「点を決めてこい」  川崎フロンターレの鬼木達監督は、ピッチに入るべく準備をしていた遠野大弥にこう語りかけた。JリーグYBCルヴァンカップ プライムラウンド準々決勝の第2戦、川崎フロンターレとヴァンフォーレ甲府の試合の、後半26分を前にした…

「点を決めてこい」

 川崎フロンターレ鬼木達監督は、ピッチに入るべく準備をしていた遠野大弥にこう語りかけた。JリーグYBCルヴァンカップ プライムラウンド準々決勝の第2戦、川崎フロンターレとヴァンフォーレ甲府の試合の、後半26分を前にした場面のことだ。

 この日、JITリサイクルインクスタジアムには両チームの多くのサポーターが駆け付けていた。ホーム&アウェイで行われるこの準々決勝の第1戦は、川崎が1-0で勝利。川崎のサポーターはこのまま勝ち上がりを決めてほしいと、対する甲府のサポーターは最少失点からの逆転を願って、観客席を埋めていた。

 その願いをまずは現実に近づけたのは後者。前半31分に、DF孫大河がセットプレーからゴールネットを揺らしたのだ。川崎サポーターの前で決めたこの得点は、一度は流れを持って行きそうになった。

 そんな中で、勝負師の鬼木監督はハーフタイムに交代カードを一枚切る。三浦颯太に代えてファンウェルメスケルケン際を投入。同時に、前半は右SBだった橘田健人を左に配して、ファンウェルメスケルケン際を右サイドバックに置いた。

 そのファンウェルメスケルケン際から後半はいいクロスがゴール前に供給されることとなり、90+3分、その何度目かのクロスから遠野大弥が頭で合わせて“決勝ゴール”を決めたのだ。
「あれをやってるためにサッカーをやってるみたいなもんですよね。嬉しかったです」
 同点ゴールについて聞いた筆者の言葉に、遠野は満面の笑みでこう答えた。

■敵将と遠野大弥が口にした“キーワード”

 ファンウェルメスケルケン際のクロスに対し、遠野は斜めのランでニアに走り込んでいる。見事な動き出しだが、遠野に聞けば最初からゴールを狙っていたわけではないという。

「僕がニアで潰れて、後ろが決めればいいなって全力で走りに行った結果です」

 遠野はそう振り返るが、実際にボールを受ける瞬間になって、選択をシュートへと変更した。
「もうこれしかないって。ファーに打てば、こぼれて誰かが詰めるだろうなっていうのも考えてファーに打つようにした結果、入ってよかった」

 そう謙虚に話すが、その決断の裏には2つの要素もあった。一つは、小さいころから練習していた形であるという自信。そしてもう一つは、鬼木達監督からの信頼だ。

 冒頭で記したように、遠野はピッチに入る際に「点を決めてこい」と指揮官から託されていた。チームを勝たせるために掛けられたその言葉に、遠野は強い信頼を感じたという。

 そしてその「信頼」という言葉は、その直前に、敵将・大塚真司監督からも聞いた言葉であった。記者会見で筆者が効いた質問――S級ライセンスの研修で鬼木監督からどのようなことを学んだのか、という問いに対し、大塚監督の答えの一部はこうだ。

「鬼木さんと話していく中ですばらしいなと感じたのは、常に選手を信じている、スタッフを信じていると、そういった言葉が自分のなかで大きく響きました」

 続けて、「自分が監督になったときには、まずは自分自身もそれを持って監督の職につきたいと思いました」と言うほどに、周囲を信頼している姿が印象的だったという。

 敵将と、そして、殊勲の得点者から共通して出た“信頼”というキーワード。この試合を動かした要因の一つは、間違いなく気持ちのつながりだった。

(取材・文/中地拓也)

(後編へ続く)

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