吉川真司・女子ナショナルヘッドコーチインタビュー 昨年、全米オープン女子シングルス本戦のドローに日本女子の名前はなかった。しかし、あれから1年が経ち、内島萌夏(安藤証券)が自己最高ランク59位を記録…

吉川真司・女子ナショナルヘッドコーチインタビュー 昨年、全米オープン女子シングルス本戦のドローに日本女子の名前はなかった。しかし、あれから1年が経ち、内島萌夏(安藤証券)が自己最高ランク59位を記録し、グランドスラム通算4勝の大坂なおみ(フリー)もツアーに戻ってきた。これまでダブルスをメインに戦ってきた柴原瑛菜(橋本総業ホールディングス)や若手の齋藤咲良(富士薬品)、石井さやか(ユニバレオ)、伊藤あおい(SBCメディカルグループ)も力をつける中、ベテランの日比野菜緒(ブラス)も奮闘している。吉川真司・女子ナショナルヘッドコーチは今の日本女子をどのように見ているのか聞いた。

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――全米オープンでは昨年のシングルス本戦に日本人女子がいないという状況から、復帰した大坂選手を含めて4人の選手が本戦入りしました。

「内島(萌夏)に関しては、春のクレーコート大会から一気に連勝を重ねてトップ100に入り、さらにランキングを上げてオリンピックに出場しました。本当に目覚ましい活躍と言いますか、自分のポテンシャルを出せるようになり、気持ち的にも強くなって自力でグランドスラム出場を勝ち取るようになったというのは素晴らしいことだと思います。全米オープン1回戦で、ものすごく難しい相手(タマラ・コーパチ/ドイツ)に最後はちゃんと自分の形にして終わったところは、今年1年を象徴している。春の頑張りが生きているのかなと思っています」

「大坂に関しては、(出産から)戻ってきてツアーに出場し始めて、全仏オープンでイガ(シフィオンテク)に勝つ寸前までいったことで、改めて『(ツアーのトップレベルで)自分はできる』という確信に変わったところはあると思います。ここ最近では、良い選手を倒して、次でやられてしまうことが続いているのですが、以前に比べて試合前の準備の時間をしっかり取ったり、トレーナーをつけて身体への意識を強く持つことを忘れず、何より『強くなりたい!勝ちたい!』というモチベーションがお母さんになって帰ってきてから、より上がったというのを感じる。ですので、連続して勝つというところがキーポイント。一つのきっかけで(トップに)帰ってくる状態にいます。世界のレベルも上がっていますので、復帰して1年で思うような位置にいくかと言うと、そんな甘い世界ではないので、時間はかかっているように見えますが、実際にはもう戻るための準備は彼女はしています」

「予選を上がった柴原に関しては、シングルスで初めてのグランドスラムで、全米オープン予選に出場するための最後のWTA大会で勝ち上がって出場権を得ました。この1年、本当に自力をつけて、シングルスへの転換は簡単ではないのですが、よく自分で掴みました。これも取り組みや意識しているからだと思います。グランドスラムのダブルスで大舞台を経験しているので堂々とした戦いというか、気後れすることなくプレーしていた。さらなる進化と世界1位のシフィオンテクとの試合を経て、上に行くための課題、成長できるポイントを自分で掴んだと思います。シーズン後半に向けて取り組んでいくことにすごくいいエネルギーを持ってましたので、また期待できる選手になりました」

「日比野は、少しランキングが下がって予選からになってしまいました。ですが、落ち着いて自分の良さと持っているものを表現できる力がより高まっているのかな、というふうに感じます。これはキャリアを重ねて心と頭の成長があったということ、それから身体がよりシャープになっています。思い通りにプレーしたいところと身体と心が一致してきているなというのを普段の練習、試合を見て感じます。また100位以内に戻れると本人も手応えを掴んだのではないのかと思います。そういう意味でもキャリアが進んでいく中で成長していると見ていました。彼女もアジア・シリーズが楽しみな選手の1人です」

――この1年で取り組まれたことなどを教えてください。

「大会によっては内島に関わってきましたが、齋藤咲良や石井さやかなどの若手に力を注いでいる時間の方が多かったです。齋藤は18歳で150位台ですが、ここに満足することなく上を目指しています。2回目のグランドスラム予選で、成長できるポイントや伸ばしていかなければいけないところを彼女も感じたみたいでした。少しランキングを広げてみると、伊藤あおいが今回サインに来ていましたけど、若手の選手が全米オープン本戦で戦えるように尽力してきました。ここの予選に入れば本戦に必要なものが見えてくる、違うステージが見えてくることになります」

――日本人が海外勢に対抗できるヒントのようなものがありますか。

「それぞれ個性があります。ただ、全体のことを言えばやっぱり一つは『身体の強さ』ということが言えると思います。トップで戦っている選手は同じ土俵で戦っています。なので、その身体の土台が同じだからこそ、その上のテニスの技術の中身で勝負できている。これが本戦に上がっている4人の共通項かと思います。もちろんテニスの中身といった点で、我々のほうが優れている部分もあります。しかし、外国勢はパワーがあったり、より大柄な選手が動けるようにシャープになっている。それに引けを取らない、我々独自の素早さ、動き回れる力であったりもっと上に行くためにはもっとそこを鍛えていく重要性はあらためて感じているところです」

