脳裏にパッとひらめいた思いを言葉に変換しようとして、急に照れくさくなったのか。川崎フロンターレのFW山田新の声のトーンが急に小さくなった。「……まあ、自分的には持っているな……と思い…

 脳裏にパッとひらめいた思いを言葉に変換しようとして、急に照れくさくなったのか。川崎フロンターレのFW山田新の声のトーンが急に小さくなった。

「……まあ、自分的には持っているな……と思います」

 何に対して「持っている」と感じたのか。答えはホームのUvanceとどろきスタジアムにサガン鳥栖を迎えた13日のJ1リーグ第30節。2-2のまま後半アディショナルタイムに突入した100分に、山田が決めた劇的な決勝ゴールにある。

 鳥栖のロングフィードをDFセサル・アイダルがはね返し、こぼれ球をボランチ橘田健人が左サイドバック三浦颯太へ展開。利き足の左足から放たれた縦パスに、前方にいたFWマルシーニョを抜け出してカウンターが発動された。

 鳥栖陣内の左サイドを一気に抜け出したマルシーニョが、ペナルティーエリアの左側から右足アウトサイドでラストパスを送る。ニアサイドへは山田が、フリーの状態で詰めてくる。土壇場で熱戦に決着がつくと、誰もが信じて疑わなかった。

■山田新「何も考える余裕もなかった」

 しかし、一気に高まった歓声がため息に変わる。山田が空振りした瞬間だった。
「やべぇ、と思って。けっこう勢いをもってニアへ入っていって、マルシーニョから本当にいいボールがきたのに当たらなくて、ファーに誰かがいるかと思ったら」

 天を仰ぎたくなる思いをこらえながら、山田はステップが合わずにそらしてしまったボールから目線を切らさなかった。振り向いた先にいたのは鳥栖のDFキム・テヒョン。韓国出身の23歳もまた、山田が空振りするとは思わなかったのだろう。キム・テヒョンがクリアしきれなかったボールがニアへはね返ってきた。

「何も考える余裕もなかったけど、とにかく緊張しました」

 無我夢中で飛びついた山田が、頭で正真正銘の決勝弾を叩き込む。感極まったあまりに、ゴール裏のスタンドを埋めたファン・サポーターへ飛び込み、至福の思いを共有した山田は「本当は一発で決めたかったんですけど」と再びはにかんだ。

「試合がけっこう止まっていたし、実際にアディショナルタイムが7分と出ていたので、みんなで『7分あるぞ』と言っていたし、自分的には必ずチャンスがくると思っていたし、そのときには絶対に点を取ると言い聞かせていました」

■試合前日に鬼木達監督と話したこと

 桐蔭横浜大から加入して2シーズン目。ルーキーイヤーの4ゴールを、全試合に出場している今シーズンは、8試合を残して3倍の12ゴールに増加させている。

「でも、なかなかチームとしては勝てていない。ということは、まだまだ足りていないということ。自分がもっと取っていればさらに勝ちを増やせたと思うし、今日は1点だけだったけど、今後ももっともっと取り続けていきたい」

 連敗を喫した横浜F・マリノスとの前々節、北海道コンサドーレ札幌との前節で山田は先発しながら無得点。途中出場したマリノス戦でゴールした、FWエリソンに先発を奪われた鳥栖戦で、ベンチから相手の守備網の穴を探し続けた。

「常に競争があると思っているし、ベンチから見えるものもある。昨日の練習後にはオニさん(鬼木達監督)ともいろいろと話をしました。何を話したかと言われるとあまり覚えていないけど、悔しさを含めて、いろいろな思いがありました」

 腐らず、それでいて下も向かず、いざピッチに立てば真っ赤な闘志をほとばしらせながら貪欲にゴールだけを追い求める。苦しい戦いが続いてきた今シーズン。収穫をあげるとすれば、24歳の新エース誕生は間違いなくそのひとつに含まれる。

(取材・文/藤江直人)

(後編へつづく)

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