竹田麗央はプロ3年目の2024年、4月「KKT杯バンテリンレディス」での国内女子ツアー初優勝を手始めにシーズン8勝をマークして初の年間女王の座に就いた。獲得賞金額はツアー史上最高の年間2億6573万16円。11月「TOTOジャパンクラシッ…
竹田麗央はプロ3年目の2024年、4月「KKT杯バンテリンレディス」での国内女子ツアー初優勝を手始めにシーズン8勝をマークして初の年間女王の座に就いた。獲得賞金額はツアー史上最高の年間2億6573万16円。11月「TOTOジャパンクラシック」を制して米女子ツアーの出場権も手にした21歳の成長記録を、幼少時代のエピソードとともにひも解いた。
<前編>3年目の“覚醒” 米参戦と新女王誕生までの軌跡/竹田麗央インタビュー
■「打てよ!」 野球観戦で出る意外な一面
女子プロゴルファーの平瀬哲子(さとこ)を母に、かつて米ツアーでもプレーした平瀬真由美をおばに持つ竹田は、6歳でゴルフを始めた。ゴルフショップを経営する父・宜史さんにそろえてもらったクラブを持ち、母と練習場に足繁く通って土台を築いてきた。両親が自宅で見つけた思い出の品の中には、小学2年生の時に竹田自ら「スピンがかかったボールが打てた」と書いた記録が残っていた。
「当時のことは覚えていないんですけど、小学校を卒業する時に将来の夢で『賞金女王になりたい』と書いたのは覚えている。あとは友達とバンカーから打ってどっちがスピンで戻るかと遊んでいたことも」。負けず嫌いの性格。運動会の徒競走で1位になれずに悔しがり、3歳上の兄・有男さん、2歳下の弟・征士朗さんとはきょうだいげんかを繰り返した。「3人で野球をして遊ぶことが多かった。途中で『いまのはナシ!』って誰かが言って、最後はけんかして」
ポーカーフェースでプレーする様子とは違い、コースの外では感情が表に出やすい。「よく『意外だね』って言われるんですけど、野球観戦している時とかに『打てよ!』って声に出るというか、感情が出る。ゴルフは激しい時(リアクション)がなくて静かにやるので感情がないように見られてもしょうがない。それでも、周りと比べれば感情はない(=表れにくい)方だと思う。浮き沈みがあんまりないからこそゴルフに向いているのかも」
■一人で黙々とマイペースに練習
竹田はゴルフを始めてから高校生時代まで熊本市北区の龍田ゴルフ練習場で長い時間を過ごした。母とおばも練習に打ち込んだ、一家の歴史が紡がれてきた場所。代表取締役の井嶋康博さんは学生時代の竹田について「マイペースに練習していましたよ。ほかの子たちや周囲の人に流されることなく、お客さんにも話しかけられただろうけど自分のペースを持っていて。黙々と一人で練習していました」と明かす。
竹田も自分を「マイペース」と表現する。「面倒くさがりやなところもあるので、小さい時はそれでよく怒られていました。だらだらとやるのが嫌いで、練習中は携帯電話を触るのもやめて集中してやっていました。長く集中力が続かないので」。師と仰ぐ母と練習に励む時もあれば、兄の有男さんが付き添う日もあったが、一人で黙々と、短期集中でボールと向き合った。
現在は所属先のヤマエホールディングス(福岡市博多区)の子会社が経営する熊本市北区の津浦ゴルフアリーナを拠点にしている。ここには竹田の要望から10yd刻みに記された看板が打席から縦一列に置いてある。全席に弾道測定器「トラックマン」が設置されており、スマートフォンアプリでデータを残しておくことができる。
「一番は試合でプレーするのが楽しいけど、よく球を曲げるのを遊び感覚でやっていて、その練習をしたことが試合でできるようになったらすごくやりがいも出てきた。ずっと楽しいのは変わらない。友達と遊びたいなと思う時もあったけど、でもやっぱり練習を始めたらゴルフが楽しいなって。ゴルフをやめたいと思ったことはないです」
■おばにも「プレッシャーは感じない」
プロゴルファーの母、1993年と94年に賞金女王に輝いたおば。竹田はアマチュア時代から試合に出るだけで話題になり、注目され続けてきた。その環境にも「どうしても、おばの話は出る。しょうがないことだと思ってそれは割り切っていたし、そんなにプレッシャーも感じない性格なので気にならなかった」と動じなかった。「(おばとは)お正月に一回会うかどうかだけど、トーナメント会場でたまに会って話すこともあるし、客観的な視点として『こうした方がいいんじゃない?』と連絡をもらうことのほうが多い」と良きアドバイザーでいてくれる。
平瀬真由美がめいの竹田麗央の米ツアー入りに辛口エール「イチからやり直す気持ちで」
技術面で悩んだ時は母に助言をもらい、新しいクラブを試すときには父に頼る。「(父は)シャフトやヘッドの特性に詳しいので、クラブを替えるときやオフシーズンによく相談したりします。小さい頃から任せていたので、クラブ選びはすごく信頼しています」 。迷うことがあっても、実家に帰れば公私で原点に立ち返ることができる。
日本ツアーの年間女王という肩書きを手に入れ、来季は米ツアーでプレーする。新天地でも貫くのは“マイペース”。「まだまだおばに比べたら実績は追いつけていないと思うので、まずは早く追いつけるように。これから活躍できるように頑張りたい。強いだけじゃなくて、謙虚さを持っていたり、人間性も素晴らしい選手になりたい」と未来像を描いた。(取材・構成/石井操)