伊藤みどり流・2024−2025シーズンの楽しみ方男子シングル編(全2回) ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のプレシーズンとなる、2024−2025シーズンがスタートした。男子シングルは新4回転時代を迎え、さまざまな戦略でトップを狙う。五…
伊藤みどり流・2024−2025シーズンの楽しみ方
男子シングル編(全2回)
ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のプレシーズンとなる、2024−2025シーズンがスタートした。男子シングルは新4回転時代を迎え、さまざまな戦略でトップを狙う。五輪につながる重要な今季の男子の戦いについて、アルベールビル五輪銀メダリストの伊藤みどりさん(55歳)が語った。
今季のフィギュアスケートの見どころを語った伊藤みどりさん photo by Noguchi Yoshie
【鍵山君とお父様のジャンプはよく似ている!】
伊藤みどり 今の男子は、まさに4回転の時代。そのなかでも抜群の安定感を誇るのが、鍵山優真君です。私はコーチであるお父様、正和さんと同世代で一緒にアルベールビル五輪にも出場しました。
鍵山君は、ジャンプの柔らかさ、スピード感、流れがあり、なかでも4回転サルコウは芸術的で、まるで3回転を跳んでいるような軽やかさ。4回転トーループとサルコウは完璧すぎるくらいです。北京五輪(2022年)では4回転ループを入れ、今季は4回転フリップをきれいに決めていますし、4回転ルッツも練習では降りているとのこと。ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪までには4回転4種類のプログラムを目標にしていることでしょう。
父・鍵山先生から受け継いでいる才能もすばらしいです。変な言い方ですけど、やっぱり遺伝子ですね。ジャンプを跳ぶ時も、跳んだあとも、着氷後の流れも、ふわっとした感じが本当によく似ています。そこに加えて鍵山先生が指導されているので、テクニックをよく追求しているのだと思います。
そして鍵山先生のすごいところは、カロリーナ・コストナーさんをチームに迎え入れたこと。昔はひとりの先生だけが教えるものでしたが、今は専門家が集まってチーム力で戦う時代です。今の時代に合った芸術性を育てるためには、自分の経験だけでは足りないという判断をし、考えの幅を広げたことが鍵山先生のすばらしいところだと思います。身体的素質を受け継ぎ、芸術性も磨いている鍵山君。NHK杯(11月8〜10日/東京)での演技に期待しています。
【ランボルギーニ! あだ名のついている選手って、好き】
そして私のイチオシは三浦佳生君。私、あだ名がある子って好きなんです。私も「津波ガール」とか「台風ガール」とか、いろんなあだ名をつけられましたが、三浦君は「ランボルギーニ」。ジャンプを成功したときの爽快感が魅力的で、もっと爆走してほしいくらいです。
ただ、今は力が余りすぎて、ジャンプを力のままに跳んでいますね。助走まではランボルギーニでいいけれど、跳んだ瞬間は力をコントロールできるようになれば、一気に安定感が出てくるでしょう。
ジャンプがすばらしいぶん、今季は滑りや演技力をブラッシュアップするシーズン。フリーの『シェルブールの雨傘』は、ジャンプとジャンプのつなぎで情緒的な表現力が求められる曲です。彼の持ち味であるランボルギーニさをあえて抑え、雑さが出ないように滑ることを1シーズン心がけることで、実力も上がっていくと思います。
【佐藤君は急成長中! 空中姿勢が美しい】
また今季、一番の成長を感じさせてくれるのが佐藤駿君です。スケーティングがとてもきれいになりました。夏場にモントリオールのアイスダンサーのもとで基礎の練習をしたことで、滑り方が別人のように変わった印象です。とくにフリーレッグの位置や伸ばし方、足先の置き方、そして上半身の姿勢がとても美しいです。
そして姿勢がよくなったことで、ジャンプの質もさらによくなりました。空中姿勢が、背中側に軸があってピンとしている。着氷では誰もが前かがみになりやすいのですが、佐藤君は美しい姿勢のまま降りてきます。だからこそ、着氷の瞬間にお腹に力を入れていないと、勢いに負けてバタンと後ろに転んでしまう。GPシリーズ・スケートカナダのフリーで転んでしまった理由は、そこでしょう。
