【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】 私はよく、テレビのニュースをつけっぱなしにして新聞を読む。どちらもフルに頭に入ってくることはなく、新聞に向けられる注意力が8、テレビに向けられるそれが2という感じになるのだが、ときどき、新聞で読んで…

【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 私はよく、テレビのニュースをつけっぱなしにして新聞を読む。どちらもフルに頭に入ってくることはなく、新聞に向けられる注意力が8、テレビに向けられるそれが2という感じになるのだが、ときどき、新聞で読んでいるのと同じニュースがテレビで流れることがある。

 最も近い過去で重なったのは、洋上風力発電事業をめぐる汚職事件の初公判のニュースだ。元衆議院議員の秋本真利被告が、洋上風力発電事業への参入を目指していた風力発電会社「日本風力開発」の元社長、塚脇正幸被告から国会で同社に有利になる質問をするよう依頼され、見返りに計7200万円余りの賄賂を受け取ったとして、受託収賄罪などに問われた事件である。秋本被告は議員時代から競馬好きとして知られており、また、塚脇被告が馬主であることなどから、本稿の読者のアンテナにも引っ掛かっていたと思う。

 目は新聞、耳はテレビに向いていた私は、手元の新聞の「思い入れのある馬の血を残したいとの塚脇さんの夢の実現に協力しただけ」という文字を追っていた。秋本被告の罪状認否での言葉である。

 そのときテレビから「名馬を残したいという塚脇元社長の夢」という言葉が耳に飛び込んできて、「ん?」と思った。私はその裁判を傍聴したわけではないので、どちらが実際の秋本被告の言葉に近いのかわからない。が、残したいものが、「思い入れのある馬の血」と「名馬」とではずいぶん違う。好意的に解釈し、「思い入れのある馬の血を残して名馬をつくることが夢」ととらえれば、両者の意味はほぼ同じと受け取れなくもないが、ともかく、競馬に興味のない事件記者にとっては、「思い入れのある馬の血」も「名馬」も、たいして違うようには感じないのだろう。

 と、揚げ足取りのようなことを書いたが、本当のことを言うと、テレビから聞こえた「名馬」という言葉に「おっ」と反応してしまっただけである。事件のニュースに出てくることなどそうある言葉ではないので、「名馬」というアナウンサーの声が、強く耳の奥まで響いてきたのだと思う。

「名馬」ということでは、メイショウサムソンが世を去ったというニュースが飛び込んできた。引退馬協会によると、11月26日、繋養先のひだか・ホース・フレンズ(北海道日高町)で心不全のため息を引き取ったとのこと。21歳だった。

 メイショウサムソンは2003年3月7日、浦河の林孝輝牧場で生まれた。2005年7月、栗東・瀬戸口勉厩舎からデビュー。石橋守騎手(当時)とのコンビで、翌2006年の皐月賞、日本ダービーの二冠を制覇。菊花賞では4着に敗れ、前年のディープインパクトにつづく三冠馬誕生はならなかったが、同年のJRA賞最優秀3歳牡馬に選出された。

 古馬になった2007年、瀬戸口厩舎の定年解散に伴って栗東・高橋成忠厩舎に転厩し、天皇賞(春)を制覇。日本で36年ぶりに発生した馬インフルエンザに感染したため、凱旋門賞遠征を見送った。武豊騎手を新たな鞍上に迎えて臨んだ天皇賞(秋)を2馬身半差で完勝。見事、天皇賞春秋連覇をなし遂げた。メイショウサムソンは瞬発力を武器とするタイプではなく、接戦で相手を競り落とし、底力でのし上がってきた。この天皇賞(秋)でつけた2馬身半差は、デビュー3戦目の未勝利戦に並ぶ、自己最大の着差だった。もともと強かった馬が完成の域に達し、新たな武器として鋭さを身につけたのだ。翌年の凱旋門賞で10着に敗れたあと、武騎手が「秋の天皇賞を勝ったときに行きたかった」と振り返るほどの強さだった。

 2008年の有馬記念(8着)を最後に引退し、種牡馬となった。通算27戦9勝(うち海外1戦0勝)。重賞はGI・4勝を含む6勝。獲得総賞金は10億6594万9000円。

 種牡馬として、2015年アルテミスステークスなど重賞3勝を挙げたデンコウアンジュなど5頭の重賞勝ち馬を送り出した。2021年に種牡馬を引退し、ひだか・ホース・フレンズで余生を過ごしていた。

「メイショウ」の冠で知られ、日高の馬産地などでも紳士として敬われている松本好雄オーナーに、初めてのダービータイトルをプレゼントした。凱旋門賞出走時、ロンシャン競馬場(当時の名称)のパドックに立った松本オーナーの目には涙があった。日本を代表する大オーナーのいくつもの夢を叶えた名馬だった。

 メイショウサムソンが走った凱旋門賞を、私も現地で観戦した。父オペラハウス、母の父ダンシングブレーヴという重厚な血統でありながら、日本の軽い馬場でも強さを発揮するこういう馬こそ凱旋門賞を勝つのではないか――と、大きな期待を抱かせてくれた。

「名馬」というのはこういう馬のことなのだと、公判でその言葉を口にする人も、それを報じる人もわかってくれると嬉しい。