さいたまスーパーアリーナに4万8117人を集めた7月28日の「超RIZIN.3」。あらゆる意味で、RIZIN、日本の格闘技史にとって大きな転換点となるだろう。その大会を解説席から見た"世界のTK"髙阪剛氏に、あらためて大会を総括してもらう…

 さいたまスーパーアリーナに4万8117人を集めた7月28日の「超RIZIN.3」。あらゆる意味で、RIZIN、日本の格闘技史にとって大きな転換点となるだろう。その大会を解説席から見た"世界のTK"髙阪剛氏に、あらためて大会を総括してもらうとともに、世界最高峰の総合格闘技の舞台「UFC」に挑むRIZIN王者・朝倉海選手への期待についても聞いた。


「超RIZIN.3」で斎藤裕を破った久保優太

 photo by 東京スポーツ/アフロ

【MMAを見る観客の"層"の変化】

――「超RIZIN.3」は、RIZIN初のさいたまスーパーアリーナスタジアムバージョンで行なわれましたが、いかがでしたか?

「PRIDE時代を思い出しました。PRIDEは毎回がスタジアムバージョンではなかったですが、『PRIDE GRANDPRIX』シリーズは多くの観客を集めていた印象があります。懐かしかったですね」

――髙阪さんが出場した大阪ドームでの『PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦』には、約4万7000人のお客さんが入りました。今回は同じくらいの観客数になりましたね。

「意外と試合をしている選手は、周りが暗いので観客の顔までは見えていないんですよ。リング上に照明が当たっていて、周りは真っ暗。そのなかで『ゴーッ』と音が響いている感じです。あんな環境で試合ができるのは、選手にとって本当に幸せなことだと思います」

――RIZINが2015年に始まってから、髙阪さんは選手としてリングに上がり、現在は解説者として関わっています。観客数の変化をどう感じていますか?

「観客数の増加も目立ちますが、特に感じるのはお客さんの"層"の変化ですね。RIZINが始まった頃は、PRIDE時代のファンや、『RIZINってどんな感じなんだろう』と物珍しさで見に来た人が多かった印象があります。でも最近の大会では、格闘技が本当に好きで、しっかり理解して楽しんでいるファンが増えたと思います。だから、打撃の攻防以外の場面、たとえば、グラウンドの状態から立ち上がる瞬間などで歓声が上がるようになってきたのは、いいことだと思いますね」

――今は選手が自身のYouTubeチャンネルなどで試合の解説をしていたりしますから、理解が深まりやすいのかもしれませんね。

「試合で何が起こっていたのかをあらためて確認して、『これってすごいポイントなんだ』と気づく。そんな現象が起きているんじゃないかと」

――来年の10周年を前に、節目の大会となった「超RIZIN.3」ですが、大会全体を通してどんな印象を持ちましたか?

「日本人同士の試合のクオリティがすごく上がったと思います。試合に至るまでの過程も含めて、見る側はすごく楽しめたんじゃないかなと。メインの平本蓮選手vs朝倉未来選手もそうですが、所英男選手とヒロヤ選手の試合、久保優太選手と斎藤裕選手の試合もすばらしかった。

 特に、久保選手は"総合格闘技のポイント"を掴んだ感じがしました。斎藤選手は、打撃と思わせてタックルに入るとか、総合の試合作りを熟知している選手です。その斎藤選手に勝った久保選手は本当にすばらしい。日本人同士の試合で、あれだけのクオリティが高い試合ができたのは、RIZINの努力の賜物だと思います。そういうマッチメイクをしっかりやってきて、それに応えようとする選手の気持ちもあって、お客さんも熱くなる。あらゆる意味で熱量が高くなりましたね」

【ストライカーの台頭】

――「超RIZIN.3」では、キックボクシングからMMAに転向した選手たちの活躍が光った印象がありました。

「そうですね。平本選手、久保優太選手、YA-MAN選手もそう。2、3年後に振り返ってみた時に、『超RIZIN.3』は新たなMMAの幕開けを象徴する大会だった、となるかもしれません」

――打撃出身の選手たちがMMAに適応してきたということでしょうか?

「MMAでは、キックボクシングとは違うレンジでも打撃を出す必要がありますが、相手にタックルを取られないことが望ましい。平本選手や久保選手はそれを体現していました。自分の距離でプレッシャーをかけつつ相手のミスを誘うとか、しっかり打撃を使って相手を圧倒することができていたと思います」

――約1年前にお話しを伺った際、レスリングやフィジカルが強い選手がRIZINに入ってくると、打撃を得意とする日本人選手にとっては厳しい状況になるのではないか、とおっしゃっていました。実際にラジャブアリ・シェイドゥラエフ選手(キルギス共和国)、イルホム・ノジモフ選手(ウズベキスタン)、ビクター・コレスニック選手(ロシア)らが参戦するなど、まさにそのとおりになったのではないでしょうか。

「ダゲスタンレスリング、中東、ロシアも含めてのレスリングを主軸にした選手たちは、テイクダウンを主軸として試合を作ってきます。『組みさえすれば試合を制することができる』という強い信念を持っている。それが打撃を主体とする選手にとっては非常に厄介です。"ストライカー(打撃を得意にする選手)"たちがそれをどう攻略するか、対策が必要です」

――現UFC世界ライトヘビー級王者のアレックス・ペレイラ選手は、GLORYの王者になった後にMMAに転向して成功していますね。

「昨今の格闘技を見ていて思うのは、打撃からMMAに転向して成功している選手は、必ず強い武器を持っていることです。ペレイラ選手であれば左フック。ひとつ強力な武器があることで、ほかの技術も活きてくる。そういった感じで、打撃の強さを保ちながらほかの技術でも戦える選手が増えていますね」

――ひとつ武器があるのが前提で、それ活かすためには結局、すべての技術を高める必要があるということでしょうか?

