文武両道の裏側 第21回樋口 諒(カンザス大学)前編(全2回) 今年6月に新潟で開催された陸上のU20日本選手権・男子1500mで、3分46秒31の自己ベストを出して優勝した樋口諒(19歳)。 愛知県の進学校である一宮高校時代には800mで…
文武両道の裏側 第21回
樋口 諒(カンザス大学)前編(全2回)
今年6月に新潟で開催された陸上のU20日本選手権・男子1500mで、3分46秒31の自己ベストを出して優勝した樋口諒(19歳)。
愛知県の進学校である一宮高校時代には800mでインターハイに出場したものの、準決勝敗退。今回はノーマークからの勝利だった。
まさに彗星のごとく現われた存在と言える樋口は現在、アメリカの名門・カンザス大学に通う。現地での文武両道の日々を聞いていこう。
今年のU20日本選手権・男子1500mを制した樋口諒(右)
撮影/和田悟志
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【カンザス大学陸上部で唯一の日本人】
ーーU20日本選手権・男子1500mでの優勝、おめでとうございます。
樋口諒(以下同) 今回、1年間やってきたことを全国の舞台でしっかり発揮することができてすごくよかったと思います。
ーー樋口さんがカンザス大学に入学して約1年。現地での生活には慣れましたか?
英語は少しずつ上達して、やっと日常生活は問題なくできるようになってきました。勉強も陸上も、もっと頑張っていきたいと思います。
ーーカンザス大があるカンザス州はどんなところですか?
アメリカの中西部にあって、本当に穏やかで暮らしやすい場所です。ひと言で言うと「田舎」ってことになるんですが(笑)。大学中心の街って感じで、大学の周りには学生や大学の関係者がたくさん住んでいますよ。
ーー今着ているTシャツもそうですが、U20日本選手権でもキャラクターが入ったユニフォームを着ていて、すごく目立っていました。
これはカンザス大のマスコットキャラクターの「ジェイホーク」って言うんです。こんな派手なキャラクターが入ったユニフォームはなかなかないかなと思いますね(笑)。大学の運動部全体を「カンザス・ジェイホークス」と呼んでいて、陸上競技部の僕もその一員。ちなみに、カンザス大のバスケットボール部は、NCAA(全米大学体育協会)のトーナメントを過去4回制覇していて、すごく強いんですよ。
オンラインでインタビューに応じてくれた樋口諒
ーー陸上部はどれくらいの規模なのでしょうか?
チームメイトは全体で男女合わせて120人くらいいて、日本人は僕ひとりだけ。留学生はヨーロッパとかカリブの小さい島々から来ている子がちらほらいます。中長距離は39人で練習していて、そのなかだと留学生は僕とケニア人の女の子のふたりくらい。
ーーチームメイトのレベルはいかがですか?
僕より速い選手も何人かいて、1500mだと3分42秒台の子がいたり、800mだと1分47秒台の子と一緒に練習しています。強い選手たちと練習できるのはすごく恵まれているなと思います。
【急成長の背景にあったトレーニングと食事】
ーーU20日本選手権では自己ベストをマークして優勝。成長の要因はどんなところにあると思いますか?
ふたつあると思います。ひとつは、カンザス大に入って持久系の練習のボリュームも質も上がりました。走る距離は、高校の時は1週間で多くて50〜60kmでしたが、今は80〜90kmくらい。スタミナがちょっとずつ上がってきていると思います。
もうひとつはウェイトトレーニング。日本にいた時はほとんどやってなかったんですが、今はスクワットやベンチプレスなど重りを使ったウェイトトレーニングをしっかりするようになって、上半身も下半身も力がついてきました。アメリカの大学だと陸上の種目ごとのコーチがいて、プラス、ウェイトトレーニングの専用コーチがいます。
カンザス大のチームメイトたち
写真/本人提供
ーー大学生としての樋口さんの"ある一日"を教えてもらえますか?
ふだんは朝8時ぐらいに起きて、午前中に1時間ほどの授業をふたつとっています。お昼は軽食で済ませたら、週1回は午後1時から30分くらい陸上部のチームミーティングがあります。午後は3時間くらい、午後4時半頃まで練習。練習後は、トレーナーに見てもらったり、ジャグジーみたいなお風呂に入って体をケアしたりします。
ーー基本的には午前に授業、午後に陸上の練習って感じですか?
そうですね。ケアのあとは、午後5時30分ぐらいから夕ご飯をとります。だいたい近くのレストランに、チームメイトと一緒に食べに行きます。
ーーちなみに、どんな夕飯を食べるんですか?
