サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、17歳の天才ラミン・ヤマルの1得点4アシストの活躍もあってEUROで優勝したスペインが、苦しみから這い上がり、無敵艦隊へと名乗りを上げるキッカケとなった「奇跡の試合」。本当にあるんですね、そんなことが…。
■予選突破が絶望的…「目立つ」空席
12月21日水曜日、会場はセビージャのベニト・ビジャマリン。5万人収容。スペインには、レアル・マドリードが所有するサンティアゴ・ベルナベウ、FCバルセロナのカンプノウという、ともに9万人規模のスタジアムがあり、前年のワールドカップのために改装されて、当時の欧州では第1級の施設となっていたが、どちらもこの大事な一戦には選ばれなかった。
サンティアゴ・ベルナベウで試合をすればバルセロナの選手たちが口笛を吹かれ、カンプノウに行けばレアルの選手たちに口汚いブーイングが浴びせられる。スペイン代表の監督たちは、ホームゲームの会場として、この2スタジアムを避けるよう要望していた。
オランダの大勝により予選突破がほぼ「絶望的」という見方が圧倒的ななか、ベニト・ビジャマリンの観客席を埋めたのは、わずか1万8871人のファン。スタンドには大きく空席ができた。
ミゲル・ムニョス監督が選んだスペイン代表11人は、けっして2つのビッグクラブの利害に立ったものではなかった。彼はチームづくりを優先し、その選手がどのクラブに属しているかなど気にも留めなかった。前年10月にスタートを切ったこの欧州選手権予選が快調に進んだわけではないが、チームは確実に成長していた。そしてマルタとの最終戦に、ミゲル・ムニョス監督は「得点を取るためのチーム」を送り込んだ。
■11ゴール奪う「超攻撃的」なシステム
システムは3-4-3である。
GK フランシスコ・ブジョ(25歳、地元セビージャ所属)
右DF アンドニ・ゴイコエチェア(27歳、アスレティック・ビルバオ所属)
中央DF アントニオ・マセーダ(26歳、スポルティング・ヒホン所属)
左DF ホセ・カマーチョ(28歳、レアル・マドリード所属)
右WB フアン・セニョール(25歳、地元セビージャ所属)
左WB ラファエル・ゴルディーリョ(26歳、レアル・ベティス所属)
MF マヌエル・サラビア(26歳、アスレティック・ビルバオ所属)
MF ビクトル・ムニョス(26歳、FCバルセロナ所属)
右FW ロボ・カラスコ(24歳、FCバルセロナ所属)
CF サンティリャーナ(31歳、レアル・マドリード所属)
左FW イポーリト・リンコン(26歳、レアル・ベティス所属)
右からセニョール、左からゴルディーリョがドリブル突破の力を生かして攻め、3トップの3人に狙わせる。左からは、レアル・マドリードでは左サイドバックを務めるカマーチョも攻め上がり、中央のDF、長身のマセーダも攻撃参加を得意としている。ゴイコエチェアが前に出るのはセットプレーのときだけだが、ミゲル・ムニョス監督は「全員攻撃」で11点を目指すことを指示した。
■幸先のよい「先制点」になるはずが…
主審はトルコのエルカン・ゴクセル、43歳。試合は白いユニホームのマルタのキックオフで始まったが、すぐにボールを奪ったスペインが左から攻め、ゴルディーリョが強引に突破してクロス、サンティリャーナのシュートがGKにセーブされる。その直後、左からペナルティーエリアに入ったカラスコが倒されてエルカン主審がPKを宣告する。
キッカーはセニョール。落ち着いているように見えたが、右足から放たれたボールは左ポストの根元を叩いた。このときマルタGKジョン・ボネロはキックの前にじわじわと前進し、キックの瞬間にはゴールラインから1メートルも前にいたが、当時のレフェリングはこの反則に鷹揚だった。もちろん、VARなどが、何かくちばしを挟むわけではない。
幸先のよい1点になるはずだったPK失敗は痛かったが、スペインはさらに猛攻をかける。ビクトル・ムニョスのドリブルシュートが右ポストを叩く。まだ開始から10分もたっていないのに、後半アディショナルタイムのようにゴール前に高いボールを送り込む。しかし、マルタの守備も集中している。