「そうですね。ひと昔前だったら、武器がひとつでも戦えたんですけどね。今はMMAとしてすべてを成立させた上で、自分の強い武器をどれだけ伸ばすことができるかが大事です。最近は、武器をいくつも持っている選手も増えてきています。逆にひとつの武器以外を捨てていたり、穴があるタイプの選手だとトップ戦線で勝つのは厳しくなってきました。

 今は、YouTubeなどで最先端の技術を視覚で確認することができます。先ほど名前が出たペレイラ選手はストライカーですが、自分からタックルに入ることもできる。所属ジムの師匠であるグローバー・テイシェイラ(元UFC世界ライトヘビー級王者)から授かったのかもしれませんが、本当に必要だと思って習得していなければ、試合では実践できません。ちゃんと取り組んでいる証拠だと思います」

――同じようなことが、RIZINの立ち技出身ファイターたちにも起きようとしている?

「そう思いますね。世界のトップ選手たちの技術や戦略が即座に伝わる時代ですし、ここ数年で進化が加速したように感じます。成功例はもちろん、うまくいっていない例も映像で確認できるので、自分が何をすべきかがわかりやすくなっているはず。ただし、それを実際に身につけられるかどうかは別問題。選手自身の努力や能力次第です」

――先ほど名前が挙がった久保選手は、現在5連勝中と波に乗っています。MMA選手として適応してきた要因はどこにあるでしょうか。

「久保選手は高橋遼伍選手との試合(『RIZIN LANDMARK 9』)のなかで、MMAで足技を使う距離感などを掴んだ感じがしました。『ここで、この技を出したら相手は嫌だろう』というタイミングで出していましたから。斎藤選手との試合で見せた三日月蹴り(本人曰く、ストレートキック)もそうですけど、久保選手のセンスが昇華された感じがしました。もちろん努力もしたでしょうが、もともとMMAのセンスがあったんだと思います」

――タックルに対するディフェンスはいかがでしたか?

「完璧でしたね。たとえば、両足タックルに対しては手を下げないといけないのですが、打撃系の選手は手を下げることを嫌う傾向があります。ガードを下げることになりますからね。でも、久保選手は普通にできていた。MMAに必要なピースがハマってきた感じですね」

【UFC挑戦の朝倉海には「見せつけてほしい」】

―― 一方で、朝倉海選手のUFC挑戦については、階級がフライ級かバンタム級なのかも気になるところです。

「う~ん......UFCのバンタム級は選手層の厚さが尋常じゃないですからね。海選手に限らず、日本人選手がバンタム級でトップに食い込むのは、フライ級よりも厳しいと思います。ショーン・オマリーを筆頭に、身長やリーチ、身体能力の"化け物"が揃っています。ただ、バンタム級かフライ級かは、海選手の減量の問題もあるので外野が口を出すことではないですが」


昨年12月の

「RIZIN.45」でアーチュレッタを下した朝倉海 photo by 日刊スポーツ/アフロ

――海選手にはどんなことを期待しますか?

「今の総合格闘技では、打撃、テイクダウン、寝技の3つをどれだけミックスしながら全体的にレベルアップしていけるかが重要で、10年前には考えられなかったレベルにまで到達していると思います。いずれにせよ、海選手のポテンシャルと格闘技センスを、UFCのオクタゴン(金網で囲まれた八角形の試合場)でも存分に発揮してほしいし、見せつけてほしいです。

 自分は海選手の試合がすごく好きで、総合格闘技の"お手本"というか、『こうなりたい』というファイトスタイルを体現している。もちろん過去には悔しい敗戦もありましたが、それを経験したからこそ、今の彼のスタイルがあるのでしょう。海選手は、相手が特定の攻撃しかできないような状況を作り出すのがうまい。相手がジリ貧になった状況を作ってからカウンターを合わせるのが上手ですね」

――確かに、元谷友貴選手をコーナーに詰めて、膝蹴りでKOしたこともありましたね(『RIZIN.42』)。

「UFCでも打撃を駆使して勝利していけば、海選手の評価も上がるだろうし、日本人選手全体の評価も上がることにつながると思います」

――UFC参戦については、兄の未来さんが「超厚待遇のようだ」とおっしゃっていました。どんな選手と初戦を迎えるのか楽しみです。

「猛者がたくさんいるUFCに挑戦して、自分の持ってる技術をしっかり見せて勝ってほしい。最高峰の舞台で、その力を存分に発揮してくれることを期待しています」

【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)

学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演などさまざまなメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行なっている。2012年から2015年にはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。