初出走の野中は、前田監督のコメントに闘志を燃やし激走した photo by SportsPressJP/AFLO10月14日、学生三大駅伝の幕開けとなる出雲駅伝で、5年ぶり2度目の優勝を飾った國學院大学。3人が区間賞を獲得するなど前評判どお…


初出走の野中は、前田監督のコメントに闘志を燃やし激走した

 photo by SportsPressJP/AFLO

10月14日、学生三大駅伝の幕開けとなる出雲駅伝で、5年ぶり2度目の優勝を飾った國學院大学。3人が区間賞を獲得するなど前評判どおりの強さを発揮、充実の選手層には目を見張るばかりだった。駒澤大学とのアンカー対決を制した主将の平林清澄(4年)を筆頭に箱根駅伝で実績を残す経験者たちが活躍するなか、大学駅伝デビューを果たした2年生・野中恒亨もいきなり4区区間賞を獲得して、優勝への布石を大きく打った。

【大学1年目の悔しさを胸に】

 いつもはレース直前になると、陸上の情報を遮断するが、偶然SNSで大会の前日会見に出席した前田康弘監督のコメントをスマートフォンで目にしてしまった。

<上級生が走るのは当たり前。キーマンは2年生。このふたりが機能すれば、かなり面白い駅伝ができる>

 國學院大学の4区にエントリーされた野中恒亨は、ハッパをかけられると闘志に火がつくタイプ。地元静岡の浜松工業高校時代は5000mでインターハイに出場したが、全国的に広く名の知れた選手ではなかった。好きな言葉は『下剋上』。人一倍負けん気は強い。

「前田監督のあの言葉を見て、『絶対に走ってやるぞ』と思いました」

 学生三大駅伝の初出走になったが、堂々とスタートラインに立っていた。気後れはない。むしろ、緊張するよりも、力がみなぎっていたという。

「まったくビビっていなかったですね。國學院のこのメンバーに入れたことだけで、自信になっていましたから」

 1年目の駅伝シーズンは、分厚い選手層に阻まれ、赤紫の襷をかけて走れなかった。苦い表情を浮かべ、しみじみと振り返る。

「あの悔しさが、今年度の原動力になっています」

 全日本大学駅伝は5区でエントリーされながら、当日変更で補欠へ。箱根駅伝でも7区でメンバーリストに名を連ねたが、またも出走日に名前を入れ替えられた。

 昨年の12月31日に流した涙は、今も忘れていない。箱根駅伝の区間配置を決める最後のミーティング前だった。監督室にひとり呼ばれ、『今回はお前を外す』とはっきりと告げられたという。

「あの第一声を聞いた瞬間、頭が真っ白になり、フリーズしてしまって......。気づいたら、泣いていました。前田監督も涙目になり、『来年は絶対に走れ』って」

 同期のチームメイトが5人エントリーされるなか、当時1年生で走れなかったのは野中だけである。すぐに気持ちを切り替えられたわけではない。頭のなかで『お前を外す』という言葉をずっと反芻し、2月、3月までは引きずっていた。それでも、"11番目"だった男は強い気持ちで前を向き、心に誓った。

「今年度は必ず駅伝を走る」

【勢いではなく地力を証明】

 春から夏にかけてのトラックシーズンは、自らの実力を証明するために目に見える結果にこだわった。4月に5000mで13分49秒18、5月には10000mで28分17秒98と続けざまに自己ベストを更新。9月には出雲駅伝のメンバーを選考するトライアルの単独走で、駅伝経験豊富な3年生の高山豪起らよりもタイムで上回り、前田監督の信頼を勝ち取った。

 そして、迎えた本番。指揮官の期待にしっかり応えてみせた。

 3位で襷を受け取ると、序盤から強気に攻めていく。前を走る駒澤大の伊藤蒼唯(3年)、青山学院大の宇田川瞬矢(3年)との差をじりじりと縮め、必死に背中を追い続けた。終盤までペースを落とさず、歯を食いしばる。スタート時点ではトップと20秒も離されていたが、9秒差に迫り、2位・青山学院大とわずか4秒差で襷を渡した。駅伝デビューでいきなりの区間賞。ただ、本人は物足りなさを口にする。

「前に追いつかないといけなかった。最後の切れ、もっと突っ込んで耐えるなど、課題も見えました。監督には、最低でも(5区の)上原琉翔さん(3年)にいい位置で渡すように、と言われていたので、最低限の仕事。全日本大学駅伝、箱根駅伝でも自分のところで『攻めたい』と監督には言われているので、(全日本、箱根)ともに区間賞を取りにいきたいです」

 自己評価は厳しいが、3区の辻原輝(2年)には感謝していた。エース格がそろう主要区間で粘り、青山学院大、駒澤大の背中が見える位置で襷をつないでくれたという。表彰式の前に顔を合わせると、互いにふっと口元を緩めた。野中が「僕のなかでは辻原がMVP」と言えば、辻原は「野中のその言葉に救われた」とほっとした表情を見せる。逆転優勝の流れを引き寄せたのは、指揮官からキーマンに名指しされた笑顔の2年生コンビだった。

 5区でトップに躍り出た3年生の上原、6区で勝負を決めた平林の走力は言わずもがな。そろって圧巻の区間賞を獲得し、強さを証明していた。勝つべくして勝った展開に持ち込んだ前田監督は確かな手応えを得て、早くも次に目を向ける。

「全日本大学駅伝は一番を取れるんじゃないかと思っています。そこで勝って、箱根駅伝に向かいたい」

 初制覇を狙う11月3日の伊勢路に照準を合わせ、準備している他の主力たちもいる。今年7月、10000mで28分25秒72の自己ベストを記録した高山をはじめ、28分30秒39のタイムを持つ後村光星(2年)、28分40秒16の嘉数純平(3年)など、いずれも駅伝経験を持つ実力者が出走の機会をうかがう。メンバー争いはし烈を極めており、前田監督は目を細めていた。

「(出雲駅伝の出走組以外も)相当高いレベルにあります。10枚はすぐにそろう。全日本、箱根と区間距離が伸びていくので、うちにとっては優位かなと」

 シーズン当初から掲げている目標は初となる箱根駅伝の総合優勝だったが、勝ちたい欲は深まるばかり。主力メンバーに目立った故障者もなく、盤石の態勢が整いつつある。

 勢いだけではない。今の國學院大は、3冠へ突き進んでいく地力も持っている。