サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、J1で旋風を巻き起こしているFC町田ゼルビアの「伝家の宝刀」について。重要なのは、細かなことをおろそかにしないこと。
■興梠の攻撃センスあっての「投げ方」
チームによっては、スローインはサイドバックが投げるという厳格なルールがあるのではと思ってしまうこともある。スローインになると必ずサイドバックが来るまで待ってボールを渡し、そこからスタートする。そんなことをしている間に、相手チームはすっかり守備の組織をつくってしまっている。
「ボールは、拾った選手が投げる」―。これが「クイックスローイン」の基本中の基本である。そして拾った瞬間に投げられるよう、周囲の選手がタイミングよく動かなければならない。
もうひとつ、私が大好きなスローインがある。ミハイロ“ミシャ”・ペトロヴィッチが監督をしていた時代の浦和レッズが、興梠慎三を使ってよく行ったスローインである。スローアーに対して、興梠は斜め前にいる。その外側を、他の選手が上がっていき、スローアーはその選手に投げるように構える。
しかし、それは「おとり」の動きにすぎない。相手チームがそこに引きつけられた瞬間、興梠は円弧のような動きでまず自陣方向に戻り、そのままのカーブでピッチ中央に向かう。スローアーはそのタイミングに合わせて興梠に投げる。そして興梠がボールを持ったときには、前線の誰にでもパスを出せる態勢にあるのである。
きっとミシャが夜中に考えつき、忘れてはならないと、ベッドから飛び起きてメモして生まれたに違いないスローインだが、興梠という類いまれなテクニックと攻撃センスの持ち主にして初めて効果的になったものかもしれない。
■青森山田時代から「大きな話題」に
さて、「スローインを武器にする」と言えば、今季前半に大きな話題となったFC町田ゼルビアの「ロングスロー」である。相手陣深くに入ってのスローインをゴール前まで投げ、長身選手に狙わせるのは、別に新しい戦術ではない。しかし、高校サッカーで青森山田高校時代の黒田剛監督が多用して大きな話題になり、やがて高校サッカーで大流行した。
その黒田監督がJ2町田の監督に就任したのが昨年。守備を強化するとともに、攻撃ではロングスローで多くの得点を生み、J2優勝とクラブ史上初のJ1昇格に導くと、今季のJ1でもロングスローを多用し、相手チームを恐怖に陥れた。
ご丁寧にもビニール袋に入れたバスタオルを、タッチラインの外、ペナルティーエリアの延長線上あたりに置き、チャンスが来るとロングスローを得意とするサイドバックがおもむろに前進し、まずタオルを出してボールをしっかりと拭う。なにしろ昨今のJリーグのピッチは試合前やハーフタイムの水まきでビシャビシャだからだ。
そして後ろに下がって長い助走を取ると、ゴール前、とくにニアポスト前をめがけて投げ込むのである。高いボールあり、ライナーのボールあり。どんなボールを投げるか、何らかのサインで町田の選手だけが知っている。
落下点に配置されるのは、FW呉世勲(オ・セフン=194センチ)、DFイブラヒム・ドレシェヴィッチ(186センチ)といった長身選手たちである。彼らがヘディングで角度を変えてゴール正面に送り込んだところに、2人、3人がなだれ込むという形だ。町田が何をするかわかりきっていても、呉世勲やドレシェヴィッチに競り勝つのは難しく、守備側は苦境に立たされる。