――吉川コーチから見た今後の女子テニスの流れはどうなっていくとお考えでしょうか。

「サーブがウィークポイントになる選手がいなくなり、サーブとフォアハンドを武器に攻撃をしてくる選手が増えてきています。より競争力と競技力が上がってきているので、先ほどの話と重なるようですが、同じ土俵に乗れば我々の方が緻密なテニスをします。そこを意識しながら、置いていかれないように同じステージ、同じ土俵で戦える状況を作るということは一つ絶対条件になります。より穴のない選手になっていかなければなりませんね」

――大坂選手が4月に開催されたBJK杯で日本代表としてプレーしてくれました。これは日本チームにとって大きいことだと思います。

「これは大きいことですね。彼女自身、心は日本人なところがいっぱいあるので、他の日本人選手と同じ感覚でチームにいますし、世界基準を常に見ている選手が同じ空間に居ることは大きいですね。海外を拠点にしているチームメイトがいることも刺激になりますし、何よりもグランドスラムを獲っている人ですからね。その人が同じチームにいれば、自然と刺激になりますよね」

「(大坂は)お母さんになって広く物事を見れるようになっているというか、より懐が深くなっている。やっぱり人生が変わった人、新たな人生を歩んでいる人の感性なのではないかと思っています。見えている世界が違ってきているようにも思えますし、より広い人生の視野を持っているという感じがします」

――吉川コーチはトップだけでなく、ジュニアの試合も見ていますね。

「16歳以下の女子日本代表監督も私がやっていて、低年齢から上まで見ることは結局つながっています。できれば女子のラインは1本化していきたいなと思っています。カテゴリー別ではなく、目指しているところはみんな一緒なんだと」


2024年11月に行われた16歳以下女子ビリージーンキングカップジュニアでは6位入賞。写真左から吉川監督、園部八奏(与野テニスクラブ)、沢代榎音(H.Y.S)、上方璃咲(野田学園高校)、森下亮太朗コーチ


――全米オープン会場では休む暇なく次々とコート間を歩き回って、常に選手を見ていたのが印象的でした。

「どこで選手の“きっかけ”が落ちているかわかりません。今はその仕事にいる以上、できる限り選手のために行動するというのが自分に求められている仕事であると考えています。今大会の成果と課題をしっかり受け取って次へ進んでいきたいです」

――世界基準を目指すために日本国内で練習すべきことや到達できるためにすべき条件などあれば教えてください。

「『今を勝つ』ということは大切ですが、テニスのスケールが小さくなってしまいます。勝たなければいけないということも理解できますが、グランドスラムに達していくということは、ひとつひとつのボールの質、身体の強さ、さらにこのレベルに来ると心の強さも求められます。それが小さい頃から足りているかどうかというのを常に確認しながらやっていく必要はあるのかと思います」

「心技体の土台があって、それぞれの駆け引き、個人が持っている特徴というものが生きてくるのではないかと私は見ています。日本国内だと勝たないといけない、ミスを減らしていかなければいけないと考えがちですが、果たしてその一球のレベルで将来このステージに行くには十分か?という疑問は立てられるものなのかなという感じはします」

――欧米の選手は若いうちから繋がずに打ち込んでいるのでしょうか。

「繋がずに打ち込むというと大雑把なように思いますが、“基準のボールが何なのか?”ということが頭に入っている。ヨーロッパ、アメリカというのは、トップ選手を直接見やすい環境にあります。それを間近に感じる機会が多くあるということは、どこに基準があるか、という点で日本よりアドバンテージかもしれません。その分、日本は良い意味できめ細やかなコーチングが優れていて、技術的には非常に高いものを持っていると思います」

――そこから世界へ抜け出していくことが必要なわけですね。

「普段のコーチがものすごい努力をされて今の選手がいると思いますので、どこのレベルに行くために今取り組んでいることをしているのか?と。ゴールは最終ゴールから導かれた今である、ということの徹底というところになるのではないかと思います。抜けていくというよりも、最初からテニスをしていく上で何を目指した上で教えているか、活動しているか、何を見て伝えているかだと思いますので、ある日突然何かが変わったということではなくて小さい頃から積み上げているものが何か、というところが最後に出るのかなと感じています」



――世界基準を日本で生み出していくことは可能でしょうか。

「可能だと思います。それを導き出せる知識と情熱を持ったコーチの方々が日本国内にもたくさんいらっしゃいます。もっと選手が増えてテニス大国みたいになっていけばと思っています」

――90年代の伊達公子さん、杉山愛さんの時代に全米オープンの本戦に日本人女子10人が入っていた時代もありますね。その杉山愛監督が日本代表監督に就任され雰囲気など大きな変化はありましたか。

「誰かが行けば、私にもできる!と良い連鎖が起きていきます。監督に就任されてから、グランドスラムにどれだけ選手を送りこんで行くかという点に関して、経験されてきた人の導きなので、現役選手もより明確な基準、アドバイス、必要なものが杉山監督の元で見やすく取り組みやすいと感じます。実際、結果が良くなってきていますから、その存在が大きいのではないでしょうか」

――これから世界を目指しているジュニアやコーチに一言お願いします。

「日本のコーチは優れていて、ちゃんと世界を見てコーチングをされている方がたくさんいらっしゃいます。日本のジュニアには能力も目指すところもあるので、競争していってほしいと思います。ここに来ている我々、選手は、テニスファンの皆様があって成り立っています。日本女子はこの先何年かの間にいい時代が来ますので、ぜひ現地に選手のプレーを見に来ていただきたいですね」

――貴重なお話をありがとうございました。