10月19日に行われる箱根駅伝予選会を突破し、3大会連続本戦出場を狙う髙林祐介監督 Photo by Tsuji Shintaro前編を読む>>箱根駅伝予選会に挑む立教大学髙林監督 「何やってんだ!」とヤジられた選手時代の苦悩 トヨタ自動車…
10月19日に行われる箱根駅伝予選会を突破し、3大会連続本戦出場を狙う髙林祐介監督
Photo by Tsuji Shintaro
前編を読む>>箱根駅伝予選会に挑む立教大学髙林監督 「何やってんだ!」とヤジられた選手時代の苦悩
トヨタ自動車からの出向という形で髙林祐介は、駒澤大学にコーチとして戻った。
チームには大八木弘明監督、藤田敦史ヘッドコーチがおり、「自分はコーチとして何をすべきか」を考えた。その時、「コーチの役割」について指南してくれたのが、藤田だった。
「藤田さんには、『駒澤のスタイルは、船頭が大八木さんで、舵を切る方向を素早く読み取って選手たちに浸透させていくのがコーチの役割』と教えてもらいました。コミュニケーションひとつをとっても気軽に話ができる子、できない子がいますし、学年によっても違ってくるので、その薄い所をうまくフォローするのが私の仕事でした」
髙林がコーチとして指導していた時の駒澤大は、田澤廉(トヨタ自動車)を軸に大学駅伝3冠を果たした時のチームだ。優勝するチームの雰囲気や強くなっていくプロセスを経験できることはなかなかないが、それを目の当たりにして「なるほど」と思うことが多かった。
「指導者として強いチームをマネジメントするためには、個々の意識や雰囲気を高めていくことも大切ですが、強いチーム特有の高い意識・雰囲気を醸成する仕組みが重要だと考えています。一人ひとりに対して『こうだよね』と対話できるのが理想ですが、現実的には選手の数も多く、難しい面がありますが、非常に重要な要素だと思っています」
駒澤大学で2年間、コーチとして学生を指導した後、チームを離れた。
現役を引退した後、トヨタの社業につき、6年ぶりに陸上界に戻って来たが、大学駅伝3冠を経験するなど、刺激的で有意義な時間だった。
「しばらく陸上から離れていたので、改めて陸上競技、駅伝の本質を大八木さんと藤田さんに背中で見せていただきましたし、指導者の基本の『き』を叩き込んでもらいました」
2024年4月、髙林は立教大の陸上部監督に就任した。
合流して目に入ったのは、「全日本大学駅伝出場」「箱根駅伝シード権獲得」というチームの目標だった。最初は「目標が高いな」と驚いたが、よく聞いてみると目標を達成するために練習メニューなどについて不安を感じているようだった。
「まず、練習の道筋を立てるところから始めました。しかし、私は監督経験がなく、実績もないため、『これをやっていればいいから』と言っても、選手たちにとっては『何を言っているんだ』と感じられてしまうかもしれません。そこで、具体的な例を挙げて説明しました。例えば、『駒澤大学ではこういう練習をしてから夏合宿をして、最後にこのような練習ができたから、全日本で区間賞を獲れたんだよ』と話すことで、選手たちがイメージを持ちやすくなり、『そうなんだ』と納得できるようにしました。選手をその気にさせ、先の目標につなげていくことを心がけたのです」
選手の現状を把握する意味もあり、就任直後に5000mのレースを見たが、ほぼ全員が3000m以降でペースが落ちた。
「立教の選手はスピードがありますが、後半にペースが落ちてしまうため、スタミナ、つまり長距離を走る上での土台が不足していました。そのため、日々の練習を通じてその土台を築いていけば、持っているスピードを活かせるようになると選手に伝え、土台をつくる練習にシフトしていきました」
ただ、なかなか最初は理解されなかった。
「走りなさい」というと、選手は距離を踏む方に思考が進む。その結果、「今日、俺は30キロ走った。満足!」「今日は20キロだった。よくない」といった会話が増えていった。
「私が伝えたかったのは、単純に走る距離を増やすことではなかったのですが、うまく伝わりませんでした。そのため、1週間のサイクルの中で練習の考え方や練習量の目安、注意点などを丁寧に説明しました。」
