キックオフを迎えた時点で、川崎フロンターレの選手たちの息は上がっていた。通常ならばありえない事態といっていい。しかし、浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムに乗り込んだ22日の夜は、川崎が置かれた状況が大きく異なっていた。 本来は8月24日に…
キックオフを迎えた時点で、川崎フロンターレの選手たちの息は上がっていた。通常ならばありえない事態といっていい。しかし、浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムに乗り込んだ22日の夜は、川崎が置かれた状況が大きく異なっていた。
本来は8月24日に試合が成立していたはずのJ1リーグ第28節。しかし、試合前から発生していた雷雨がさらに勢いを増し、天候の回復が見込めないと判断された結果、浦和が1点をリードして前半を終えた直後に中止が決まった。
両チームともに空いている代替日程は、シーズンが最終盤を迎えた22日しかなかった。約3カ月におよんだハーフタイムをへて、原則として前半終了時の出場選手やリザーブ、審判団らは変わらない前提のもとで後半が開始された。
もっとも、これだけ時間が空けば状況も変わる。浦和は右MFで先発していた大久保智明の負傷離脱に伴い、リザーブだったMF松尾佑介が出場。さらにペア=マティアス・ヘグモ監督が解任され、マチェイ・スコルジャ監督が復帰していた。
■「いつもと違うチャレンジになるけど、後悔したくない」
対する川崎は戦線離脱中のキャプテン、MF脇坂泰斗に代わってリザーブのFW小林悠が出場。ゲームキャプテンはFW山田新が務め、システムも[4-2-3-1]から、小林と山田を2トップに置く[4-4-2]にスイッチしていた。
さらに10月に退任を発表し、8シーズンもの長期政権にピリオドを打つ鬼木達監督は、後半の45分に臨むうえでのアプローチも変えた。小林が言う。
「オニさん(鬼木監督)とコーチングスタッフが、いつもより強度の高いウォーミングアップにしてくれました。チームの全員がスタートから非常にいい入りができたのは、これまでとは違うやり方で準備をしたおかげだと思っています」
具体的には先発組とリザーブ組が分かれるケースが多いウォーミングアップを、マークする選手をつけた、試合さながらの激しいものに変えた。小林が続ける。
「昨日のうちには、そうすると言われていました。オニさんらしいというか、試合前のミーティングでも『アップも含めていつもと違うチャレンジになるけど、後悔したくないと。勝つための可能性を少しでも上げたい』と。オニさんの言葉で僕たちのテンションも上がりましたし、勝つために絶対に手を抜かない、というオニさんのイズムが僕たちにも伝わったなかで、本当にいい入りができたと思います」
■試合を動かした技ありのゴール
試合前の段階で息が上がるほど戦闘準備を整えていた川崎は、いきなり100%以上の力を出して浦和を攻守両面で圧倒した。そして、キックオフから10分後、数えて55分に川崎の同点ゴールが生まれる。ネットを揺らしたのは小林だった。
敵陣の左サイドで獲得した直接FKが右サイドへ流れ、敵味方の誰よりも早くこぼれ球に追いついたDF佐々木旭が、後方のMF家長昭博へ戻す。家長のシュートは相手にブロックされたが、跳ね返りをすぐにMF橘田健人が左へ展開する。
直接FKを蹴ったDF三浦颯太のもとへ戻ったボールは、インスイングから再びゴール前へ。落下点に入り込んだ小林が、DFマリウス・ホイブラーテンとの競り合いを制し、落ちてくるボールを突き上げるような形で頭を合わせた。
「ボールが来そうだな、という場所にいつもいるようにしているし、あとは味方の立ち位置などを見ながらポジションも取り直したりしているので。そこは自分の経験やポジショニングのよさもあって、難しいボールをうまく当てられました」
浦和の守護神・西川周作の頭上を、やや山なりの軌道で越える技ありのJ1リーグ通算142ゴール目。その後は両チームともにゴールを奪えず、1-1で引き分けた異例の一戦を、浦和のスコルジャ監督のひと言が端的に物語っていた。
「非常に残念な試合だった。私にとっては、敗戦のようなものだ」
もっとも、優位に立ち続けた川崎にも実は異変が生じていた。
(取材・文/藤江直人)
(後編へ続く)