JR栃木駅から徒歩7分の場所に今夏オープンし、球界関係者が次々と視察に訪れている施設がある。"日本最大の民間施設"と謳う、『エイジェックスポーツ科学総合センター』だ。 トラックマン、ラプソードという弾道測定器に加え、フォースプレート(床半…

 JR栃木駅から徒歩7分の場所に今夏オープンし、球界関係者が次々と視察に訪れている施設がある。"日本最大の民間施設"と謳う、『エイジェックスポーツ科学総合センター』だ。

 トラックマン、ラプソードという弾道測定器に加え、フォースプレート(床半力計)の埋め込まれたマウンドで投球動作解析を行なうこともできる。跳躍力、瞬発力、筋力、視力、持久力の「5大体力」を測定し、専門マシンで能力アップを図ることも可能だ。


今夏オープンした『エイジェックスポーツ科学総合センター』

 photo by Nakajima Daisuke

【社会人日本代表が施設を訪れた目的】

 10月7日、都内で強化合宿中の社会人日本代表が同施設を訪れた。同チームは数年前からデータ活用や公開を積極的に行ない、投手はストレートの球速に加えてホップ成分やシュート成分、打者は打球速度やスイング速度などを全日本野球協会HPで「PROSPECT PLAYERS LIST」として公開している。

 この日、栃木県までやって来たのは、一連の取り組みをアピールすることが目的のひとつだった。川口朋保監督が説明する。

「社会人野球の認知度はそんなに高くないと思います。だからこそ新しいことに取り組み、科学的な要素を踏まえて野球を追求していこうと。見える化の手段としてラプソードやトラックマンという測定器を用い、学生たちに『社会人のトップクラスはこういう特徴を持っている』と明らかにすることで、そこを目指そうとつながっていくと思います」

 プロ野球や高校野球に比べて知名度で劣る社会人野球だが、技術力の高い選手を多く輩出しているのも事実だ。

 現役で言えば、昨年阪神の日本一に貢献した近本光司や中野拓夢、木浪聖也、伊藤将司。さらに球界トップの守備力を誇る源田壮亮(西武)をはじめ、藤岡裕大(ロッテ)や田嶋大樹(オリックス)らが各球団の主力として活躍している。

 2026年アジア大会に向けた今回の強化合宿にも、今秋のドラフト候補が多く参加した。投手では伊原陵人(NTT西日本)、荘司宏太(セガサミー)、片山楽生(NTT東日本)、江原雅裕(日鉄ステンレス)らで、野手では城野達哉(西濃運輸)、相羽寛太(ヤマハ)、猪原隆雅(ミキハウス)などだ。



 

 合宿最終日にはエイジェックの施設で「体力」と「スキル」の計測を実施。内容は以下のとおりだ。

<投手と野手の共通>
体力:体組成(身長、体重、骨格筋量、体脂肪量、除脂肪体重、除脂肪指数、脂肪量指数)、握力、跳躍力(立ち幅跳び、垂直跳び、スクワットジャンプ、連続ジャンプ、ステッピング)

<投手>
体力:VBT(ピークパワー、ピークRFD、ピーク筋量)
スキル:投球(投球速度、回転数、変化量)

<野手>
体力:スポーツビジョン(動体視力、眼球運動、周辺視、瞬間視)
スキル:打撃(スイング速度、打球速度、スイング映像)

 投手のVBT(Velocity Based Training)は「速度」を基準としたトレーニングメソッドで、投球時にどれだけ大きな力を発揮できるかに関係する。一方、野手のスポーツビジョンは打撃や守備に関わるものだ。

 上記の計測は高校生や中学生年代で行なわれる場合もあるが、単に数字を見る機会になっていることも少なくない。データを採取したのはいいが、上達に生かす方法がわからないという声も聞く。

 対して、社会人日本代表では各々が目的を持って取り組んでいた。とくにその姿勢が見えたのは、投打のスキル計測だった。

「今の自分の体で、最大限の出力はどれくらいなのか。すべてデータが出るので、それを踏まえて自分に落とし込んでいきます」

 2015年育成ドラフト1位でDeNAに入団し、2019年からヤマハでプレーしている長距離砲・網谷圭将はそう話した。

 ヤマハでは今年6月頃からブラストが導入され、網谷は毎日の打撃練習で使用している。スイング速度やバット角度など各数値は体の出力に応じて日々上下するため、データを見ながら「じゃあ、今日はどうしなければいけないか」と活用しているという。

【それぞれのデータ活用法】

 一方、エイジェックスポーツ科学総合センターではトラックマンでも打撃データを計測できるため、前述したように自分のポテンシャルを把握しようとした。

「普段は試合で打つためにアプローチしているけど、今日はそもそも目的が違います。そのなかで、いつもより高い数値が出ました。試合でも今日と同じくらい出力できるように目指していきたいです」