新たな取り組みを進めていく過程で、髙林が「信頼」「実績」の両面を得ることができたのが全日本大学駅伝予選会だった。昨年は7位の国士館大と14秒差の8位に終わり、涙を飲んだが、今年は5位で初出場を決めた。結果を出したこと自体すばらしいが、この時の髙林の采配で目を引いたのが2組目に1年生の鈴木愛音、山下翔吾を起用したことだ。
「鈴木は当初出走させる構想はありませんでしたが、最終調整の動きが目を引いため、抜擢しました。練習どおりに走れば大丈夫だと思っていましたし、2組目の過去の傾向からも問題ないと考えました。実際、鈴木はよく走ってくれたと思います。常に現場の細かいところまで目を配り、大胆に起用していく戦略は大八木さんから学びました。一見すると大胆に見えるかもしれませんが、実は非常に細かく観察しているのです」
レース後、林虎大朗(4年)は「自分たちがやってきたことが正しかった」と笑顔を見せた。林が語るように、この結果は髙林への信頼を確固たるものにしたという意味では、大きなターニングポイントになったと言えるだろう。
しかし、すべてがうまくいっていたわけではない。
その前からもその後も、強度の高いポイント練習や距離走では指揮官を悩ませることが多々あった。レベルに合わせてグループ分けをして練習を行なっていたが、髙林曰く『よく言えばチャレンジ、悪く言えば自分の事がわかっていない』ものだった。そのため、練習中に選手が遅れてバラバラになることがよくあった。
「駒澤大では、ポイント練習は最後までやり切ることを前提に行なっているため、選手が遅れていくことはあまりありません。遅れてしまうと、練習の目的が達成できず、効果が薄れてしまいます。そのため、夏合宿からグループをこれまで以上に細分化し、『1回きりではなく、継続して練習をやり切れるグループを選択しなさい』と伝えました。結果として、バラバラになったのは1、2回程度で、基本的にはまとまって練習を行なうことができました。選手たちは、『今までの合宿では考えられない』と驚いていましたが、練習の消化率は約90%に達し、しっかりとやり遂げたので非常によかったと思います。」
同じ合宿地で練習をしていた他校からも「立教大はいい練習をしていた」と、評価が高かった。現在は駅伝に絡むトップチームに20名ほどおり、彼らが箱根駅伝予選会と全日本大学駅伝に臨むことになる。
「予選会に向けて昨年の状況を選手に確認したところ、『昨年は選考というより、今走れている選手が走るという消去法的な感じでした』という答えが返ってきて、正直驚きました。今年は約20名がしっかりとまとまって練習を消化できていて、選手たちは予選を通過できるだけの力を十分に備えていると思います。欲を言えば、大エースとなるような飛び抜けた選手が出てきてくれるとさらに心強かったのですが、それでも上位層の選手たちには他校のエースと堂々と勝負してほしいですし、中間層の選手たちには、自分の力をしっかり発揮してもらいたいと思っています。目標は3位以内ですが、力を出し切れば十分に狙えると思います」
昨年の予選会は6位で突破した。今年は、中央大を始め駅伝強豪校が予選会出場になり、激戦が予想される。だが、この予選会を乗り越えていかないと箱根のシード権獲得という目標に届かない。髙林が考える「これから先」も見えてこない。
「これまでは箱根に出場することが目標でしたが、今後はシード権を獲得し、将来的には優勝を争えるチームにしていきたいと考えています。そのために、私はこの場に呼ばれたのだと、自分の役割を強く認識しています。いつか、大八木さん、藤田さんの駒澤大学や、大学の先輩である前田(康弘)さんが率いる國學院大学など、強豪校と肩を並べられるようなチームに育てていきたいと思っています」
予選会突破は、そのための第一歩になる。
■Profile
髙林祐介/たかばやしゆうすけ
1987年7月19日生まれ。三重県立上野工業(現伊賀白鳳)高等学校では3年連続インターハイで入賞し、2006年には駒澤大学文学部入部。学生三大駅伝では7度の区間賞を獲得した。卒業後はトヨタ自動車に入社。2011年全日本実業団対抗駅伝にて3区区間新記録を樹立。2016年に現役を退き、2022年駒澤大学陸上競技部コーチに就任。2024年4月立教大学体育会陸上競技部の男子駅伝監督に就任した。