僕の場合、1日27ドル(約4000円)の食事代をチームが出してくれるんです。その食事のチケットは持ち越しできないので、1日で使いきったほうがお得なんです。キャンパス内にあるダイニングホールとか周辺のスーパーマーケット、あとレストランでも使えます。僕のお気に入りは、チェーン店のステーキハウスで、ハンバーガーも食べられるお店です(笑)。
ーーアメリカの食事はすぐに慣れましたか?
僕は食事に対してのこだわりがあまりなくて、とにかくバランスよくたくさん食べることだけを意識していて、すぐに適応できました。しっかり栄養をとれているのは、ありがたいですね。
食事だけじゃなく、アメリカで競技をするうえでは、長距離移動がたくさんあったり、ホテルに行ってもバスタブがなかったり、天気の影響で試合時間が大きく変わっちゃうことがけっこうあります。だから、テキトーというか、ちょっと大雑把なほうがやりやすいかなと思います(笑)。
ーー夕飯後は、どんな感じで一日を終えるんですか?
午後8時頃から自由時間で、授業の課題がある時はそれをやったり、時間があれば部屋で映画を見たりします。午後11時か11時半くらいには寝てます。
【文武両道に目覚め屈指の進学校へ】
ーー少しさかのぼって話を伺いします。子どもの頃、家族の教育方針のようなものはありましたか?
樋口家は、両親と今高校生の妹、あと中学生と小学生の弟2人の6人家族で、僕は4人きょうだいの一番上。教育方針っていうのかどうかわからないですけど、けっこう放任というか自分の好きなようにやらせてもらえたのかなと。
両親はあまり口出ししてこないですし、陸上を始める時も僕が「陸上やるから!」と言ったら「頑張れ!」って感じで。始めてからは、送り迎えとかサポートをしてもらって、でも結果に関してまったく何も言われず、"放し飼い"みたいな感じでした(笑)。
ーー陸上を始めたきっかけというのは?
父が野球をしていたことがあって、僕も小学生と中学生の時は野球をしていたんです。中学では野球をやりながら、陸上は大会だけ出るみたいな感じでした。野球はそれほどいい成績は残せなかったですが、陸上は県大会まで進めたりしました。
ーー中学時代の勉強についてですが、得意科目と不得意科目は?
得意というか、社会は好きでしたね。歴史はいろんな背景を考えるのが好きでした。あと、地理も地図を見るのが楽しいかなって。暗記が得意だったので、中学の時は基礎知識をまんべんなくつけていた感じで、不得意科目はなかったです。文武両道で頑張ろうと思ったのは中学生の頃からになると思います。
ーーその後、進学校の愛知県立一宮高校に入学。
僕が住んでいた稲沢市では、名古屋市の高校に行く子もけっこういるんですけど、僕は別に名古屋への憧れもなかったので、地元の尾張地区で一番賢いところへ行ければいいかなって思ってました。一宮高は陸上部もそこそこ強かったので、入ったら勉強もしながら陸上も一緒にやろうって(いう気持ちで)固まっていた感じです。
ーー毎年東京大に10名前後、京都大に20名前後が合格するという進学校です。樋口さんの当時の成績は?
入学当初は東大や京大にも行けるんじゃないかと思っていたところもあったので、とりあえず、勉強は頑張れるだけやっていこうかなと思ってました。定期テストは、320人中の100番くらいを目標にして、結果的には全体の半分くらいでしたかね。やっぱり、周りのレベルがすごく高いんですよ。
ーー高校時代の陸上のほうはどんな感じでしたか?
中学の時は1500mをやっていたんですが、その時は全国にかすりもしないくらいのレベルだったので、高校からは800mを中心に頑張って、インターハイに出たり、U18の日本選手権で3位になったりしました。
高校2年になった頃からは、陸上もするなら(進学先は)関東かなと思っていたので、筑波大学は魅力的だなと思うようになってきてました。
ーー当時の樋口さんは、勉強もできるし、インターハイにも出てるし、一宮高のクラスメイトからはリスペクトされていたんじゃないんですか?
一宮高だと、勉強は周りのみんなのほうができていたのですが、スポーツでインターハイに行く子はなかなかいなかったんで、スポーツという点だけに関しては、僕が頑張っているっていう印象をみんなも持ってくれていたんじゃないかなと思っています。
ーー後編では、カンザス大に入学した経緯や今後の展望を聞いていきます。
カンザス大周辺の風景
写真/本人提供
後編<「目立った存在ではなかった僕みたいな選手でも夢が広がっている」カンザス大・樋口諒が示す陸上留学の選択肢>を読む
【プロフィール】
樋口 諒 ひぐち・りょう
2005年、愛知県生まれ。中学時代から陸上大会に出始め、一宮高校3年の時にはインターハイ男子800mに出場。卒業後はアメリカのカンザス大学に進学。2024年のU20日本選手権・男子1500mで優勝。趣味は書道と映画鑑賞。