シリーズ・部活の現場に行ってみた!(5)宝塚ボーイズの人材育成法 中学生の野球は、1990年代頃から一気に学校外のク…
シリーズ・部活の現場に行ってみた!(5)
宝塚ボーイズの人材育成法
中学生の野球は、1990年代頃から一気に学校外のクラブチームでプレーする選手の割合が増えた。シニア、ボーイズ、ヤング、ポニーなどといった、いわゆる硬式のクラブチームの活動が盛んになったからだ。学校とは別のコミュニティに参加しての活動。部活とは違った環境のなかで、様々な経験を積むことになる。まず、入り口となるのがチーム選びだ。
「実際に練習を見て、できれば体験練習にも参加して、チームの雰囲気を感じて自分で決めてほしい」
そう話すのは、兵庫県で活動する宝塚ボーイズ(日本少年野球連盟、通称:ボーイズリーグ)の奥村幸治監督だ。「自分で納得して決めれば、苦しい場面でも頑張りがきく」と決断することの大切さを語った。

宝塚ボーイズを率いて19年目を迎える奥村幸治監督(写真右)
宝塚ボーイズの創設は1999年4月(当時の名称はドリームファイターズ)。奥村監督は高校卒業後、プロ野球選手になる夢を追い、何球団ものテストを受けるなかでオリックスから打撃投手として採用された。
1994年にシーズン210安打を放ったイチローの打撃投手を務め、マスコミからは”イチローの恋人”と呼ばれていた。その後、プロ挑戦の夢をあきらめ、しばらく中学野球の指導に関わったことがきっかけで、宝塚ボーイズを立ち上げた。
部員9名からスタートしたチームは、今年で19年目を迎えた。活動日は火、木、金、土、日で、兵庫、大阪を中心とした30前後の中学校から選手が集まっている。平日の練習は夕方から行なわれ、グラウンドに着いた者から道具出し、アップ、各自の課題練習と流れる。これらを黙々とこなす選手たちの姿は中学生離れしており、普段からの取り組みが伝わってくる。
奥村監督に指導の柱について尋ねると、「当たり前のことを当たり前にやる。ここが基本です」という答えが返ってきた。
「クラブチームだから『野球だけ頑張ればいい』という考えは絶対にダメ。学校のテストの結果、通知表、先生のコメントも確認して、気になるところは本人と話をします。子どもたちには『普段の生活をしっかりすることが、すべて野球の成長につながる』と言っていますし、そこは徹底させています」
あいさつ、礼儀、時間厳守、整理整頓にはじまり、練習中でも全力疾走、選手間ミーティングなど、厳しく指導している。どこのチームでもやっていることかもしれないが、宝塚ボーイズは特にこの部分を徹底している。
「当たり前のことを当たり前にすることで、心が鍛えられます。高校野球を見ていても、いいチームだなと思うところは、選手の心を磨く指導をしています。技術を教えることはもちろんですが、そのためにもまずは心です」
とはいえ、毎年多くの部員が入ってくるなかには、学校などで問題を起こす者もいる。そういった生徒との関わりについて聞くと、奥村監督は「大事になるのが家庭です」と力を込めた。
「いくら僕が言っても、家で逆のことを言ったら子どもは変わらない。だから、気になることがあれば、父兄の方にはできるだけ集まってもらって、僕の考えを理解してもらうように心がけています。そういったときにお願いするのが『ぜひ時間をつくって、練習を見にきてください』と。練習を見てもらえば、宝塚ボーイズは何を大事にしているチームなのかがわかってもらえるはず。そうすれば、たとえば自分の子どもが試合に出ていなかったとしても、なぜ出られないのかが見えてくる。僕たちのいちばんの役割は、中学生の子どもたちが先々、自立してやっていけるように、その力をつけてあげること。そのための3年間だと思って、子どもたちと接しています」
最近は学年ごとにグループを分けて活動するチームもある。上下関係やいじめをなくすというのが狙いのようだが、奥村監督は首をかしげる。
「世間に出れば、やっぱり競争社会。もちろん、いき過ぎた上下関係はよくありませんが、先輩のなかに交じることで礼儀を学びますし、先輩たちにかわいがってもらえるような人間になってほしい。逆に、上級生にすれば後輩に負けられないという刺激を受けますし、後輩と関わることでコミュニケーション能力が高まることもある。最近は、野球をやってきたのに、先輩を立てないとか、あいさつや礼儀がなっていないとか、そういう”元球児”に出会うことがあり、あらためて学年の枠を超えて交じり合う必要性を感じています」
奥村監督の話を聞いていると、野球を通しての人間教育、人材育成といったところへの思いが強く伝わってくる。
