聴覚障がいのアスリートが競う「第21回日本デフ陸上競技選手権大会」が11月29日から3日間にわたり、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場等で開かれた。国別・地域別対抗戦として昨年、世界で初めて開催された「World Games of D…
聴覚障がいのアスリートが競う「第21回日本デフ陸上競技選手権大会」が11月29日から3日間にわたり、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場等で開かれた。国別・地域別対抗戦として昨年、世界で初めて開催された「World Games of Deaf Athletics Teams(以下、DAT)」、「第4回日本デフジュニア・ユース陸上競技選手権大会」も同時開催され、3大会に11カ国・地域から約170人が参加した。
さまざまな情報を視覚的に伝える工夫
2025年11月に聴覚障がいがあるアスリートによる世界最高峰の総合スポーツ大会「第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025(以下、東京2025デフリンピック)」が開催される。会場は今大会と同じ駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で、今大会はテスト大会という位置づけでもある。デフリンピックの機運醸成と情報保障の認知拡大を目指し、公式 YouTube チャンネルでライブ配信を実施したほか、会場内では手話モニターやアナウンスなどを文字情報として伝えるリボンビジョンを設置するなどして、競技の臨場感を伝えた。
デフ陸上の場合、競技場内で補聴器等の使用は認められていない。競技は一般と同じく世界陸上競技連盟の競技規則に則って行うなかで、聴こえない選手が「目」で見てスタートできるようさまざまな工夫がなされている。たとえば、100mから400mの短距離種目でクラウチングスタートを行う場合は、スタートランプを使用している。1レーンに1台ずつ、スターティングブロックの前に設置され、「赤(オン・ユア・マークス)」→「黄(セット)」→「緑(号砲)」で色が変わる仕組みになっている。また、中長距離種目の場合はスタンディングスタートランプが設置され、スターターの動作と号砲に合わせてフラッシュする。また、フライングした際、選手は気づかずに走り続けてしまうため、コース脇に光で制止を伝える「フライング伝達ランプ」も設置されている。
ランプや選手の影などで状況を把握するデフ選手
日本屈指のスプリンターが集結した男子100mは、坂田翔悟(セレスポ)が11秒04で制した。スタートで他の選手がフライングし、やり直しとなったが「フライング伝達ランプを見て確認した。どんな時でも臨機応変に対応するよう練習してきたので、それが結果に結びついたと思う」と話す。7月の世界選手権は8位。4×100mリレーでは1走でバトンをつなぎ、日本は41秒15の世界新記録を樹立した。バトンパスのタイミングを声で伝えることはできないため、「全員の心をひとつにしてバトンを渡す練習を何度も繰り返してきた」と振り返る。東京2025デフリンピックまで1年を切り、坂田は「少しでも油断したら負けてしまうという危機感を持って、トレーニングに臨んでいきたい」と力強く語った。
また、女子1500mは岡田海緒(MURC)が4分48秒43で優勝した。ユースの選手と同時レースとなり、1周目は先頭に立った高校生の選手にぴたりとつけて流れをつかみ、その後は独走となった。2018年の第15回大会で自身がマークした大会記録を更新。「前回は大学生だった。過去の自分を超えられた。一歩前進できたかな」と笑みをこぼした。岡田によれば、レース中は前を走る選手の腕の振りなどを見てペースを確認し、後続の選手は影を見て距離感を測っているという。会場にレースを映すスクリーンがある場合は、それで全体の選手の位置関係などを把握しているそうだ。なお、カシアス・ド・スル2022デフリンピックは1500mで銅メダルを獲得。しかし、得意種目の800mはコロナ禍による日本代表選手団の大会途中棄権により、出場することができなかった。「不完全燃焼だったので、東京2025デフリンピックでは2種目を走り、どちらも金メダルを獲得したい」と言葉に力を込めた。
デフリンピック連覇を狙う佐々木「世界記録を超える走りを」
DAT男子100mは、東京2025デフリンピックで連覇を目指す佐々木琢磨(仙台大学TC)が10秒73で走り優勝を果たした。7月の世界選手権は後半に失速し5位。その課題を糧としてトレーニングに励んできたといい、「後半に強い他の選手に負けない走りができた」と手ごたえを語る。東京2025デフリンピックの目標は「世界記録(10秒21)を超えること。自分を信じる気持ちを強く持って臨みたい」と話し、前を向いた。
日本選手権男子200mは、山田真樹(渕上ファインズ)が22秒84で2位に入った。この種目を本命とする山田は、連覇を狙ったカシアス・ド・スル2022デフリンピックは、前述のとおりチームの参加辞退により出場できず、「心のダメージがすごく大きかった。練習に対してやる気が出ず、陸上を辞めようかなと思った時もあった」と、その後も苦しんだことを明かす。ただ、同年9月に東京が次のデフリンピック開催地に正式に決まったことが契機となり、再び走り出した。「東京でもう一度、金メダルを獲った喜びをみんなと一緒に分かち合いたい。200mがメインだけれど、他の種目も走れる体づくりをして調整していきたい」と話した。
男子400mは、足立祥史(Mix TC)が制した。世界選手権2位の山田、8位の山本剛士(コカ・コーラ)を抑えての初優勝。「スタートからの加速がうまくいき、スピードを最後までキープできた」と振り返る。足立はろう学校の教員で、中学校の社会と高校の歴史を教えているという。陸上の練習は勤務後で主にひとりで行っており、「練習時間は1時間くらい。短い時間を有効に使い、アップをして250mの1本を集中して走るという練習をしてきた。それが結果に結びついたかな」と足立。世界選手権ではリレーメンバーに選出されており、「来年の東京2025デフリンピックでは個人種目で代表に選ばれたい」と、言葉に力を込めた。
男子ハンマー投は、前回のカシアス・ド・スル2022デフリンピックで金メダルを獲得した石田考正(愛知陸協)がDATにエントリーし、55m32を記録。日本選手権は大学3年の遠山莉生(筑波大)が56m64で制し、世界記録保持者の森本真敏(日神不動産)は2位に入った。世界選手権でも石田が優勝、森本が2位、遠山が3位と世界をけん引しており、東京2025デフリンピックでも活躍が期待される。
女子棒高跳で末吉が世界新の跳躍!
女子棒高跳では大記録が誕生した。前回のカシアス・ド・スル2022デフリンピックの銅メダリストで、今年4月に3m40の日本新記録をマークした末吉凪(明治国際医療大)が、世界記録を15センチ上回る3m60に成功。練習ではすでに跳んでいた高さだというが、「めちゃめちゃ嬉しい」と笑顔を見せた。中学では走高跳に取り組み、高校から棒高跳を始めた。高校時代の記録は3m11。現在は大学で一般の学生とともに競いあうなかで記録を順調に伸ばしている。
実は、前回のデフリンピックで、優勝したフランスの選手が4mに成功している。これは世界記録には公認されていない状況ではあるが、「自分の目の前で4mを跳んだ選手がいる。その記録より低いから正直、複雑な気持ち」と打ち明ける。それでも、来年の東京2025大会に向けて意気込みを聞かれると、「まだまだいけると思っている。4mを超える跳躍で金メダル獲得を目指したい」と、力強く話した。