真価が問われるポストシーズンを迎えるロバーツ監督 photo by Kyodo News今日のMLB監督に求められる資質とは?〜前編〜多くのケガ人が出るなどの苦しみながらも厚い戦力で着実に勝ち星を重ねるロサンゼルス・ドジャースにとって、本当…
真価が問われるポストシーズンを迎えるロバーツ監督
photo by Kyodo News
今日のMLB監督に求められる資質とは?〜前編〜
多くのケガ人が出るなどの苦しみながらも厚い戦力で着実に勝ち星を重ねるロサンゼルス・ドジャースにとって、本当の勝負は10月以降のポストシーズン。そこで勝ち抜いてこそ歴史に名を刻む勝者となるが、大谷翔平が加入する以前からチームの指揮をとるデーブ・ロバーツ監督は、これまでのポストシーズン敗退において、その采配で厳しい批判を浴びたことも。
それにはロバーツ監督自身の力量以外に、メジャーリーグの環境変化による監督の位置づけが変わってきた背景もある。
【トランプ大統領にまで批判された采配】
10月になると、多くの日本人がロサンゼルス・ドジャースのポストシーズンゲームに釘づけになるだろう。そして、予想されるのは、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督(52歳)の采配がネットで大いに話題になる事態だ。
ロバーツ監督は2016年の監督就任以来、毎年ポストシーズンに進出を果たしているが、毎年優勝候補に挙げられながら世界一になったのは、2020年の一度だけ。7度敗退している。
これまで度々、彼の投手交代についてはクエスチョンマークがついた。特に有名なのがボストン・レッドソックスと戦った2018年ワールドシリーズの第4戦、当時のドナルド・トランプ大統領に「X(旧Twitter)」で「7回の途中まで打者を圧倒していた投手(リッチ・ヒル)を引っ込めて、委縮しているリリーフ投手に交代させた。ひどい采配だ」と批判された時だ。
その年、ドジャースは4点以上のリードを保った試合では54勝0敗という圧倒的な記録を誇っていた。6回裏に3点本塁打などで4対0とリードを広げると、ドジャースファンは勝利を確信し、シリーズは2勝2敗のタイになると今後の展開に期待を膨らませた。しかし、7回途中まで1安打7奪三振と圧倒的なピッチングを見せていたヒルを、1死1塁で交代させたことで、試合の流れを大きく変えてしまった。リリーフ投手が打ち込まれ、6対9の逆転負け。試合後の会見で、ロバーツ監督は苛立ちを抑えながら、「大統領がつぶやいたって? TVを見てくれていたのは光栄だけど、彼が今季のうちの試合を何度見たというのか? チーム内でどんな会話があったかは知る由もない。一個人の考えにすぎない」と唇を尖らせた。
とはいえ、私自身もこの交代には疑問を感じたし、日本の野球ファンたちもネット上で呆れたり怒ったりしていたのを覚えている。ほとんどの人がトランプ大統領と同意見だった。
2019年も理解に苦しむ采配があった。ワシントン・ナショナルズとのナ・リーグ地区シリーズ第5戦、勝ったほうが優勝決定シリーズに駒を進める試合でドジャースが3対1とリード。7回2死1・2塁となった場面で先発のウォーカー・ビューラーからエース、クレイトン・カーショーに継投し、カーショーが左打者のアダム・イートンを空振り三振に仕留めた。勝ちパターンだし、8回は当然セットアッパーの前田健太の登場と思われた。前田はそのシリーズも3試合に投げ、1被安打4奪三振と抜群の安定感を示していたからだ。
ところが、カーショーが続投。カーショーは第2戦で先発し、アンソニー・レンドンに適時打を含む2安打1四球とやられ、負け投手になっていた。なんのことはない、カーショーはレンドン、フアン・ソトに連続でソロ本塁打を食らいあっという間に同点にされた。そのあと、前田が出てきて三者三振に抑えたが、試合の流れはナショナルズのものだった。延長の末、7対3で決着となり、ナショナルズはその勢いに乗ってポストシーズンを勝ち上がり世界一に輝いている。
ロバーツ監督は前田をすぐに起用しなかった理由を「(左打者の)ソトに当てたくなかった」と説明した。前田は対右打者のOPSが.535なのに対し、対左は.750と確かに打たれている。しかしながらソトとは初対決だし、前田のスプリットチェンジは左打者に対しても有効。打者のタイミングが合っていると見れば、際どいコースに用心深く投げられる頭のいい投手でもある。
長年野球を見てきたファンなら、その投手がまだ続けられるか、限界に達しているかを直感的に感じ取ることができる。しかし、その直感とまったく逆の采配が下された。
