プレミアリーグで躍進! ブライトンの横顔 前編 三笘薫が所属するプレミアリーグのブライトンは、第12節を終えた11月24日時点で5位と順位を上げている。ビッグネームに頼らずに好成績を残す近年の背景には、英国有数のポーカープレーヤーとして名を…

プレミアリーグで躍進! ブライトンの横顔 前編

 三笘薫が所属するプレミアリーグのブライトンは、第12節を終えた11月24日時点で5位と順位を上げている。ビッグネームに頼らずに好成績を残す近年の背景には、英国有数のポーカープレーヤーとして名を馳せ、その独自のアルゴリズムで選手を評価し、強化を続けるトニー・ブルーム会長の働きがある。


プレミアリーグで躍進を続けるブライトン。今季は第12節終了時で5位に順位を上げた

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【英国有数のポーカープレーヤー】

 ブライトン&ホーブ・アルビオンを保有するトニー・ブルームは、現在のプレミアリーグで実に希少価値の高い単独の英国人オーナー兼会長だ。

 1992年にイングランド1部リーグがプレミアリーグに改称された時、22クラブ中21クラブの保持者が英国人だったが、現在ではわずか2クラブに(他3クラブに英国人の共同保有者)。もうひとつのブレントフォードのオーナーは、今まさに身売りを考えているようだが、ブルーム会長にその気はなさそうだ。

「私は今後も長らくここにいると思う」と、今年9月にブルーム会長はオンラインメディア『The Athletic』に語った。「明日バスに轢かれる可能性がないとは言いきれないが、それはないと願っているよ。できれば、まだあと15年から20年はここにいたい」。

 その理由はいくつかあるはずだが、最大のものはクラブへの愛情に違いない。1970年にブライトンで生まれた彼は、物心ついた時からアルビオンを熱烈に応援してきた生粋のサポーターだ。祖父のハリーはクラブの副会長を務めた実業家で、トニーに多大な影響を与えた。その最たるものが、フットボールとギャンブルだった。

 ブルーム会長は少年時代から数字にめっぽう強く、賭け事に大きな興味を示し、10歳に満たない頃から海沿いのアーケードのスロットマシンで遊んでいたという。学生になるとギャンブルで小遣いを稼ぎ、大学卒業後に会計事務所で働いている時に大物ブックメーカーに引き抜かれ、そこで目覚ましい実績を積んだ。その後、独立してオンラインのベッティング会社を設立しつつ、英国有数のポーカープレーヤーとして知られるようになっていった。

 テーブルでの所作と表情、打ち筋から"リザード(トカゲ)"の異名を取り、各国の大会で優勝。また成長した会社を売却して多額の資産を築くと、2006年に『スターリザード』社を設立した。その主な事業は、データと数字のスペシャリストたちが、世界中の顧客にスポーツベッティングで勝つためのアドバイスを施すことだ。

【独自のアルゴリズムで世界中の選手をフィルタリング】

 2009年、ブルームがリーグ・ワン(3部リーグに相当)で苦しんでいたブライトンを買収すると、ブルーム会長兼オーナーはクラブを自社スターリザードの顧客にした。ただし当然、フットボールクラブに賭け事の助言をするのではなく、補強を優位に進めるためのデータを提供したのだった。

 なにしろそこにはブルーム自身を筆頭に、統計と分析のエキスパートが揃い、彼らが独自のアルゴリズムで世界中の選手をフィルタリング。プレー面から性格まで、その項目は数千とも数万とも言われている。詳細は社内外でトップーシークレットとなっているが、唯一現地で報じられているのは、選手がドリブルでボールを運ぶ際にスタンドのファンが起こすノイズのデシベルだ。おそらくほかにも、ライバルたちが見落としている数字があり、それが移籍市場での違いとなっているのだろう。

 三笘薫もそんな独自のスカウティングによって、獲得された選手のひとりだ。2021年夏に、ブライトンが川崎フロンターレに支払った移籍金は、推定270万ポンド(当時約4億円)。初年度はこちらもブルーム会長が保有する姉妹クラブ、ベルギーのユニオン・サン=ジロワーズへ期限付きで在籍し、翌2022-23シーズンからプレミアリーグに初挑戦すると、33試合(チーム6位タイ)に出場し、7得点(同3位タイ)と5アシスト(3位タイ)を記録。クラブ史上最高位となる6位フィニッシュに、主力として大きく貢献したのだ。

 現在の欧州の移籍市場の基準で言えば、破格中の破格で迎えた戦力が、主役級の働きをすると、その選手の価値は飛躍的に上がる。三笘は今もブライトンで活躍しているが、そうしたビジネスモデルに則る形でクラブに大金を残していった選手は、アレクシス・マック・アリスター(現リバプール)、モイセス・カイセド(現チェルシー)、マルク・ククレジャ(現チェルシー)など、数多い。

 ブライトンの順風満帆な経営は続き、昨シーズンにはリーグ最高益となる1億2200万ポンド(約234億円)を計上した。そして今夏の移籍マーケットでは、約2億ポンドを投じて9人の新戦力を引き入れている。これを上回るのは、プレミアリーグ、いや欧州でもチェルシーだけだ(約2億2000万ポンド)。ブルーム会長とブライトンの野望は、燃え続けているのだ。

【ファンにとって「夢のような現在」】

 ブルーム会長は15年前に愛するクラブを窮地から救い、総額40億ポンドとも言われる私財を投じてきた。その間に、チームは3部から粘り強く上昇を続け、2017年にプレミアリーグに昇格。新しいスタジアムと最新鋭のトレーニングセンターも作った。それは長くブライトンをサポートしてきたファンにとっては、「夢のような現在」だ。1年半前と数週間前に合わせてひと月ほど、現地を取材した筆者は、本当にたくさんのサポーターから、そうした心境を聞いた。


ブライトンのトニー・ブルーム会長

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 それを実現させたブルーム会長は、救世主と崇められて当然だが、小柄なビジネスマンはいまだにアウェー戦に電車で向かい、時にはファンと一緒に歌ったりするという。どれだけ成功しようと、自分にとって本当に大事なものが何かを、しかと心得ているのだろう。

 2015-16シーズン、チャンピオンシップからプレミアリーグへの昇格プレーオフでチームがシェフィールド・ウェンズデイに惜敗すると、ブルーム会長は更衣室へ行った。

「床で打ちひしがれている選手と同じように、私も床に座った。そして周りの選手たちに、『この経験は君たちを強くする。ここからまた這い上がるぞ。来シーズンにやってやろうぜ』と言ったんだ」

 まるで優れた監督の言葉みたいだ。そして気持ちを立て直した選手たちは、次のシーズンにクラブ史上初のプレミアリーグ昇格を勝ち取っている。

 地域との結びつきよりも、他国からの資本家を大事にするようなクラブが大半を占める今のプレミアリーグにおいて、ブライトンはユニークで貴重だ。英国南部の楽しいビーチタウンを本拠とするクラブは、正真正銘の地元サポーターに賢く運営されている。

後編「今季のブライトンを率いる31歳の青年監督」へつづく>>