集中連載「勝負に祈る時 アスリートたちの明暗」(3) 戦いの天秤は簡単に傾く。それゆえ、古の武人は神仏に祈りを捧げたし、戦国時代の軍師は吉兆を占い、政争において呪詛がつきものだった。 現代のアスリートたちも少なからず、勝負が「運」に左右され…
集中連載「勝負に祈る時 アスリートたちの明暗」(3)
戦いの天秤は簡単に傾く。それゆえ、古の武人は神仏に祈りを捧げたし、戦国時代の軍師は吉兆を占い、政争において呪詛がつきものだった。
現代のアスリートたちも少なからず、勝負が「運」に左右されることを知っている。その運は心に通じる。わずかな心の傾きが、勝負の天秤をひっくり返す。だから彼らは平常心を保つため、勝負に祈る。それでも時に得体の知れない磁力に引っ張られてしまうのだが......。
2024年を振り返る集中連載「勝負に祈る時」(全4回)では、勝敗の裏にある、アスリートたちの心の持ちように焦点を当てることにした。サッカー・森保ジャパン、卓球・早田ひな、サッカー・久保建英、バレーボール・髙橋藍、彼らは何と戦っていたのか?
アヤックス戦でゴールを決め、祝福を受ける久保
photo by Kyodo News
【久保がゴールすれば勝つという"神話"】
スペイン語圏では、勝負の命運を司るサッカー選手をこう呼ぶ。
「Talisman」(タリスマン)
神聖なもの、完璧なものになる、という語源があり、力が宿った石や黄金などに象徴されることもあるし、四つ葉のクローバーなども含まれる。
「それを持っている方が有利で、保護し、幸運をもたらす」
その意味で、お守り、魔除け、護符のように訳される。そう考えれば、超常的な神がかりの選手と言えるかもしれない。レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の日本代表アタッカー、久保建英はタリスマンだ。
2022年7月に入団以来、久保はラ・レアルに幸運をもたらしている。2022-23シーズンは自身が得点を決めた9試合すべてでチームは勝利。これで、「久保がゴールすれば勝つ」という"神話"が誕生した。2023−24シーズンは6試合7得点で一度だけ引き分けたが、やはり負けてはいない。そして今シーズンも4試合4得点で4戦全勝だ。タリスマンの神話は続いている。
「ディフェンダーだった立場からタケの長所を語るなら、まずは自分のプレーに確信がある点が脅威だ。迷いがないからね」
そう語るアルベルト・ゴリスは、ラ・レアル史上最多599試合出場を誇るセンターバックで、1980年代にはラ・リーガ連覇の中心選手だった。レジェンド中のレジェンドも、久保への賛辞を惜しまない。
「タケはどのような状況でもプレーをキャンセルし、ベストのプレーを選択できる。たとえば彼は左利きだが、右からでも左からでもボールを持ち出せる。プレーを読みきれない。選択肢を絞りにくいから、守る側にとっては骨が折れる(笑)。スピードがあると同時にテクニックが高く、いろいろなプレーの選択肢があるんだよ。ドリブル、パス、シュート、なんでもござれだ。一つひとつのフェイントをとってもクオリティは高いよ」
そのディテールが確信につながり、チームをけん引するだけのパワーに転換されるのか。
今シーズン、ヨーロッパリーグでオランダの古豪アヤックスと対戦したときの久保は、彼自身が何かに守られている感すらあった。自らのアシストで先制に成功した後、彼が右サイドからドリブルに入った時、一瞬、あらゆるマークが外れていた。それは魔法のようだった。相手の動きの逆を取ったのもあるが、相手選手たちが久保のマークにつくことを恐れたのか(突破されると自分の責任になるだけに)。カットインから左足でコントロールショットを突き刺した。
久保には、勝負の天秤を自分たち側に傾けられる、タリスマンの資質があったと言える。
【「チームを自分が引っ張る」】
「Quiero tirar del carro」
久保は自らスペインメディアに対し、そう宣言している。「荷車を引きたい」が直訳だが、それはスペインサッカー用語では「チームを自分が引っ張る」というリーダーとしての非常に強い自己主張である。実力のないものは、軽々しく口にできない。たとえ実力があっても、少しチームがうまくいかないだけで批判の的にされるため、言葉にするのを避ける傾向がある。
久保は一貫して、試練から逃げない姿勢を示してきた。その姿勢が、正念場でのゴールを可能にしているのかもしれない。興味深いのは、彼に"固め取り"がない点だろう。大差がついた段階でのシュートの成功率も、むしろ落ちる。勝利に関わる正念場で、真価を発揮している。
「タケがゴールした試合は負けない」
そのジンクスは馬鹿にできない。偶然かもしれないが、重なると必然になる。チームメイトも、ファン・サポーターも、今や久保のゴールに沸き立つだけに、単なる1点ではない。自軍の勝利を確信し、自信に満ちたプレーが生まれるのだ。
「タケ(久保)はコンプリートな選手だよ。スペースを占拠し、突破し、仕上げまでやってのける」
ミケル・アランブルはそう説明している。アランブルはラ・レアル一筋のワンクラブマンで、世界最高のMFシャビ・アロンソと中盤を組み、2002−03シーズンにはラ・リーガ準優勝を果たし、2003−04シーズンにはチャンピオンズリーグでラ・レアルをベスト16にけん引したレジェンドだ。
「タケはスピードを操れる。それは強力な武器だろう。スピードのなかで見せられる技術が高い。その領域に入れる選手は少なくて、敵は当然ながら苦しむだろう。ボールを受け、崩しのドリブルに入り、コンビネーションにつなげ、ゴールに迫る。その作業におけるクオリティがすばらしい。そしてラ・レアルでプレーを重ねることによって、自信が滲み出てきた。今のラ・リーガでは一番、試合を決められる選手のひとりだろう。試合の均衡を崩す。その戦いにおける彼は無敵だ」
久保がゴールできるのも、勝利に結びつけらえるのも、偶然ではないということか。
「Talisman」
それは、限られた者にだけ与えられる称号である。勝利の福音とも言えるだろう。そして、神話の先には栄光がある。
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