ミックスゾーンは多くの人で賑わっていた。何せ、出場選手は100人以上。加えて、取材に訪れたメディアの数もとても多い。そ…

 ミックスゾーンは多くの人で賑わっていた。何せ、出場選手は100人以上。加えて、取材に訪れたメディアの数もとても多い。それだけに、輝かしい日本代表のキャップ数を持っていても、記者に見つからないままに出口へと歩みを進めてしまう選手もいたほどだ。

 12月14日に行われた、中村憲剛の引退試合後の等々力競技場。その取材エリアに、鬼木達監督も姿を見せた。通常、監督の立場ではミックスゾーンを通らない。監督の取材対応は記者会見で行われるためなのだが、この引退試合ではその監督会見がない。しかも、鬼木監督はこの試合に“選手”として出場していた。つまり、「出場選手」としてミックスゾーンに足を踏み入れた。
 ちょうどその時刻、試合の主役である中村憲剛が会見を行っていたため、記者はミックスゾーンに少なくなっていた。柔和な表情で取材に応じた鬼木監督の前に、ICレコーダーを差し出して“最後の取材”を行った。最終節のアビスパ福岡戦前後、そして、川崎市市民特別賞の受賞時に話を聞いたが、今年の残りの日程で、鬼木監督が川崎フロンターレの一員として表に出る予定はない。きっと、次に取材をするときは、すでに発表されている鹿島アントラーズの監督としての立場としてのはずだ。

■中村憲剛へのリスペクト

「面白かったです。憲剛ともプレーできたし、やっぱり懐かしいです」
 数分ではあったが、選手として引退試合のピッチに立った指揮官は、中村憲剛とのプレーをこう振り返る。
「独特っていうか、なんかもう“(ボールが)絶対来るんだろうな”とか、そういうのはありましたね。なんか、良かったです」
 チームを支えてきたゲームメーカーとのプレーを、こみ上げる感情の中でなんとか言葉にしようとすれば、
「心残りがあるとすればあの崩しを成功させたかった(笑)」
 と、冗談を入れることも忘れない。
 しかし、中村憲剛という教え子、そして、後輩に対してのリスペクトとスゴみについては、しっかりと言葉にする。
「憲剛じゃないと、今日のような人の集まり方(はできない)。改めて憲剛の人柄の良さが、やっぱりここまでの大きな試合にしたんだなって。こんなに大きな試合は簡単なことじゃないじゃないですか。なおかつ、(観客も)満員に呼べて。
 もう一つ、僕はやっぱり憲剛らしいなっていうか、感動したのは、やっぱり亡くなったあの2人に対してのリスペクトというか。ちょっともう込み上げてくるものが、こうやってしゃべっててもちょっと来ちゃうぐらい、そういうのも含めて、憲剛だからできたことかなっていうのがあるので、すごく何だろう。
参加させてもらって本当良かった」
 この試合の途中、プレーを止めたうえで2人の故人に想いを集めた場面があった。アルトゥール・マイア氏と横山知伸氏に対するもので、自身の引退試合で改めて彼らに光を当てたことに、指揮官は心を打たれていた。
 そして、「本当に最後、こういう形でいろんな人に憲剛のプレーを見てもらえたことは本当に良かったですし、誘ってもらえて嬉しかったです」と笑顔を見せた。

■鬼木監督が惜しまない家長昭博谷口彰悟への賛辞

 さまざまな話が出る中で、鬼木監督に向けたのは、家長昭博と谷口彰悟のサプライズについてだ。ベテラン2人が体を張って場を盛り上げ、中村憲剛を明るい空気の中で見送ろうとする姿が、まさしく川崎フロンターレの良さを凝縮したものだと思ったからだ。
 鬼木監督に話を向ければ、さらに表情を柔らかくして、「やっぱりね、あれができるのが彼らの強みですよ、本当に」と両者への賛辞を惜しまない。
 そして、「アキもそうじゃないですか。笑いながら、でも、やっぱり嬉しそうにやってたし、ベテランのって言ったら変ですけど、やっぱり彼らの強みでいいかなって思いますね。まあ、ライバルでしたからね、本当に。そういうものにしか分からないものはあると思う」と続ける。
 家長はクールな印象を与え、谷口はその甘いマスクとキャプテンシーから“優等生”の印象を与えるが、チームメイトや仲間のためなら、こうした引き立て役になれる。しかも、家長と中村が本来はライバルだったという背景を理解したうえで、その関係性を簡単に乗り越えることが指揮官にとっては嬉しくも誇らしくもある。
 そうした絆が、このチームで他にはない空気感を醸造させ、そして、ピッチの上の強さに変えてきたことに余念はない。先述した故人2人への思いをあえてピッチで表現しようとすることも、同じ気持ちから出ている。
「うるっと来ました」
 筆者の言葉に、鬼木監督は「いやあ、来ますよね。同じです、その思いは」と視線を上に向ける。
 そんな鬼木監督にとって、この引退試合は当日だけのものでなく、その前からさまざまな思いがあったものだという。その裏側が、改めてフロンターレの絆を感じさせるものだった――。
(取材・文/中地拓也)
(後編へつづく)

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