中野信治 インタビュー 前編(全3回) F1は第15戦オランダGP(8月25日決勝)から後半戦がスタートする。 開幕直後は王者レッドブルとマックス・フェルスタッペンが圧倒的な強さを見せつけたが、シーズン中盤からマクラーレンやメルセデスがレッ…

中野信治 インタビュー 前編(全3回)

 F1は第15戦オランダGP(8月25日決勝)から後半戦がスタートする。

 開幕直後は王者レッドブルとマックス・フェルスタッペンが圧倒的な強さを見せつけたが、シーズン中盤からマクラーレンやメルセデスがレッドブルを上回る速さを見せつけ、前半戦でウィナーが7人も登場する混戦模様となった。

 レッドブルが失速した理由は何だったのか? マクラーレンとランド・ノリスが逆転王座を獲得するために必要なものとは? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に話を聞いた。


シーズン途中から失速したレッドブル

 撮影/桜井淳雄

【レッドブルのマシンは3番目】

中野信治 夏休み前の数戦は王者レッドブルの劣勢が続いていましたが、シーズン中盤に入ってレッドブルのマシンが極端に悪くなってきたという印象は僕にはありません。

 レッドブルはもともと持っている弱点があったんです。フロントが入りづらいアンダーステア傾向で、とても足回りが硬いマシンになっていました。

 2022年に導入された「グラウンド・エフェクト」のレギュレーションでは、マシンの下面を流れる空気を利用してダウンフォースを稼ぎます。レッドブルは独自のジオメトリーの硬いサスペンションで車高を安定させてマシンの下面に入っていく空気の量をきっちり調整し、高い空力効果を発揮していました。

 2023年までのレッドブルのマシンは、低速コーナーはそこまで速くはないのですが、ストレートと高速コーナーは圧倒的に速かった。タイヤに関しては、熱が入るのはけっこう時間はかかりましましたが、タイヤに優しいことが大きなアドバンテージになっていました。

 その設計思想でデザインされたマシンで昨シーズンは22戦中21勝という圧倒的な成績を残したので、今年も同じコンセプトを引き継いでマシンづくりをしてきました。でも序盤戦を終えると周りのマクラーレンやレッドブルが速くなってきたので、それ以上の速さを求めてアップデートを加えようとしたら、他の問題点が発生するという現実にぶつかったんだと思います。

 今年のマシンはストレートが決して速くありません。完全にライバルのなかに埋もれてしまっています。タイヤは、熱が入る時間は若干改善しているようですが、その分、タイヤに優しいというアドバンテージも消えてしまっているように見えます。

 その原因は最初に指摘したレッドブルのマシンがもともと持っている問題点にあります。足回りが硬いために路面が荒れているサーキットや縁石でマシンが跳ねてしまうんです。だからと言って足回りを柔らかくすると、レッドブルのもともとの設計思想と異なるマシンになり、空力性能が落ちてしまう。

 足回りのセットアップ変更で跳ねを消せないので、ウイングを立ててダウンフォースで跳ねを押さえつけようとすると、今度はストレート区間が遅くなってしまう......。

 結局、いろいろとセットアップを調整したけれども跳ねを完全に解消できず、しかも昨年までのレッドブルのマシンのよさも消えてしまったというのが現状だと思います。もはやセットアップだけで何とかできる問題ではないと僕は感じています。

 そんな扱いづらいマシンをフェルスタッペンが何とかねじ伏せて、タイムをギリギリ削り取ってきているのが夏休み前の数戦でした。

 チームメイトのセルジオ・ペレスはまったくマシンを乗りこなせていませんが、ペレスのポジションが現在のレッドブルの実力だと思います。つまりマシンとしてはマクラーレン、メルセデスに次ぐ3番目。フェラーリといい勝負か、ちょっと上ぐらいというのが現状でしょう。

【オールラウンダーに進化したマクラーレン】

 レッドブルに代わって優勝争いの中心に躍進したマクラーレンとメルセデスはチャンピオンチームであるレッドブルのコンセプトを取り入れつつ、他にも何かやるべきだと考えて独自の開発を進めてきたのだと思います。


インタビューに応じる中野信治氏

 撮影/村上庄吾

 当然、フェラーリも同じようにやってきたと思いますが、コーナーでのクルマの動きやバランスなどのデータを見ると、基本的に前年と傾向は変わっていません。

 クルマ的に言うと、基本的に前年モデルのコンセプトを踏襲してマシンを進化させてきたのがレッドブルとフェラーリ、前年モデルを全面的に改良してきたマクラーレンとメルセデスの2グループに分けられると思います。

