ディエゴマール・マークウェルと聞いて、ピンとくる人は相当な野球マニアだろう。2年前の3月に行なわれた侍ジャパンの強…

 ディエゴマール・マークウェルと聞いて、ピンとくる人は相当な野球マニアだろう。2年前の3月に行なわれた侍ジャパンの強化試合の相手として来日した「欧州選抜」のメンバーのひとりだ。当時、この対戦相手に日本の野球ファンは首をかしげた。サッカーならまだしも、「野球の世界でほとんど名を聞かないヨーロッパから選手をかき集めてどうするんだ」というのがその理由だった。



オランダリーグですでにスタメンとして出場しているディラン・コースター

 世界でもトップレベルの日本の選手相手に、「試合になるのか」という心配も囁かれたが、いざふたを開けてみれば、第1戦で負けはしたが予想外の善戦を演じた。そして続く第2戦では、なんと歴史的勝利を収めたのだ。

 このとき、先発投手として3イニングを無失点に抑えたのがマークウェルだ。彼は日本代表と浅からぬ因縁があり、初めてオールプロによる日本代表が結成された2004年のアテネ五輪でも日本戦に先発していた。

 マークウェルは、オリンピックだけでなく、過去4回のWBCもオランダ代表としてすべてに出場するなど、オランダ代表の生き字引といえる存在である。

 そのオランダ代表は、2013年のWBCでベスト4に入ったときは「フロックだ」との見方が大勢を占めていたが、今年3月のWBCでも日本代表と激闘を演じるなど、近年はすっかり強豪国として認識されるようになった。

 それでも、褐色の肌が目立つオランダ代表に、「カリブ第2代表ではないか」という声もある。実際、オランダ勢の大半は、カリブ海に浮かぶ海外領出身者であり、マークウェルも今や”野球の島”として名を馳せているキュラソー出身である。

 オランダだけでなく、”野球不毛の地”と呼ばれるヨーロッパ各国代表選手のほとんどは、ラテンアメリカやカリブ地域出身者で占められている。大半のチームは大会のために選手が集められ、終われば解散だ。しかし、オランダは少しばかり事情が違う。

 この地域で野球の才能を開花させた者はアメリカを目指すが、それが叶わなかった者、アメリカでチャンスをつかめなかった者は、オランダ本国のトップリーグ「フーフトクラッセ」でプレーを続け、国内リーグのレベル向上に貢献している。

 マークウェルは37歳になる今シーズンも、フーフトクラッセの名門チーム、キュラソー・ネプチューンズでプレーしている。

 実は、オランダの野球の歴史は古く、トップリーグ創設が1922年というから、日本のプロ野球より前にリーグが存在していた。第2次世界大戦後にはヨーロッパ最強の地位を確立し、以後、イタリアと覇権を争うことになるが、世界の強豪への階段を登り始めるのは1990年代になってからである。

 当時、オランダ領アンティル諸島と呼ばれていたカリブの海外領からヘンスリー・ミューレンス(日本での登録名はミューレン)やアンドリュー・ジョーンズといったメジャーリーガーが生まれたことによって、野球熱に火がついた。やがて、マークウェルのようにアメリカで夢破れた者が、本国に渡って現役を続けるケースが多くなり、カリブの野球とオランダの野球が融合した新たなスタイルが確立され、レベルも飛躍的に向上した。

 今ではオランダ本国からも、ディディ・グレゴリウス(ヤンキース)やリック・バンデンハーク(ソフトバンク)といった世界で通用するプレーヤーが輩出するようになった。

 それにしても、カリブ出身者はともかく、本国生まれの者がなぜ野球を始めるのだろう。ほかのヨーロッパ諸国と同じく、オランダで最も人気のあるスポーツはサッカーだ。人口が少ないにも関わらず、サッカーは世界的にトップレベルの地位を確立している。

 そんな環境のなかで野球を始める者の多くは、親族、知人にプレーしている者がおり、その影響を受けたという。そしてもうひとつが、学校の体育授業である。この国の体育は、人気スポーツだけでなく、様々な種目を経験させるため、それがきっかけとなって野球を始めたという選手もいる。

