63」をたたき出して挽回した。
「(初日前半は)『最悪だ』と思ったけれど、今までも一打を大切にやってきたから、巻き返せると信じていた。不思議と焦りはなかった」。この2次を4位でクリアし、翌週はフロリダ州の最終予選会に出場。「5位以内」という狭き門を3位で突破し、来季PGAツアーの出場資格を手にした。
ホールアウトしてから、喜びの涙が頬をとめどなく伝った。「もう、終わった瞬間、出てきました。カートでクラブハウスに送迎された時も止まらなかった。自分でもびっくり。悔しくて泣いたことはあったけれど、『うれしくて涙って出るんやなぁ』と思って」。現地の報道陣に囲まれている間も、顔をくしゃくしゃにする仕草はすぐに、ツアーのSNSで公開された。「なんか一人で泣いてたから、バカみたいでしたよね…」と、後になって嘆いたシーンをいったい誰があざ笑うことか。
■コーヒーはオレンジジュースに
「逆転して賞金王を獲っただけでも頑張ったと思うのに、すぐにセカンド、ファイナル(Qスクール)も通った。尊敬。マジですごいと思う。VISA(11月・三井住友VISA太平洋マスターズ)から6週連続の試合で…。最高に大変なところで、最高の結果を出した」。後輩のステップアップをそうたたえ、手放しで喜んだのは松山英樹である。
金谷は元来、日本ツアーの選手には珍しく長期の連戦を避けるタイプでもあった。心身ともにフレッシュな状態で出場試合に臨むのが信条。「出るからには勝つ」と思うからこそだ。それがPGAツアーのメンバーシップを手にしたのは6週連続出場の6戦目。少なくとも今季においては未知の連戦で、目標の達成には布石もあった。
「もともとは3連戦の後に1試合休んで3連戦…(のペース)にする予定だった」と後半戦のスケジュールを思案していた夏場のこと。オフに充てようと考えていた週の、会場までの航空券をエースキャディがすでに手配していたことが分かった。
「じゃあ出ようかな」と9月「ANAオープン」から最初の5連戦を敢行。ただ、長丁場に挑んだだけではない。「連戦にしたことで、栄養や身体のことを考えて、飲み物も変えたんです。(大好きな)コーヒーはオレンジジュースに。サプリメントも摂るようにしたら体調も良くなって」。どんな試合であっても惰性では臨まない。「その経験があったから、最終予選会も最後まですごく元気でした」。ポリシーは数カ月後の成功につながっていた。
■「金谷拓実らしいゴルフ」とは
東北福祉大時代の2019年に国内ツアー「三井住友VISA太平洋マスターズ」を制覇。世界アマチュアランキングで1位に輝き、鳴り物入りでプロ転向してからもすぐにトッププレーヤーとして定着したが、海外ツアーで打ちのめされたのも一度や二度ではない。「すごくヘコんだ時もあった。特にアマチュアの時に頑張っていた(好成績が出ていた)から、プロになってもすぐうまくいくと信じていたけれど、うまくいかない時の方が多かった。でもやっぱり…諦めずに日々、成長を続ければチャンスは絶対にあると信じてきた」
「自分らしいゴルフ」。金谷拓実にとってのそれは何か。技術面で言えば、「ティショットはドライバーで勝負できる。飛距離が出ないと言われるかもしれないけれど、誰よりも真っすぐ打てる自信はある」。今季の日本ツアーでトップに立ったスタッツ7部門の中には、第1打の総合的な技術指標であるトータルドライビング(ドライビングディスタンスとフェアウェイキープ率をポイント換算した順位)も含まれる。
ただそれ以上に、金谷は精神面の強さに胸を張る。心・技・体でゴルフに最も必要なものは? もちろん「心」と返した。「心が、人を突き動かすから」。エリート街道を突き進んだ学生時代から、「諦めた試合はない」と断言できる。「優勝争いの時も、予選に落ちそうな試合でも、どの一打も一生懸命やってきた。それが自分のモットー。どんな一打も大切にしていくことが自分らしいプレーかなと思っています」
目の前のボールに心血を注ぐ。当たり前に思えることが、自分の長所であると理解を深めたのはむしろ「小さい頃から…いや、特にプロになってから」だという。それぞれの生活や将来を左右するはずの一打を“無駄にする”ようなプロゴルファーを目の当たりにしてきた。そういった選手を金谷は「大嫌いですね」と切り捨てる。「それが一番嫌い。誰とは言わないですけど、すごく腹が立つ」と言葉に怒りを込めた。
「日頃の取り組みが薄ければ、自信を持てず、諦めてしまう。でも、それだけのことを積み重ねてきたら、自分で自分を裏切れない。頑張ってきたのに諦めるのって、もったいない。自分は学生の時から何事にも目標を立てて取り組むことが大好きだった。そういったことは他人よりも秀でている自信もあった。それに(東北福祉)大学の時、(OBの)松山さんがあれだけ一生懸命トレーニングして練習する姿を見ていた。『こういう選手が世界のトップで戦えるし、そうあるべき』だと思ってきた」
■ハワイでシーズンイン
12月半ばにPGAツアー参戦が決まり、オフの期間は短くなった。1月第2週「ソニーオープンinハワイ」(ハワイ州ワイアラエCC)で新天地に飛び込む。「イメージはまだ全然湧かない。正直言って、今回の予選会を通って…(米ツアーに本格参戦する)というのは考えていなかったこと」。戸惑いがないわけではない。
「でも、やっぱり日々成長を続けることができれば、知らないうちにそういったレベルになっていると思う。日頃の取り組みを大事にしたい」。戦う場所がどこであろうが変わらない。どんな苦難が待ち受けていようとも、金谷は決して屈しない。(聞き手・構成/桂川洋一)