中野信治 インタビュー 中編(全3回) F1参戦4年目を迎えたビザ・キャッシュアップRB(VCARB)の角田裕毅。2024年の前半戦は7度の入賞を飾り、22ポイントを獲得。ドラバイバーズランキング12位という好成績でシーズンを折り返した。 …
中野信治 インタビュー 中編(全3回)
F1参戦4年目を迎えたビザ・キャッシュアップRB(VCARB)の角田裕毅。2024年の前半戦は7度の入賞を飾り、22ポイントを獲得。ドラバイバーズランキング12位という好成績でシーズンを折り返した。
今季の角田は持ち前の速さに加え、落ち着いた戦いぶりで、熾烈なバトルが続く中団グループで存在感を放っている。角田が好調な要因とは? また後半戦の展望は? 元F1ドライバーで解説者の中野信治氏に話を聞いた。
今季前半戦は7度の入賞を果たした角田裕毅
撮影/桜井淳雄
【角田裕毅に必要なアンガーマネジメント】
中野信治 前半戦の角田裕毅選手の走りは、100点満点とは言えませんが、90点に近いところにあるのかなと僕は感じています。当然、角田選手本人にとっても、もう少し行けたという場面が何度かあったと思いますが、予選でのタイムの出し方とか決勝での戦い方などを見ていても、明らかにうまくなっています。
前半戦のほとんどのレースでもマシンのポテンシャルを100%に近いところで引き出し、チームメイトのダニエル・リカルドを完全に上回っているという印象を持っています。
F1に参戦して4シーズン目に入り、着実に結果を残してくれています。今シーズンの角田選手には安心感があります。無茶なドライビングはしませんし、ミスも明らかに減っています。
速さに関しては、デビュー当初からF1の関係者の誰もが認めていると思います。そのスピードをキープしつつ、今年に関しては過去3シーズンの経験を活かし、物事が冷静に見えるようになってきています。
角田選手は2020年にF2デビューしましたが、当時20歳とは思えないほどの落ち着いた走りをしていましたし、タイヤの使い方もうまかった。その頃のような戦い方をF1でもできるようになってきたなと僕は感じています。
F2とF1ではマシンだけでなく、ドライバーや環境を含めてすべてがまったく異なります。F2時代の戦い方をF1でいきなり再現するのは至難の業ですが、デビュー4年目にしてようやくそのレベルまで来たということは、正しい方向で成長していることの証明だと思います。
とはいえ、角田選手は感情の起伏が激しいところがあります。時に感情をうまくコントロールしきれず、無線でチームに叫んだりしていることが前半戦でも何度かありました。
根本的な部分はそう簡単に変えられるものではありませんが、いかにアンガーマネジメントをしていくのか。デビュー以来ずっと言われてきたことですが、それが一流になるためには絶対に必要なことだと感じます。
角田選手には速さがあって、魅力もあります。ファンの人気が高いし、愛されキャラとして世界中に認められています。だからF1に残ることができているのは事実ですが、ここからもう一歩ステップアップしてトップチームへ行くためには、プラスアルファが必要になってくる。それは、クレバーさやスマートさといった部分だと僕は思っています。
わかりやすい例で言うと、マクラーレンのオスカー・ピアストリです。彼はデビュー2年目の23歳ですが、圧倒的な速さがあるだけでなく、アンガーマネジメントがしっかりできています。
自分自身を持っていて、感情の波がないことはプロスポーツの世界では重要なことです。そういった部分をピアストリはすでに備えており、トップチームのオーナーたちに高く評価されています。
角田選手はマクラーレンのマシンに乗ったら絶対に表彰台に立つでしょう。それだけの実力を角田選手はすでに備えていますが、ヨーロッパのF1サーカスのなかで評価されていくためには、やはりプラスアルファの部分が必要になってくると思っています。
【状況を複雑にするチームメイトの存在】
前半戦で成長を見せつけた角田選手ですが、リカルドがチームメイトになったことが角田選手の評価を難しくさせた面があったと感じています。もし、現在リザーブドライバーを務めるリアム・ローソンがチームメイトだったら、もっとシンプルだったと思います。
日本人ドライバーへの期待を語った中野信治氏
撮影/村上庄吾
若い角田選手とローソンをVCARB内で競い合わせれば、どちらが速いのかがはっきりと見え、いい成績を残したほうをレッドブルに昇格させようという判断になったはずです。でも、チームが角田選手のパートナーとしてリカルドを加入させたことで、状況が複雑になってしまった。
経験豊富なリカルドはクルマをつくり上げるのがうまいと思います。セットアップ能力が高く、クルマの改善を見つけて、開発をいい方向に導く力がある。
角田選手にクルマの開発能力がないわけではありませんが、VCARBにとってはリカルドの経験がすごく役に立っていますし、角田選手の好成績の要因になっているかもしれません。だから単にリカルドよりも速いか遅いかだけで角田選手を評価するのが難しくなっている側面がどうしてもあるのです。