宝塚ボーイズの選手たちは、中学を卒業すると全国各地へ志(こころざし)を持って散らばっていく。なかには、進んだ高校でベンチ入りできない選手も出てくる。そのときに奥村監督が言うのは「技術で劣っても、精神面や野球の知識で負けない選手になれ」という言葉だ。そのためにも、普段から様々な取り組みを行なっている。
たとえば、上級生でメンバーから漏れた選手をそのまま練習させるのではなく、下級生中心のグループに入れて練習させるのだ。
「そのままレギュラー中心のチームで練習させても、ほかのメンバーについていくだけになる。それより、本人の気質を成長させるためにも、下級生中心のなかに入れて、まとめたりさせるんです」
選手間ミーティングでも、通常はレギュラーが中心となって発言しがちだが、宝塚ボーイズでは野球の実力に関係なく、どんどん発言させる。
「発言するとなれば、考える習慣が身につきますし、いろんなことに気づくようになる。自らが気づいて、発言できる集団が理想。そうした選手に育てて、高校の世界へ送っていきたい」
指導するなかで、何度も出てくるのが”意識”の二文字だ。ティー打撃で同じ数を打つとしても、ただ漠然と打つのか、それとも目的を持って打つのかで、成果はまったく違ってくる。大事なのは「何をやるかではなく、何を考えてやるか」と奥村監督は言う。そうした意識の大切さを教えてくれたのが、イチローだった。
20歳でオリックスの打撃投手をしていたとき、19歳のイチローと出会い、技術以上に驚かされたのが意識の高さだった。イチローがあるときに発した言葉を、奥村監督は今でも忘れない。
「納得できないスイングでもヒットは出ますし、三振しても納得できるスイングはあります」
結果に一喜一憂するのではなく、自分のすべきことに徹する。その意識があってこその結果だということを奥村監督は、選手たちにこう話す。
「プロの技術は真似できないけど、プロの意識を真似ることはできる」
宝塚ボーイズは田中将大(現ニューヨーク・ヤンキース)が所属していたチームとしてメディアにも取り上げられることがあるが、田中も奥村の指導に大きな影響を受けたひとりだ。今につながる気持ちの強さ、そして相手の考えや試合の流れを”読む力”は、宝塚ボーイズで過ごした日々の練習のなかで鍛えられていった。
また、選手たちの心磨きにつながるものとして、宝塚ボーイズがもうひとつ行なっているのがNPO法人・ベースボールスピリッツ(2010年設立)としての活動だ。奥村監督の青少年育成に対する考えや、宝塚ボーイズの活動に賛同してくれる人や企業を募り、また奥村監督がNPO法人の社員として行なう講演で得た資金で活動を展開する。
たとえば、チームの合宿を兼ねて日本各地に出向き、現地の小学生や幼稚園児を相手に野球教室を行なう。きっかけは、奥村監督が講演のため出向いた島根県大田市で少年野球の指導者たちと話すなかで、「もっと枠を超えた活動ができないか」と思ったことだった。
「田舎の小さな子どもたちにとって、プロ野球選手になるとか、甲子園に出るというのは、本当に夢のまた夢。その前にもっと身近なもので何かできないかと考えたときに、中学生が子どもたちに教える野球教室を思いついたんです。小さな子どもたちにとって、年齢が近いお兄ちゃんたちから野球を教えてもらうことは新鮮で、普段と違う楽しさがある。そのなかで、僕が選手たちに教えてきた野球や礼儀を、たとえば大田の子どもたちに伝え、広めていければ……と思ったんです」
その一方で、技術も知識も未熟な子どもたちを相手に野球を教えることで、選手たちも多くのことを学ぶ。
「相手の気持ちになり、目線を下げて伝える難しさ。ウチの選手たちを成長させてくれる、本当にいい機会になりました。また、地方の方々の温かさにも触れ、人間的に優しく、豊かになっていくと実感しています」
これまで大田市のほかに、震災後の福島や高知県の四万十市なども訪れ、交流の輪を広げてきた。
また毎年12月には「ベースボールスピリッツ杯」と称した大会を兵庫で行なう。これまで訪ねてきた地域の子どもたちが選抜チームをつくり、そこに地元・兵庫のチームも交わり戦う。
宝塚ボーイズの選手たちが審判を務めるほか、それぞれのチームのベンチにも入り、鍛え抜かれた中学生の”声出し”や、ピンチになったときのアドバイスの送り方、ベンチの雰囲気の盛り上げ方などを伝授。そこで得たものを子どもたちが地元に持ち帰り、それが全国に広がっていく――まさに奥村監督がチームを立ち上げるときに誓った「中学野球の世界を変える」という思いをかたちとし、チャレンジを続ける宝塚ボーイズ。枠にとらわれない活動に、これからも注目していきたい。