侍ジャパンが首位突破を決めて迎えた「プレミア12」グループBの最終戦。台湾・天母球場のスタンドでは対戦相手のドミニカ共和国の赤と青の派手な上着をまとい、「ここはピッチングコーチが行くところだろ!」などと声を飛ばすチーム関係者がいた。 パブ…
侍ジャパンが首位突破を決めて迎えた「プレミア12」グループBの最終戦。台湾・天母球場のスタンドでは対戦相手のドミニカ共和国の赤と青の派手な上着をまとい、「ここはピッチングコーチが行くところだろ!」などと声を飛ばすチーム関係者がいた。
パブロ・ネフタリ・クルス、77歳。ドミニカ代表のアシスタントGMだ。
「ドミニカにとってプレミア12は重要な大会だ。だが、今はウインターリーグのシーズンだから、選手たちはなかなか参加したがらないんだよ......」
ドミニカをはじめとする中南米各国では、現在、ウインターリーグと言われるプロ野球のシーズン真っ最中だ。ラティーノたちは母国のファンの前でプレーできることに加え、MLBのスカウトにアピールする機会になり、さらに給料を稼ぐこともできる。
周知のように、MLBの契約で40人枠に入っている選手はプレミア12に参加していない。そうした"制約"のある大会で、世界屈指の野球大国であるドミニカはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)より実力的に落ちるメンバーで参加し、1勝4敗で大会を去ることになった。
【印象に残った2人の日本人】
そんなチームで気を吐いたひとりが、2023年に日本ハムでプレーしたアレン・ハンソンだった。日本とのグループラウンド最終戦では4打数3安打で1打点、大会全体では打率.545と好成績を残した。
「パブロから電話をもらい、『ドミニカの勝利のために力を貸してくれ』と頼まれたんだ。国を代表してプレーできてよかったよ」
ハンソンにとって、クルスは恩人だ。2009年、ピッツバーグ・パイレーツと契約を交わした際に才能を見出してくれたスカウトなのだ。
クルスは数々のドミニカンをプロの世界に導き、名スカウトとして知られる。自身はマイナーリーグでプレーして引退後、パイレーツでスカウトを22年務めたのを皮切りに、パドレス、エクスポズ、ナショナルズ、メッツ、ブルージェイズで同職を歴任。現在はスカウトをリタイアし、ドミニカ代表のために尽力している。
クルスがプロへの扉を開いた選手は元ロッテのグレゴリー・ポランコをはじめ、シルバースラッガー賞を2度獲得したモイゼス・アルー(元アストロズなど)、オールスターに5度選出されたトニー・ペーニャ(元パイレーツなど)、第2回WBCドミニカ代表のホセ・ギーエン(元パイレーツなど)ら40人以上いる。中日時代の2019年に41ホールドを記録して最優秀中継ぎ投手に輝いたジョエリー・ロドリゲスもそのひとりだ。
そんな"目利き"が今回の日本代表を見て、とりわけ印象に残ったのは誰だろうか。
「ショートストップはいいね。紅林(弘太郎/オリックス)と言うのか。バッティングもいいし、守備は広いレンジだ」
グループラウンドを終えて打率.313と好調の右打者は現在伸び盛りだが、クルスの目にも光るものがあったようだ。
そしてもうひとり、名前の挙がったのが佐藤都志也(ロッテ)だった。
「ドミニカ人に対してうまく打っているね。いい選手だと思うよ」
この日、佐藤は8番・指名打者で出場し、5打数3安打とセンターから逆方向にヒットを放った。次々と投手を代えてきたドミニカに対し、クルスは佐藤の対応力を評価した。
プレミア12のドミニカ戦で先発した戸郷翔征
photo by Sankei Visual
【戸郷翔征はインテリジェンス】
一方、先発の戸郷翔征(巨人)についてはどう感じたのか。
「インテリジェンスを感じさせる投手だ。配球の組み立て方にそうしたところが見てとれる。ストレートもいいね。懸命に投げている姿もいい」
グループラウンド最終戦は強い雨風のなか、投手にとって難しいコンディションだった。先発した戸郷は1、2回にフォークを打たれて失点したが、3回からスライダーをうまく使う投球に変えて持ち直す。そうした投球術をクルスは「インテリジェンス」と表現した。
では、戸郷と直接対戦したドミニカの打者にはどう映ったのか。まずは、ライトに2安打を放ったハンソンだ。
「打席で何球種か見たが、いいピッチャーだね。今日はうまく対応でき、ヒットゾーンに飛ばすことができた。(MLBに行っても)いいピッチングをできると思うよ」
次に、2022年から日本ハムに2シーズン所属したアリスメンディ・アルカンタラに尋ねた。
「いい持ち球を持っているね。制球力があり、アグレッシブにストライクゾーンを攻めてくる。投球術を熟知していて、スマートなピッチャーだと感じた。メジャーリーグでプレーするポテンシャルがあると思うよ」
ハンソン、アルカンタラともにMLBを経験した選手だ。今季のセ・リーグでリーグ4位タイの12勝(8敗)、同5位の防御率1.95、同2位のWHIP0.96を記録した戸郷は数年後にポスティングでのメジャー入りが噂されるが、海を渡っても十分に通用するとふたりの目には映っていた。
この日はMLBのスカウトもスピードガンを持ち、スタンドで鋭い目を光らせていた。彼らにとって、日本人選手を直接視察できる国際大会の意味合いは大きい。
【日本はチャンピオンになるはずだ】
対して、選手たちにとってもアピールの場になる。現在FAのアルカンタラは大会後、ドミニカに帰国してエストレージャスでウインターリーグに参戦する予定だ。休みなくプレーし続けることになるが、何食わぬ顔で話した。
「たまには疲れることもあるけど、1、2週間オフをとれば問題ない。逆にプレーし続けなければ、俺はレイジー(怠け者)になってしまうからね(笑)」
一方、ハンソンはドミニカやベネズエラ、メキシコのウインターリーグ球団からオファーを受けており、最もいい条件のチームでプレーするつもりだという。
「オレは今、人気者なんだ(笑)」
現在はFAで、来季は日本か韓国でプレーしたいと望んでいる。
「日本でプレーした頃、選手たちは毎日強度の高い練習を繰り返し、試合に向けて準備万全に整えていた。日々、自分を向上させようとする姿勢は俺も好きだよ。今回のプレミア12でもすばらしいチームだった。日本はチャンピオンになるはずだ」
かたや、アルカンタラも来季の所属先を探しているなか、日本のファンとの交流に背中を押されていると話す。
「日本では文化、プレー環境が少し異なるが、チームの一員として俺のことを受け入れてくれた。今日も清宮(幸太郎)、五十幡(亮汰)、北山(亘基)、コーチだった金子(誠)さんと再会できてうれしかったよ。特に金子さんは父親のような存在で、日本にいるときはいろいろ助けてくれたんだ。日本のファンは今もSNSを通じてメッセージを送ってくれて、応援してくれるからうれしいよ。日々、もっと成長しようと思わせてくれる」
日本に敗れた試合後、ドミニカのクラブハウスでは長めのミーティングが行なわれ、今大会で国を代表して戦えた誇り、そして野球を通じてすばらしい時間をすごせた幸せを分かち合っていた。
MLBで40人枠の選手は出場しないプレミア12だが、ショーケースのような意味合いもあれば、国家を代表してプレーできることに喜びを感じている者たちもいる。試合後、アルカンタラとハンソンが見せた幸せそうな笑みは、大会の意義を物語っていた。