蹴球放浪は、文化を学ぶ旅でもある。国によって違う習慣も興味深いが、南米とアジアが思わぬ形でつながることも。蹴球放浪家・後藤健生の中で、ブラジルと韓国が重なったのは、2018年のW杯ブラジル大会。空港に向かうバスの中での突然の出来事がキッカ…
蹴球放浪は、文化を学ぶ旅でもある。国によって違う習慣も興味深いが、南米とアジアが思わぬ形でつながることも。蹴球放浪家・後藤健生の中で、ブラジルと韓国が重なったのは、2018年のW杯ブラジル大会。空港に向かうバスの中での突然の出来事がキッカケだった――。
■年配の女性が「突然の引ったくり」
2018年のブラジル・ワールドカップのときのことです。
北東部のレシフェの街から空港に向かうバスは満員だったので、僕は荷物を持って立っていました。まあ、それほど遠い距離ではないはずなので、特に不満にも思っていませんでした。
すると、僕の目の前の席に座っていた年配の女性が突然、僕の持っていた荷物を引ったくるように取って、自分のヒザの上に置いたのです。
一瞬、僕もビックリしました。
なにしろ、ブラジルはそれほど治安の良い国ではありません。強盗や引ったくり、かっぱらいのような犯罪は日常茶飯事です。僕も、日本からサンパウロに到着したとき、空港からバスで都心に着いてすぐにケチャップ強盗に狙われました(ケチャップやマヨネーズなどを人にかけて、「拭いてあげる」と言って近づき、親切を装って金品をすり取る犯罪)。
でも、目の前の女性は引ったくった僕の荷物を、そのまま自分のヒザの上に置いたままです。とくに言葉をかけてきたり、目を合わせたりすることもありませんでした。
そう、これは引ったくりなんかではありません。席に座れずに立っている人がいると、座っている人がその荷物を持っていてくれるという習慣なのです。
ブラジルでもサンパウロやリオデジャネイロのような大都会ではあまり見かけませんが、地方都市ではよくある習慣のようで、その後も同じようなことが何度かありました。
■「ビックリした」韓国の親切システム
そこで思い出したのが、昔の韓国のことです。
僕が初めて韓国に旅行に行ったのは1980年代の初めでした。まだまだ、当時の韓国には古い習慣がたくさん残っていました。
立っている人の荷物を座っている人が持ってくれるというのも普通のことでした。このときも、最初は僕もずいぶんビックリしました。で、バスや地下鉄がどんどん混んできて、押されて奥に移動しなければならないと、自分の荷物を持っている人と距離が離れてしまいます。どうなるのか、心配でした。
でも、安心してください。
降りるときには、その荷物を手渡し手渡しで持ち主のところまで送ってくれるのです。社会全体が、この“親切システム”に参加しているわけです。
だから、レシフェのバスの中で荷物を取られたときも、韓国での出来事を思い出して「ああ、あれだ」と、すぐに思いついたというわけです。
■「経験した」バス切符の手渡しリレー
昔、バス代を手渡しで送ってくれるというのも経験しました。
あれは、どこのことだったかよく覚えていないのですが、バスの切符は車掌による手売りでした。新しく乗車した人のところまで車掌が切符を売りに近づいてきます。そこで、車掌に現金を渡すと、切符とお釣りをもらえます。
しかし、バスが混んでいると車掌が車内を移動することができなくなってしまいます。そんなときには、近くにいる乗客に現金を渡すと、現金は次々と手渡しで車掌のところまで送られていきます。すると、車掌は切符とお釣りを近くの乗客に渡し、それが手渡しで僕のところまで運ばれてくるというわけです。
ブラジルが犯罪の多い国なのは事実ですが、大多数は善い人たちばかり。そして、人々はそんな小さな親切をし合って、助け合って生活しているというわけです。