これは、トランプ大統領(当時)と日本のファンだけの感じ方ではない。ロサンゼルスの熱心なドジャースファンの記憶には、このふたつの采配の記憶が色濃く残っており、なかにはロバーツ監督はとっくに解雇されるべきだったと考えているファンも少なくない。2022年、2023年、公式戦で22ゲーム差、16ゲーム差と圧倒していた同地区のサンディエゴ・パドレスとアリゾナ・ダイヤモンドバックスに地区シリーズであっさりやられてしまったことも、その不満を助長している。
【監督の采配の背景にある現在のMLB事情】
もっとも、筆者がこんなふうに過去の出来事をくどくどと書くのは、今ここで、ロバーツ監督が無能だと言いたいからではない。実際に伝えたいのはこういった采配ミスが、実はロバーツ監督ひとりの責任ではないという事実だ。
MLBの野球は、変わった。編成本部長やGMが率いるフロントオフィスが膨大なデータを解析し、ラインアップの編成や試合中の交代など、ほぼすべての戦略を策定し、試合の進行を事前に決定する。監督はその指示に基づいて采配を振るう役割を果たす。おそらくヒルはもっと早く代える想定だっただろうし、ビューラーのあとは、チームの看板選手カーショーで勝負する腹づもりだったのだろう。
しかし、監督はフィールド内で選手たちと直接接し、試合の流れを肌で感じ取る立場にある。経験豊富な監督は、その勝負勘や直感をもっと生かすべきだと、部外者は感じる。長い間、メジャーの野球はそうだったし、筆者がメジャーリーグの取材を始めた1997年当時もトニー・ラルーサ(現在79歳)やルー・ピネラ(同81歳)といった大監督がすべてをひとりで決めていた。当時監督の平均的な在任期間は7.2シーズンで、中央値は6シーズン。監督には経験が最も求められる要素だった。
だが21世紀になり、セイバーメトリクス(データを元に客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法)の考え方が浸透し、情報量が年々増加するなかで、ひとりの人間の脳では情報を整理しきれないレベルに達してしまった。加えてセイバーメトリクスの研究が進むにつれ、経験に基づく(と思われていた)監督の采配が必ずしも勝利に結びついていなかったことが、2006年のジェームス・クリックの著書『Baseball Between the Numbers』などで立証されていく。
こうして大監督の時代にピリオドが打たれた。MLBきっての知将と言われ、19年間もロサンゼルス・エンゼルスを率いたマイク・ソーシア(現在65歳)は、大谷翔平のメジャー1年目となる2018年シーズンの後に退任を余儀なくされ、その後、他球団からのオファーはなかった。2019年、筆者が当時シカゴ・カブスにいたジョー・マドン監督(同70歳)をインタビューした時、こう説明してくれた。
「以前はチーム内のことは監督がすべて支配していて、GM(ジェネラルマネジャー)はクラブハウスに顔を出すのにも気を遣っていた。それを見て監督が怒り出すかもしれなかったからね。1980年代はそうだったし、1990年代くらいから徐々に変わっていったのだと思う。
そして今は、現場とフロントが共同でチームを動かす時代。監督はフロントと協力して指揮を執る術を学ばねばならない。プラス、監督と選手の関係も大きく変わった。以前のように、一方的に命令を下すのではなく、向かい合って起用法などについてきちんと説明する。高圧的な態度で威嚇するなどもってのほか。選手といかに上手にコミュニケーションを取り、伝えたいことを円滑に伝えるかが、監督業を成功させる最も重要な要素。コミュニケーションを取れない人は監督を続けられない」
そのマドンも2020年からエンゼルスの監督に就任したが、2022年のシーズン中に解雇された。フロントと考えが合わず、亀裂を修復できなかった。解任後、「今はゲームがフロントにコントロールされすぎていて、球場に行って野球を楽しむこともできない。データが多すぎるし、それに支配されすぎる。それが、人々が以前のようにゲームに入り込めない理由になっている」と現在のトレンドを批判している。
対照的に若い世代の監督は、変化を受け入れている。48歳のクリス・ウッドワードはシアトル・マリナーズ、ドジャースでコーチを務めたあと、2019年から2022年はテキサス・レンジャーズで監督を務めた。彼はこう説明した。
「かつてはベテラン監督の経験が重視されていたが、現在では決定がデータ主導で科学的な分析に基づくようになっている。経験が常に正しいとは限らず、今後も(経験が)必ずしも正しいとは言えない。むしろ、データによるサポートが大きくなり、監督としての負担が軽減されるとともに、仕事がしやすくなっている部分もある」
つづく