2024年のMotoGPは最終戦までもつれ込む激しいチャンピオン争いの結果、ホルヘ・マルティンが2年連続王者のペコ・バニャイアを総獲得ポイントで凌いで、新チャンピオンの座についた。 その緊張感に充ちた興奮が醒めやらぬ決勝翌々日の火曜日は、…

 2024年のMotoGPは最終戦までもつれ込む激しいチャンピオン争いの結果、ホルヘ・マルティンが2年連続王者のペコ・バニャイアを総獲得ポイントで凌いで、新チャンピオンの座についた。

 その緊張感に充ちた興奮が醒めやらぬ決勝翌々日の火曜日は、レースが開催されたバルセロナ-カタルーニャ・サーキットで、2025年シーズンに向けたテストが行なわれた。

 新チャンピオンのマルティンは、2024年まで所属していたドゥカティのサテライトチームからアプリリアのファクトリーチームへ移籍する。そのアプリリアのサテライトチームからMotoGPクラスへ昇格することで大きな注目を集めたのが、23歳の小椋藍(Trackhouse MotoGP Team)だ。


来季からアプリリアに乗ってMotoGPを戦う小椋藍

 photo by Nishimura Akira

 2024年のMoto2クラスでチャンピオンを獲得した小椋は、たとえ中段グループからのスタートでも沈着冷静な走りで追い上げる粘り強さに定評がある。王座を獲得する過程でも、そんな力強さでライバル選手たちを着実に追い抜いて表彰台を獲得した場面は何度も見られた。

 小椋はMoto3クラスとMoto2時代には長年ホンダ系のチームに所属して戦ってきたため、最高峰クラスへステップアップする際も中上貴晶の後任となるのではないかとも予測されていた。それだけに、ヨーロッパメーカーからの昇格が発表された時はグランプリパドックの関係者や世界のファンから新鮮な驚きをもって迎えられた。

 ヨーロッパメーカー、しかもサテライトチームの所属は、日本人選手にとってまったくの「アウェー」の地に身を投じることでもある。その決心を「英断」と高く評価するのが、グランプリ界でさまざまなチームに所属して戦ってきた経験を持つ青木宣篤だ。

「波風を立たせない道を進むのであれば、中上貴晶が所属していたLCR Hondaからの昇格が、『日本企業だし、日本人選手の後任だし......』と、すべて丸く収まる方向だったはず。けれども、ライダーはやはりいいバイクに乗りたいのが本音だから、その意味でアプリリアに進んだのは正解だと思うし、そのほうが環境としていいことは間違いない。

 とはいえ、それまでさまざまに関わりのあった日本企業と切り離された未知の環境だから、その意味では、藍はオトコだな、と思ったし、本当に英断だとも思います」

【MotoGPマシンに初めて乗った印象は?】

 さらに青木は、小椋のスタイルを〈雑草根性〉とも表現する。

「ライダーは誰しも、いつも成績のいい時ばかりではないし、低迷するとそのまま落ちていく人も珍しくない。小椋はシーズン中にケガをしたり成績が伸びなかったりしたこともあるけれども、そこからちゃんと這い上がってきた。踏まれても踏まれても立ち上がってくるあの雑草根性は、今どきには珍しい〈昭和の匂いのするライダー〉だとも思います」

 青木が指摘する点と同様のことを、小椋が2025年に所属するチームマネージャーのダビデ・ブリビオは、〈巻き返す力(resilience)〉と端的に言い表わす。

「後方からでもあきらめずに走ってトップに上がってくる。その〈巻き返す力〉は彼の資質の話で、性格的な面でいえば、日本人は我々ヨーロピアンとは少し文化が違うけれども、藍の場合は若くてもすでに世界中を旅してヨーロッパのスタッフたちと一緒に仕事をする経験も豊富なので、いわば日本とヨーロッパの中間的存在、といってもいいでしょう。

 スペイン人やイタリア人のように賑やかな性格ではないけれども、それはシャイとか人見知りというよりも、謙虚(discreet)なのだと思います。楽しい性格だし、ジョークも好きだし、英語も上手だし、いい面をたくさん持っている人物ですね」

 今回の2025年向けテストでは、小椋は誰よりも多い86周を走り込み、ラップタイムはアプリリア勢のトップから1.087秒という差だった。MotoGPマシンに初めて乗った印象については「特に何も(予断や余計な思い込みなどを)考えていなかったので、『こんな感じなんだ』って思いました」と、それまで同様に淡々とした調子で話した。

 現代のMotoGPマシンは、空力を最大限に活用するエアロパーツがふんだんに取りつけられており、スタート時やコーナー出口などでバイクの姿勢を制御するデバイスなどの扱いにも慣れていかなければならない。Moto2時代には経験していないこれらの操作や順応について訊ねた際も、小椋らしい冷静な言葉が帰ってきた。

「コーナー進入と立ち上がりのふたつに分かりやすくわけて考えると、特に進入の部分ではタイヤやバイクについてまだわかっていないことだらけなので、最後のもうちょっとの部分にはまだ踏み込めていないし、立ち上がりでもスピン(の対処)やバイクをあまり暴れさせないことなど、やることがいっぱいあるので、すべてをよくしていくしかない。だから、特にどこが課題、みたいものはなかったですね」

【次回のテストは2025年2月のマレーシア】

 バイクの理解は100のうちまだ10か20程度、と小椋自身は述べているが、ブリビオは「ルーキーイヤーは多くのことを学ぶシーズン」と前置きしたうえで、初めて乗った最高峰クラスのマシンへの取り組みには「極めて高い評価を与えたい」と述べる。

「まだテストにすぎないし、たった一日乗っただけなので、ある程度の成長見込みは残しておくけれども、高い点をつけてあげたいと思います。一所懸命がんばって、しっかりとやるべきことに取り組み、タイヤもいろいろと試したので、我々としては藍の走りにはとても満足をしています。ただ、最高点をあげるのは、レース用に取っておきましょうか」

 次回のテストは年が明けた2025年2月5日〜7日の3日間、毎年恒例のマレーシア・セパンサーキットで行なわれる。小椋は最高峰クラス初年度であるため、この三日間に先んじて行なわれる1月31日〜2月2日のシェイクダウンテストから参加して走行を開始する予定だ。