そして佐藤君は今季、4回転ルッツとフリップをフリーに入れています。佐藤君はトー系が得意なタイプですね。彼が注意するべきは4回転トーループ。彼にとって4回転トーループは力を抑えて跳ぶため、力加減が難しいのですが、そのコントロールが身につけば怖いものなしです。
【同門の山本君、友野君も国際大会で食い込める】
また私と同じ山田満知子先生の門下生として頑張っているのが、山本草太君。よくぞケガから立ち直り、ここまで伸びてきたなと感動しています。今回のスケートカナダも、僅差で4位となり惜しい試合でした。4回転トーループもサルコウも決まり、力は十分に伸びてきています。
フリーの『Melting』はローリー・ニコルさんの振り付けで、彼の美しさが引き出されていますね。演技もジャンプもトップレベルなので、気持ちの強さがあとひとつ加われば、若手3人に食い込んでいけるでしょう。
また友野一希君もコツコツと頑張ってきて、少しずつ実績を積み重ねてきた選手。スポンサーもついて、社会人として腰を据えて活動できる状況になってきていますね。チャンスに恵まれたからこそ、これまで苦労してきた経験を活かして、頑張ってほしいです。4回転2種類をしっかりと降りる力もありますし、演技力、スケーティングすべてが円熟期。自分の力を発揮できれば、十分に国際大会で活躍するチャンスがあります。
NHK杯には、鍵山君、三浦君とともに壷井達也君が出場します。神戸大学に通い文武両道で頑張っていて、人間的にも尊敬できる選手です。NHK杯で力を発揮して、世界に名前を覚えてもらえる選手に育ってほしいです。
【誰もがケガなく五輪を目指せるように】
男子は4回転ジャンパーが続々と育ち、ハイレベルな時代を迎えています。世界王者のイリア・マリニンさん(アメリカ)は、4種類、5種類もの4回転を次々と決め、才能もスタミナもすごいです。
アクセルの跳び方は私と違い、あまりスピードを出さずに真上に踏みきるタイプで、今の時代の選手という印象ですね。マリニンさんは、すでに全種類の4回転を成功させていて、今季は滑りの美しさや表現力を身につけることに集中している様子。昨季に比べて凝ったプログラムに挑戦し、向上心の耐えない選手です。
最強とも言えるマリニンさんをいかに超えていくか、日本男子は戦略が問われています。4回転ジャンプ1〜2本分の差を、どうやって埋め、超えていくか。やはりスケーティング技術や演技力がカギになっていくでしょう。鍵山君は滑りとジャンプの安定感、佐藤君は美しいジャンプ、三浦君はパワフルさで、自分の個性をそれぞれ追求しています。
個人的に気になっているのは、ルール変更で解禁されたバックフリップ(宙返り)。本当に必要なのかな、と思っています。私の時代はスルヤ・ボナリーさんがやっていましたが、ジャンプより飛距離があるぶん、公式練習のときに近くで練習されると逃げられません。
また選手本人にとっても、演技中の疲れているときに跳ぶのは、負担が大きいでしょう。誰かがケガしてからでは遅い。アダム・シャオ イム ファさん(フランス)やマリニンさんほどの才能ある選手がケガをするのは見たくないですし、私はこわごわとした思いです。
いずれにしても、ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪に向けて、男子は高難度の4回転を何本も入れ、さらに芸術性も求められる、とても大変な時代です。ケガのリスクが大きい技がいくつもあるので、すべての選手がケガなく、自分の力を発揮しながら五輪を目指していけることを願ってやみません。
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【プロフィール】
伊藤みどり いとう・みどり
1969年、愛知県生まれ。6歳からフィギュアスケートの競技会への参加を開始し、小学4年の時、全日本ジュニア選手権で優勝し、シニアの全日本選手権で3位。1985年の全日本選手権で初優勝し、以後8連覇。1988年カルガリー五輪で5位入賞。同年には女子選手として初めてトリプルアクセルを成功させる。1989年、世界選手権で日本人初の金メダルを獲得。1992年アルベールビル五輪で銀メダルを獲得後、プロスケーターに転向。その後、アマチュアに復帰し1996年の全日本選手権で9回目の優勝を果たしたのち引退。現在は指導や普及に努めながら、国際アダルト・フィギュアスケート選手権にも出場し部門別優勝も果たしている。