プレミア12に向けた宮崎合宿が打ち上げを迎える前日の11月5日、SOKKENスタジアムのサブグラウンドで練習を終えた侍ジャパンの投手陣が楽しそうに会話するそばで、早川隆久(楽天)と北山亘基(日本ハム)が真剣な表情で野球談義を交わしていた。…
プレミア12に向けた宮崎合宿が打ち上げを迎える前日の11月5日、SOKKENスタジアムのサブグラウンドで練習を終えた侍ジャパンの投手陣が楽しそうに会話するそばで、早川隆久(楽天)と北山亘基(日本ハム)が真剣な表情で野球談義を交わしていた。
北山は前足の使い方やトップをつくるような動きを見せ、早川に何かを伝えている。クラブハウスに引き上げる早川を捕まえて聞くと、北山の行なっている『BCエクササイズ」や独特な投げ方に興味津々だった。ドジャースの山本由伸も行なっている取り組みだ。
「北山くんは相当クレバーな選手で、細かく砕いて話してくれました。すごく興味深かったですし、ちゃんと理解してやっているんだなと感じました。ウチのチーム(楽天)でも内(星龍)がそういうことに取り組んでいますけど、内と北山くんでは全然感覚が違う。そういうところを含めて、北山くんの考え方と自分の理解の仕方がマッチしたっていう感じです」
今季キャリアハイの成績を残し、侍ジャパン入りした楽天・早川隆久
photo by Sankei Visual
【キャリアハイの要因】
早川は大卒4年目の今季、リーグ4位タイの11勝(6敗)、同5位の防御率2.54、同3位の160奪三振とキャリアハイの成績を残した。
4球団競合の末に2020年ドラフト1位で楽天入りし、1年目からポテンシャルの高さを示してきたが、今季の飛躍の裏には何があったのか。宮崎合宿中に何度か話を聞くと、その要因が浮かび上がってきた。
合宿中に初めてブルペンに入った10月31日。プレミア12の公式球は「重さも、縫い目も全然違う」としたうえで、NPB球との違いを、早川はトラックマンデータを踏まえて説明した。
「自分のなかでボールの重さを感じるので、圧のかけ方が少し違うのかなというところで軌道がうまくつくれなかったですね。スライダーがいつもスイーパー気味に曲がるところが、今日は若干縦系の成分が入っていました。それでスライダーがちょっと斜めになったりすることもあって」
4日後の11月4日、合宿で2度目のブルペンに入ると、今度は感覚的に語った。
「今日はトラックマンで測ってないので数値は見られてないんですけど、なるべくスイーパー気味にスライダーを曲げていたので横の曲がりが大きくなった分、それが影響してカーブも横成分が大きくなってしまいました。本番までにそこの区別化というか、調整できればと思います」
変化球の縦成分と横成分はトレードオフのような関係にあるのかもしれないが、それでも両立しないといけないのだろうか。
「そうですね。自分のなかでは、そこは区別化したいところです。ゲームになって、カーブをちょっと横に大きく曲げたりするときもありますけど、ブルペンではなるべく分けるように」
では、ほかの球種はどのように対応したのか。
「カットボールは逆に大きく曲げるのもありだと思います。そういうところではうまく対応できています。でも球速差はなかなかつきにくくなってしまうので、スライダーっていうボールは欠かせないことになりますけど。そういうところも含めてやっていければと思います」
現状と本番までの改善点を、早川はじつに的確に第三者にもわかりやすく説明した。
【投球の幅を広げるためのスライダー】
早川はボールの特徴やその日の調子に合わせ、カーブやカットボールの変化の仕方を変えているという。おそらく、自分の投げているボールの回転軸が頭のなかで明確になっているからできるのだろう。
翌日の11月5日、北山と話し終わりロッカールームに引き上げる早川に確認した。
「トラックマンほど精密ではないですけど、頭のなかでどう投げたらどういう軌道で曲がってくれるかをたしかめながら投げて、その後トラックマンで確認して、『あっ、これなんだ』というのを今シーズンずっとやっていました。ある程度(頭のなかで)軸をつくりながらできたっていうところです」
今季の早川の飛躍を語るうえで、カギになるのがスライダーだ。もともと持っていた球種だが、昨年は投げていなかったという。今季、再び投げ始めたのはなぜだろうか。
