サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、17歳の天才ラミン・ヤマルの1得点4アシストの活躍もあってEUROで優勝したスペインが、苦しみか…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、17歳の天才ラミン・ヤマルの1得点4アシストの活躍もあってEUROで優勝したスペインが、苦しみから這い上がり、無敵艦隊へと名乗りを上げるキッカケとなった「奇跡の試合」。本当にあるんですね、そんなことが…。
■ようやくの「先制ゴール」も…
ようやくスペインに先制点が生まれたのは15分。右で小さなクリアボールを拾ったマセーダがゴール前に入れると、走り込んだサンティリャーナがヘディングで叩き込んだ。
この日のスペインで唯一30代だったサンティリャーナは、本名をカルロス・アロンソ・ゴンサレスと言ったが、どの名もありきたりだったため、生まれ故郷のサンティリャーナ・デルマルという町の名前で呼ばれていた。蛇足だが、この町の西南郊外には、旧石器時代の壁画で有名なアルタミラ洞窟がある。
サンティリャーナは1971年にラシン・サンタンデールからレアル・マドリードに移籍し、1988年まで17シーズンプレー、461試合に出場して186得点を記録した。身長は175センチと、けっして大きくはなかったが、ヘディングの名手として知られていた。このときも、彼の卓越したジャンプ力とヘディングの能力がフルに生きた。
勢いづくスペイン。しかし、それに冷水をかけられる。24分、スペインのクリアを拾ったマルタのMFシモン・トルテルが中盤から強引なドリブル。ゴール正面でそのパスを受けたFWマイケル・デジョルジョが右足を振り抜くと、シュートは前に立つスペインDFマセーダの体に当たり、GKブジョの逆をついてワンバウンドしながらゴール右に吸い込まれたのである。
■後半だけで「9得点」が必要に…
しかし、スペインはくじけなかった。失点からわずか2分後の26分、中盤からビクトル・ムニョスが大きく右に振り、走り込んだセニョールが頭で折り返したところを、拾ったサンティリャーナが右足を振り抜いて、ゴール左に送り込む。さらに、その3分後には、左からゴルディーリョが上げたボールを高く跳んだサンティリャーナがヘディング、3-1として前半を終えた。
1失点を喫したことで、スペインには12点、後半だけで9点が必要になった。ハーフタイム、観客席にはあきらめムードが漂い、席を立って帰途につくファンの姿も見られた。試合前には90分間で11-0のスコアが必要だった。それが残り45分になったとき、その時間中に9-0が必要…。巨大に見えた壁はさらに高くなり、スペイン選手たちに重くのしかかった。
後半、生き生きと動き始めたのがFWリンコンだった。後半2分、右サイドでセニョールのスローインを受けると1人をかわして前進し、さらにひとりを抜き去って角度のないところから右足でゴールを破ったのだ。10分後にリンコンはロングボールを追って抜け出し、GKも抜いて無人のゴールに5-1とするゴールを決めた。
マドリード近郊出身のリンコンは、レアル・マドリードの育成組織で育ち、レアルでプロとなったが、ポジションをつかむことができず、ローンで3つのクラブで経験を積んだ後、この試合の2年半前にレアル・ベティスに移籍、そこでスターとなった。スピードに乗った突破を持ち味とする選手だった。
■「4分間で4得点」すさまじい執念
残り30分。まだ7点が必要だった。しかし、後半17分間からの4分間で、スペインはなんと4ゴールを奪ったのである。
攻撃を得意とするDFマセーダは、すでにアタッカーだった。後半17分、左に流れたボールを拾ったゴルディーリョが切り返して右足で入れたクロスが右に流れるところに走り込んだマセーダが右足を一振、ゴールに叩き込む。1分後には、セニョールの右CKをサンティリャーナがヘッド、マルタDFがかろうじてはじき出したところにマセーダが跳び込んでダイビングヘッドで決め、7-1とした。
さらに1分後には、相手のドリブルを停めたマセーダがドリブルで前進、前線に送ったボールを受けたリンコンがペナルティーエリア内で2人をかわして右足シュートで8-1。そして2分後の後半21分には、ゴルディーリョが左から入れたボールを右ポスト前でサンティリャーナが体で止め、左足で蹴り込んで9-1としたのだ。4分間で4点! すさまじいスペインの執念だった。
アントニオ・マセーダはバレンシアの北にあるサグントで生まれ、スポルティング・ヒホンでスペインを代表するDFとなった選手である。スペイン代表36試合で8得点という得点記録は、当時のDFとしては破格のものといえる。189センチとこのチーム随一の長身だったが、足元のテクニックが巧みで、リーダーシップもあった。