残りのシーズン、角田選手には前半戦のようなパフォーマンスを発揮し続けることを期待しています。願わくば、リカルドを圧倒してやっつけてほしい。それができれば、いろいろな流れが変わって、トップチームへのチャンスが生まれるかもしれません。
【日本レース界の課題とは】
現在、F1を目指してヨーロッパと国内で日本人ドライバーが戦っています。
昨年、国内最高峰のスーパーフォーミュラ(SF)とスーパーGTでダブルチャンピオンを獲得した宮田莉朋選手はFIA-F2選手権に参戦しています。前半戦はちょっと苦しんでいました(入賞6回、ドライバーズランキング18位)。
ヨーロッパのレースの戦い方やタイヤの使い方、ミュー(摩耗係数)の低い路面など、環境が異なるなかでいきなり結果を出すのは難しい。でも、宮田選手であれば経験を積めば、2年目には結果を出してくると僕は思っています。
昨年、日本で何度か宮田選手のレースを見ましたが、彼は日本でトップ3に入るぐらいクルマの運転が本当にうまい。でも、あれだけうまくてもヨーロッパで簡単にトップは獲れない。しかも、日本のチャンピオンが経験豊富とは言えない19歳や20歳といったヨーロッパの若いドライバーたちに負けてしまう。この現実を日本のモータースポーツ界は衝撃を持って受け止めるべきだと僕は感じています。
たしかにSFはすばらしいカテゴリーで、F1に次ぐコーナリングスピードがあって、タイヤは高性能で、エンジニアリングも優秀だと思います。ただ一方で、ドライバーは下位カテゴリーの時代から同じサーキットを数多く走っていて、走らせているエンジニアたちも同様です。ドライバーとエンジニアの多くはともにスーパーGTにも参戦していますので同じ顔触れでずっと戦っています。
だから、いい意味でも悪い意味でも相手のことがわかってしまう。阿吽の呼吸のようなものがエンジニアとドライバー同士にあって、ヨーロッパにパッと飛び出した時にすぐに対応できない側面がどうしてもあると思います。
一方で、海外の強豪ドライバーが日本のレースに参戦すると、いきなり勝ってしまうことがあります。最近ではリアム・ローソン(2023年)やピエール・ガスリー(2017年)がそうですが、日本のタイヤやサーキットが初めてという状況でも結果を出しています。
これは、日本のモータースポーツ界に何が足りないのかという課題を明確に示していると思います。この結果を見た時にドライバーだけでなく、育成を担当する我々も学ばなければならないんです。現実を知ったうえでどう育てるかということを考えなければならないとあらためて感じています。
宮田選手とは逆に、今シーズン、FIA-F2選手権からSFに岩佐歩夢選手が参戦しています。彼は日本でのレース経験はほとんどないですが、前半の4戦を終えてランキング4位。優勝はありませんが、2位は2回と、いいレースをしていると思います。
僕は岩佐選手が鈴鹿サーキットレーシングスクール(現ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿)の生徒だった頃から教えていますので、運転がうまいのは知っています。SFのタイヤの使い方やクルマの作り方などは早い段階で学習しているように見えましたので、あれぐらい戦えるのは当然だと思っています。
本音を言えば、もっと活躍してほしい。海外に戻りF1参戦を目指すのであれば、岩佐選手に残された時間はそれほどありません。そろそろ優勝という結果を出さなければなりません。
世界基準のドライバーだったら、みんなが3〜4年かけてチャンピオン争いをするところを1〜2年でやってしまわなければ世界のトップでは通用しない。ヨーロッパのチームのオーナーたちといろいろと話してきましたが、彼らの多くも同じように考えています。
それはSFでもF2でも同じです。岩佐選手と宮田選手もそれはわかっていると思いますので、後半戦の彼らの活躍を期待しています。
後編<今季F1は「近年稀に見る壮大なショー」 中野信治が熱弁するランド・ノリスの特殊能力>を読む
前編<F1レッドブル失速の背景にある「弱点」とは? 中野信治が読み解くチャンピオン争いの行方>を読む
【プロフィール】
中野信治 なかの・しんじ
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのカートおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿の副校長として、F1参戦を目指す岩佐歩夢をはじめ、国内外で活躍する若手ドライバーの育成を行なう。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や毎週水曜のF1番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当。