 オランダには、日本で言う”部活”は存在しないので、野球に限らず、スポーツをしたい者はクラブチームに入ることになる。クラブチームといっても様々あり、草野球チームのようなものもあれば、フーフトクラッセに所属するチームが運営するアカデミーもある。

 クラブチームでは年齢別に分かれたチームがつくられ、それぞれのレベルに合ったリーグに所属する。目に留まった選手は強豪クラブからスカウトされ、プロ契約を結んで報酬を手にすることもある。

 選手とプロ契約を結ぶかどうかはクラブの自由で、そのためチーム内においてもプロとアマが混在している。フーフトクラッセの8チームのうち、強豪と言われている上位4チームの選手は、ほとんどがプロ契約だが、その一方で下位のチームはほとんどがアマチュアの選手。当然、戦力差は大きく、一方的な展開になることが多い。

 ちなみに、フーフトクラッセはレギュラーシーズンの上位4チームがプレーオフに進出。プレーオフは、総当たりのリーグ戦形式で行なわれ、その上位2チームが決勝シリーズを争う。ある意味、プレーオフからがオランダの「プロ野球」ということになる。

 しかし、野球がマイナースポーツの域を出ないこの国では、トップクラブといえども取り巻く環境は厳しい。今年3月のWBCで代表入りし、現在はフーフトクラッセのアムステルダム・パイレーツでコーチを務めるロブ・コルデマンスはこう語る。

「日本と違って、オランダでは野球の人気がないからね。上位4チームは、基本的に選手に給料を支払っているプロ球団だが、それでも財政事情はカツカツさ。国内最大のビッグクラブと言われているウチでさえ、試合の入場料は取っていないからね。収入は、試合の際の観客の飲食代、アカデミーからの収益、それに大した額じゃないけどスポンサーからのものだけ。あとは、国からいくらか補助があるかな」

 だから、チャンスがある限り、選手たちは国外のプロリーグでのプレーを目指す。そういう彼らにとって、絶好のアピールの舞台となるのが国際大会だ。コルデマンス自身も、2006年の第1回WBCでのピッチングが目を引き、台湾プロ野球の名門、統一ライオンズとの契約を勝ち取った。

 今回、フーフトクラッセのプレーオフを2試合見たが、代表チームのメンバーがいる一方で、下位打線の頼りなさやリリーフ投手陣の弱さが目立つ。ただ、オランダは人口が少ない上、野球人気も低いという弱点を補うため、徹底したエリート主義がとられている。

 クラブチームには”幽霊部員”など存在しないし、年齢別、レベル別に分けられたチームには”万年補欠”もいない。そういう環境のなか、いい素材はアカデミーで英才教育を受ける。

 それにプロ・アマの垣根がないため、若い世代の選手でもトップリーグであるフーフトクラッセでプレーする機会がある。

 オランダ2番目の都市・ロッテルダムで行なわれたネプチューンズ対HCAW(ホンクバルクラブ・アレン・ウェールバール)の試合は、中盤以降、リーグ5連覇を目指すネプチューンズがビジターのHCAWを圧倒した。その試合中、地元のカメラマンがリリーフ陣のリードに四苦八苦するHCAWのキャッチャーを指さし、こう言った。

「アイツ、まだ18歳なんだ」

 たしかに、マスクをとったその表情はまだあどけなさが残り、華奢な体つきも少年そのものだった。その彼が、プレーオフの大舞台でスタメンに名を連ねている。また、ショートを守っていた選手も17歳の少年だった。日本で言えば、クライマックス・シリーズや日本シリーズに高校生が出場するようなものだ。いい素材は大舞台でこそ伸びる――これ以上の英才教育はないだろう。

 このふたりの少年、ディラン・コースター捕手とデラノ・テラッサ内野手は、現在カナダで開催されているU-18のワールドカップにオランダ代表として出場している。甲子園のスターたちが集結したU-18侍ジャパンだが、ライバルチームにはすでにプロと同じフィールドに立ってプレーしている選手もいるのだ。清宮幸太郎(早実)主将のもと、中村奨成(広陵)、安田尚憲(履正社)など今秋ドラフトの目玉選手を並べて悲願のワールドカップ優勝を目指す日本だが、簡単には勝たせてくれないだろう。