 網谷も言うように、データは今の自分を写す鏡だ。それをうまく活用し、どうレベルアップしていくのか。成長につなげてこそテクノロジーの価値も高まる。

 社会人日本代表の投手たちも、同様の意識で計測に臨んだ。

「真っすぐの回転数より、回転軸を一番見ていました」

 左のリリーバーとして評価される荘司はそう話した。172cm、85kgと上背はないが、上半身を大きく使って最速150キロの速球を投げ込む。いわゆる"真っスラ"とチェンジアップが武器だ。

「身長が低いので、球の強さで勝負するしかありません。自分は独特なフォームなので、解析というより、球質を優先的に見たいなと」

 セガサミーでは4、5カ月に1回、希望者を募ってラプソードで計測の機会があり、荘司はいつも手を挙げて回転軸を見ている。この日はデータで現状を確認でき、貴重な機会になったという。

 一方、練習場にトラックマンが設置されているのが、NTT東日本の片山だ。

「普段から見ている数値と、どれくらい変化しているのか。それを確認したのは、社会人日本代表の合宿中に自分のなかで投球フォームに変化があったからです」

 最速151キロの片山は周囲に刺激され、「もっと速い球を投げたい」と強く思うようになったという。

「体をしっかり使い、腕がどれだけ振られるか。腕を点で『ブッ』と振るのではなく、線で『ブンッ』っていうイメージです。そう意識したら、柔らかさが出てきました。最近、手先を気にして投げていたなと」

 この日の速球は2400回転で、普段の練習時より200回転アップ。アドレナリンの出る大会になると記録される数値だが、同質のフォーシームが投げられていた。



 

 速い球を投げるうえで大事なのは、自分の長所を表現することだと片山は話す。

「トラックマンデータは真っすぐの回転軸と、縦の変化量を意識しています。(回転軸の)傾きが大きくなればなるほど、僕の場合、シュート成分が増えてバッターが打ちやすい変化になるので。軸がなるべく12時に近づくように。そうなれば縦の変化量、いわゆる伸び成分が上がってきます。球速が速くなくても、空振りが取れるのが僕の長けている部分なので伸ばしていけるように」

【アマチュア最高峰投手の上達法】

 大学4年生と同年代の片山がそう話す一方、社会人屈指の右腕・嘉陽宗一郎は自身の分岐点をこう振り返った。

「ストレートが安定してきたのはトヨタ自動車に入って3、4年目です。こう投げたら球がこういくと、わかり始めてきました。プロをあきらめてからだと思います。理由はわからないですけど」

 現在28歳、最速152キロのストレートと決め球のチェンジアップを武器にする。プロには縁がなかったものの、決して引けを取らない実力派だ。

 周囲が嘉陽に尊敬の眼差しを向ける理由は、対話しているとよくわかる。

「今の若い子は体の使い方、力の出し方がすごく上手です。球の速いピッチャーが多いので、トレーニング方法などいろいろ聞いています。自分も155キロとか投げられるように、どんどん若手の力の出し方を盗みたいと思います」

 嘉陽は2018年にトヨタ自動車に入社した頃からラプソードで週に1、2回計測し、数値は「全部意識している」という。

「狙いより中に入った時、たとえば『シュート成分が多くて中に入ってしまったんだな』と。リリースの高さも出るので、『この高さがちょっと下がったからシュート回転するんだな』と、変化はすぐにわかります」

 普段から計測、確認、調整を繰り返すことで、投球フォームの再現性が高まっていった。それがアマチュア最高峰投手の上達法だ。

 かたや、この日の測定をレベルアップに生かしたというのが、同じトヨタ自動車の渕上佳輝だ。

「自分の特徴とほかの人のデータを見比べたら、見た目で感じたような数字が出ていました。数値を見て、たとえばフライアウトの多いピッチャーなのか、ゴロピッチャーか。詳しいデータはこれからもらえるので、『やっぱりそっちのタイプか』と思ったら、投球時に意識していることを聞きに行こうと思います」

 27歳の渕上は合宿中、若手選手にトレーニング方法を聞き、自分に取り入られるものがないかと探した。球速アップのヒントになるかもしれないからだ。

 嘉陽や渕上のように社会人野球で年数を重ねている投手から、荘司や片山のようにプロでの活躍を目指す者、さらに網谷のような"元プロ"もいる。社会人日本代表は決して派手ではないが、実力者の揃うチームだ。計測に臨む姿勢を見るだけでも、成長に貪欲な姿勢が伝わってくる。

 はたして10月24日、何人がドラフト会議で指名されるか。候補選手たちは人事を尽くして天命を待っている。

 その5日後に開幕するのが日本選手権だ。アマチュア最高峰の舞台で力を存分に発揮すべく、選手たちは腕を磨いている。