週末から週明けにかけ、行ったり来たり。当時の心境を聞かれると、いつもは明るい井上大介が苦笑する。やや、言葉を選ぶのに苦労していた。「難しいな、何と言ったらいいんだろう…」 4月30日、神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場。日本代表の一員として、韓…

 週末から週明けにかけ、行ったり来たり。当時の心境を聞かれると、いつもは明るい井上大介が苦笑する。やや、言葉を選ぶのに苦労していた。

「難しいな、何と言ったらいいんだろう…」

 4月30日、神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場。日本代表の一員として、韓国代表とのアジアラグビーチャンピオンシップ(ARC)初戦に臨んだ。

 昨秋のワールドカップイングランド大会出場者がゼロという若手主体のジャパンが、約1週間の合宿で組織を錬成。6月には、海外でプレーするワールドカップ組を含めたチームでスコットランド代表戦などをおこなう予定だ。ARCの時期限定で指揮を執る中竹竜二ヘッドコーチ(HC)代行は、「本物のジャパンになろう」と皆に発破をかけていた。

 85-0。井上もSHとして後半22分から途中出場。初キャップ(国際間の真剣勝負への出場の証)の獲得を決めた5分後、持ち味を活かしてトライを演出した。

 自陣22メートル付近右のラックから、キックを蹴り上げる。FLの村田毅とともに追走。ハーフ線付近で村田がジャンプ一番、球をタップするや、落下地点にいたSH井上が目の前の密集の脇を抜け出す。

 左大外のスペースへ駆け出すと、視線の先に並ぶサポートプレーヤーに展開する。最後はWTB児玉健太郎が駆け抜けるなどし、スコアは66-0となった。井上は「抜けたら外を見る。外を使う。そういうラグビーの基本がうまい事できた」と、満足感を得られた。

 驚いたのは、その翌日だった。

 5月1日は、試合会場近くのホテルから東京・府中市の合宿所へ移動。到着するや、チームの離脱を言い渡されたのだ。

 天理大出身でクボタ所属の井上は、かねてサンウルブズの一員でもあった。国際リーグのスーパーラグビーに日本から初参戦しているこのクラブにあっては、控え格の位置付け。公式戦デビューは叶っていなかった。ジャパン帯同は、試合勘を養って存在感を示せるチャンスだった。

 この日の措置は、メンバーのコンディションをチェックしたいサンウルブズの意が汲まれた格好だったか。他にも宇佐美和彦ら、似た立場の7選手が同じ指示を受けていた。

 もっとも、サンウルブズの一員として2日午前の練習を終えると、井上ら6選手が午後からジャパンに戻るよう伝えられる。サンウルブズに残ったのは、怪我をしたPRの北川堅吾と、7日のフォースとの第11節(東京・秩父宮ラグビー場)で戦えそうなFLの安藤泰洋だった。

 このスケジューリングに関わった人々に、悪気はなかろう。ただ、公式発表と同時期に移動を強いられた選手は混乱したかもしれなかった。特に、井上は攻守の起点となるSHだ。「(それぞれのチームに異なる)サイン、動き方がある。こんがらがらないようにしないと…」と、苦しい胸の内を明かす。

 サントリーで主将となった流大、東芝で鋭利なランを繰り出す小川高廣と、日本代表やサンウルブズ以外にも有望な若手が続々出現。そんなポジションで生き残りをかける、身長173センチ、体重81キロの26歳だ。ストレスフリーの状態でいたいと願うのは、自然かもしれなかった。

「いやぁ…精神的にもきつかったです。でも、契約はしている。言われたら、動かないといけない」

 それでも井上は、どうにか前向きな言葉を並べる。

「ただ、こういうのを通しても、強くなる。受け入れて、切り替えて、やれることをやろうという気持ちでやりました」

 サンウルブズがフォースと戦う7日、井上ら日本代表は、香港代表とのARC第2戦をおこなう。敵地の香港フットボールクラブへ乗り込むうえで、「ジャパンも、まだ結成して時間が経っていない。韓国代表戦で挙がった反省点を踏まえて、サインを増やすより、(いまおこなっているプレーの)精度を上げていきたい」。集中力を持って、仲間をフォローアップしたい。(文:向 風見也)