テニスの不正を監視することを目的とした機関、ITIA(国際テニス インテグリティ・エージェンシー)は20日、世界ランク1位のJ・シナー(イタリア)が今年3月に禁止薬物クロステボルの検査で2度陽性反応を示していたものの、シナーが無実であった…

テニスの不正を監視することを目的とした機関、ITIA(国際テニス インテグリティ・エージェンシー)は20日、世界ランク1位のJ・シナー(イタリア)が今年3月に禁止薬物クロステボルの検査で2度陽性反応を示していたものの、シナーが無実であったことを発表した。この騒動に対し、選手やファンから様々な意見が上がっている。この記事では騒動の経緯や争点について詳しく解説する。
【騒動の概要】
ITIAの発表によると、今年3月のBNPパリバ・オープン(アメリカ/インディアンウェルズ、ハード、ATP1000)で実施された2度の検査で使用が禁止されている薬物のクロステボルがシナーから低濃度で検出された。
本来は禁止薬物が検出された時点で暫定的に出場停止処分となるものの、選手には異議を申し立て出場停止処分を解除する権利があり、シナーはこの申し立てを行い認められたため、これまで試合に出場できた。
その後、シナー本人とシナーのチームのメンバーは全面的に調査に協力。調査の結果、シナーのサポートメンバーがクロステボルが含まれる市販のスプレーを自身に使用した後に、シナーをマッサージしたことで意図せずして皮膚からシナーの体内に禁止薬物が取り込まれたことが認められた。
そして、シナーには今回の件について過失や怠慢がなかったことが認められたため、その後の出場停止処分は下されなかった。
しかし、規則に基づきBNPパリバ・オープンで4強入りしたことで獲得した賞金325,000ドル(約4,700万円)とランキングポイントの400ポイントは没収された。
【選手の声】
この発表には現役選手や元選手から多くの意見が寄せられた。
ダニエル太郎
「これは明らかにおかしい。ワザとではなくても陽性になった瞬間に6ヶ月の出場停止があるはず。出場停止なし所が4ヶ月後にこの発表があってその間に大会出続けてるのも全てが今までのプロトコルと違う。政治」(原文)
N・キリオス(オーストラリア)
「馬鹿げている。偶然か計画的かはともかく。禁止物質で2回も検査されるなんて。2年間は出場停止になるべきだ。パフォーマンスが向上してるだろう。マッサージクリーム...いいね」
D・シャポバロフ(カナダ)
「汚染物質で出場停止処分を受けた他の選手たちが今どんな気持ちか想像もつかない。異なる選手に対する異なるルール」
L・ブロディ(イギリス)
「シナーがドーピングをしていたかどうかが問題ではない。多くの選手が同じことを経験し、無実が証明されるまで何ヵ月、何年も待たなければならなかった。見栄えがよくない」
J・ミルマン(オーストラリア)
「結論を急ぐ前に、シナーの体内からは10億分の1グラム未満の禁止薬物が検出された。僕は彼を信じている。混入を考慮して基準値を変えるべきかもしれない。最後に、テニスを含む全てのスポーツ選手がTUE(治療目的使用に係る除外措置)を使用することを許可しているのに、なぜこの件で大騒ぎになっているのだろうか?」
「ITIAは(ドーピング検査で陽性となり約1年半後に処分が解除された)シモーナ・ハレプの惨事よりも1000倍もうまく対処した。シナーはツアーでプレーする選手の中で最も良い人だ。批判する前にせめて報告書を読んでほしい」
K・マイクシャク(ポーランド)※過去に禁止薬物検査で陽性となり13ヵ月間の出場停止処分を経験
「試合の数時間前に、テニス界から衝撃的で非常に辛いニュースが届いた。自分の健康と精神的な安らぎのために詳細には触れなかったが、同じ状況で他の選手が普通にプレーして夢を叶えているのに、僕が訴訟のほとんどの期間、コートにさえ足を踏み入れることができなかったという事実は穏やかではない。僕は打ちのめされ、ショックを受けている」
【疑問点】
今回のITIAの発表に対しては大きく2つの疑問の声が上がっている。
1. これまでドーピング検査で陽性反応となった選手のほとんどが即座に暫定的に出場停止になっていたにも関わらずなぜ今回はそうならなかったのか。優遇措置があったのではないか。ダブルスタンダード(二重規範)だったのか。
2. 陽性となった3月からなぜ1度も発表がなかったのか。
【解説】
上記疑問点を順に解説する。
1. 今回シナーが試合に出続けることができたのは、概要にある通り異議申し立てが認められたためである。
調査報告書によると、シナーは2度の検査結果により4月4日と4月17日に暫定的な出場停止処分を受けている。
しかし、シナー側はいずれも即座に異議申し立てを行った。この異議申し立ては、概要にあるシナー側の混入経路の主張が認められたことや、検出された禁止薬物が微量であったため摂取が仮に意図的であったとしてもパフォーマンスには影響は及ぼさないであろうというITIAが実施した研究施設での調査結果などが考慮され認められた。
これによりシナーは試合に出場を続けることができた。
2. 陽性となった3月から発表がなかったのはITIAの規則によるためである。
ITIAの規則には以下の記載がある。
「アンチドーピング規則違反が犯されていない、または暫定的資格停止中の参加禁止に違反していないという異議申し立てが認められた場合は、決定の対象であるプレーヤーまたはその他の人物がそのような開示に同意しない限り、公表することはできない」
「同意しない場合、異議申し立ての事実、または決定の要約を公表することはできるが、開示内容によってプレーヤーまたはその他の人物が特定されることはない」
つまり、ここまで発表がなかったのはシナーの異議申し立てが認められたためである。
【争点】
ここまでの経緯をまとめると、シナーに特例が認められたという事実はなく、シナー側は正しい手続きを踏んだことになるため、この点について今回の騒動を批判することはできない。
一方で、これまで出場停止処分を受けてきた選手は、この異議申し立てをしなかった、もしくは認められなかったため、暫定的に出場停止となったということになる。
争点はこの異議申し立てが全選手正しく公平に行われていたか、もしくは資金力が乏しい選手にも公平に認めるべきかという点であり、ここで意見が分かれる。
元テニス選手で現在は解説者を務めるマーク・ペチー氏はこの点について自身のXで意見を述べている。
「私はヤニック・シナーが有罪だとは思わない。ここで他のケースと比較しようとするのは誤っている。スポーツ、特にテニスは、あらゆるレベルで完全に資本主義的な巨大産業である。しかし、他のすべてのことに関して、人々はそれが社会主義システムで運営されることを期待している」
「なぜ企業などは、弁護士や会計士のチームを24時間体制で雇っているのだろうか?最善の結果を確実に得るためだ。シナーと彼のチームは、検査結果を受けて規則に従い、法的枠組み内で被害を最小限に抑えるためにできることをすべて行い、最善の法的結果を得た。それが人生であり、これがこの事件なのだ」
「ここにダブルスタンダードはない。彼の弁護団は規則に従った。それだけだ」
要約するとシナーが優秀なチームを擁していたことが今回の結果につながった、という意見だ。
今後は、異議申し立てが各選手に正しく行われているのか、そもそもこの制度があるべき姿なのかが議論されることになりそうだ。
【シナーのコメント】
なお、シナーは自身のXに「私はこの困難で非常に不運な時期をこれで過去のものにします。私はITIAのアンチドーピングプログラムに引き続き従うために、できる限りのことを続けます。また、私の周りにはコンプライアンスに細心の注意を払っているチームがいます」とコメントを掲載している。
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