 おそらく後者は、チームのデザイングループが2024年型マシンのプラットフォームをつくる段階で何か新しいアイデアを見つけていて、それを盛り込んだものを開幕版のマシンとして持ち込んだ。

 でも、マクラーレンとメルセデスはともに最初のうちはマシンの理解に時間かかっていましたが、理解が深まり、アップデートを重ねていくと最適化が進み、自分たちが当初描いていた数値をきっちり取れるようになってきたように見えます。

 前半戦最後のベルギーGP終了時点では、コースの特性によって多少の上下はありますが、トータルではマクラーレンが一番速いのかなと思います。

 マクラーレンはもともと低速コースに強く、ベルギーGPの舞台となるF1屈指の高速コース、スパ・フランコルシャンは苦戦すると予想していました。なぜなら、マクラーレンは直線が遅く、けっこうダウンフォースがついてないと速さを発揮できないコーナーリングマシンだったからです。

 でもスパでのマクラーレンは速かった。もう今のマクラーレンには弱点がないと正直感じています。オールラウンドのマシンに仕上がってきています。

 夏休み前の4戦で3勝したメルセデスはストレート区間が速く、どんなコーナーもそこそこ速いというバランスの取れたマシンです。

 リアがすごく安定しているので、ステアリングの舵角は大きくアンダーステア気味のマシンではありますが、タイヤに優しいのでレースに強いのが特徴です。

 ただ予選で一発のタイムを出すのは苦戦しています。フロントがガンガン入ってくるマシンではないので、低速コーナーでぐいぐい回っていくマクラーレンに比べて負けてしまう。

 決勝に関しては、タイヤに優しいので、燃料が軽くなったレース後半に速くなるという強みを活かして勝負している印象です。あと、メルセデスは戦略もうまいので、夏休み前の4戦で3勝という好成績を残すことができたと思います。

 この戦略という部分では、マクラーレンは長い間、チャンピオン争いから離れていたこともあり、メルセデスやレッドブルに比べると明らかに劣っています。チームオーダーを巡って混乱したハンガリーGPがいい例ですが、チームがふたりのドライバーをコントロールしきれてないところがあります。

 チームの戦略の立て方も久しぶりに優勝争い、チャンピオン争いにからめるかもしれないということでプレッシャーがかかって、ミスをしているというのが現状です。ここから修正していかないと、タイトル獲得は難しくなってくると思います。

【マクラーレンはマネジメントに注目】

 コンストラクターズ選手権に関してはレッドブルとマクラーレンのポイント差は42点(第14戦ベルギーGP終了時点)と接近しており、不振が続くペレスの状況を見ると、マクラーレンが逆転する可能性は十分にあるでしょう。

 ドライバーズ選手権は首位のフェルスタッペンと2位のノリスとの差は78点。こちらはさすがに追いつくのは簡単ではないですが、逆転不可能な数字ではないと思います。

 タイトルの行方は、マクラーレンが今後、チームとしてどういう戦略をとるのかにかかっています。後半戦、ノリスがチャンピオンを獲ることに完全にシフトしてオスカー・ピアストリをサポート役にして戦うのであれば、ノリスはタイトルに手が届くかもしれない。

 おそらく、マクラーレンはそういう状況になることを考慮して、ハンガリーGPのレース終盤、トップを快走していたノリスにポジションを譲らせて、ピアストリに初優勝させたという経緯があったのではないかと推察しています。

 つまり、今後、ノリスにチャンピオンを狙わせるのであれば、一回、ピアストリに勝利を譲っておくのが得策だというチームとしての判断があったと思うんです。

 ただ、マクラーレンの問題はピアストリが速いことです。ピアストリのほうが明らかに遅いのであれば彼をノリスのサポート役に徹してもらって、ノリスはノープレッシャーでガンガン攻めてもらうという戦い方ができるのですが、このチームの難しいところは両者の力関係が拮抗しているところです。

 下手したらピアストリは予選でポールポジションを獲得して、スタートで飛び出してそのまま優勝してしまう可能性があります。だからマクラーレンは舵取りが簡単ではないと思います。

 優勝を狙える実力を持ったドライバーがチーム内にふたりいたら、こういった悩みが必ず生まれてきます。マクラーレンが後半戦、ドライバーをどうマネジメントしていくのかは大きな注目ポイントですし、タイトル争いのカギになると思います。

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【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。