「投球の幅を広げたかったのがメインです。(カットボールとは)曲がり幅もそうですし、球速帯も全然違うので。そこが一番のポイントで。130キロ中盤のボールは投げられるけど、130キロ前半のボールが少なかった。そういうボールが欲しいなと思って、たどり着いたのがスライダーでした」
ひと言で「スライダー」と言っても、変化の仕方は千差万別だ。横に変化するスイーパーや、縦に落ちる縦スライダー、カーブとスライダーの中間であるスラーブもある。
そして早川は、今年「スライダー」の発想を変えた。
「去年までトライしていたのは、縦のスライダーでした。縦成分も強かったけど、そこは決め球としてほしかったからです。それが今年からカウントを取るスイパー気味のスライダーにしたところが一番ポイントです。横曲がりというところでバッターの目線も変えられますし、そこから縦で落とすこともできたので、結果として縦スラも習得できたっていう感覚ではあります。自分のなかでは、投球の幅を広げるためのスライダーのひとつということです」
今季の早川の球種別投球割合は、以下のとおりだ。
<ストレート:42%、スライダー:9%、カーブ:12%、フォーク:8%、カットボール:16%、チェンジアップ:13%>
割合で見ればスライダーは9%だが、投球全体にどんな影響があったのか。
「カーブとカットボールしかなかったときに比べて、大きく変わったと思います。カーブは若干縦気味で、自分のなかではパワーカーブ系。ただ、この球だけを絞られると厳しい。カットは130キロ台中盤で曲がりが小さいから、バッターからすれば真っすぐを張りながらでも対応できます。そういうところで130キロ台中盤で変化の大きなスライダーがあると、打者は的を絞りづらくなる。球種がひとつ増えたことで、投球の幅が広がりました」
カーブとカットボールという持ち球にスライダーを加えることで、カーブとカットボールもより生きるようになった。
【一番の武器は分析能力】
じつは、早川がボールの回転軸を頭で描けるようになり始めたのは、去年の冬だという。つまり横変化のスライダーを身につけるために、トラックマンやラプソードを活用したことでピッチング全体の理解度が劇的に増したのだ。
ダルビッシュ有(パドレス)も行なっているが、回転軸のイメージを持てればスライダーはある程度意図したように変化させられる。ゆえに早川は、「結果として縦スラも習得できた」というわけだ。
そうしてリーグトップクラスの成績を残した今、聞きたいことがあった。木更津総合高時代から注目されていた早川だが、プロ志望届は出さずに早稲田大学に進んだ理由をプロ1年目に尋ねると、「自分にはずば抜けた武器がなかった」からと話した。では今、最大の武器はなんだろうか。
「まあ、またそこもルーキーイヤーと変わったんですけど......」
7秒間考えたのちにそう言うと、自身の変化を続けた。
「ルーキーイヤーは『155キロ左腕』という形でプロに入ってきて、スピードはある程度自信がありましたけど、今はそういうのではなくて、どっちかと言うと、分析能力が自分の持ち味かなと思っていて。今年はその分析をちょっと多めにというか、深掘りしたら、ある程度抑えられるようになりました。アンテナもそうですし、俯瞰的に見られることが一番だと思います」
速い球を投げる才能に加え、自分自身を客観的に分析して投球術を磨いた。そうして今季の飛躍につなげたわけだ。
日本代表として臨むプレミア12は、昨年のアジアチャンピオンシップに続く国際舞台となる。今後のキャリアにおいて、どのように位置づけているのか。
「国際大会は高校からずっと投げさせてもらい、いろいろな経験をさせてもらってきました。去年はアジアという舞台で、今年は世界大会。中南米のチームも相当力をつけてきていると思いますし、そういう相手を抑えることによって来年以降の(ペナントレースで)外国人に対しての抑え方も変わってくると思います。そこが自分のなかでは通過点というか、抑えないといけないバッター陣かなと思っています」
学生時代から陽の当たる道を歩き、日本を代表する左腕のひとりになった。プレミア12では世界の強豪にどう立ち向かうのか。極上の投球術を堪能したい。