【「甲子園でミスしたら負ける」】 今年の夏の甲子園、低反発のバットに代わった影響は大きい。大会5日目までホームランはゼロで、大差がつく試合も少ない。1点の重みが増し、ロースコアのしのぎ合いが展開されている。そうなれば、手堅い守備、相手のスキ…

【「甲子園でミスしたら負ける」】

 今年の夏の甲子園、低反発のバットに代わった影響は大きい。大会5日目までホームランはゼロで、大差がつく試合も少ない。1点の重みが増し、ロースコアのしのぎ合いが展開されている。そうなれば、手堅い守備、相手のスキを突く走塁が求められる。


大会5日目、鳴門渦潮戦で活躍した早稲田実業の宇野真仁朗

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 これまで「守りの野球」で高校野球をリードしてきた四国勢が、甲子園で有利に試合を進めるようになるのではないか? というのが、愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長を務めた筆者の見立てだった。

 しかし、現実は厳しい。香川の英明、愛媛の聖カタリナに続いて、徳島の鳴門渦潮も競り合いに敗れた。大会4日目、岡山学芸館(岡山)に0対1で敗れた聖カタリナの浮田宏行監督は試合後にこう語った。

「うちは愛媛大会をバントで勝ってきたチーム。バントミスは誤算だった。『"野球王国"愛媛の代表として甲子園で頑張ってきます』と言ってこちらに来たので、愛媛のみなさんにはこういう結果になってしまって本当に申し訳ない。甲子園でミスをしたら負けるということを教訓にしていきたい」

 安打はわずか5本。8回のチャンスでふたつのバント失敗、9回のけん制アウト......。「甲子園でミスをしたら負ける」という言葉どおりの試合だった。愛媛勢としては、3年連続の初戦敗退となった。

 大会5日目に登場した鳴門渦潮は、早稲田実業(西東京)の大声援に飲み込まれた。

 早稲田実業の1回表の攻撃。二番打者・宇野真仁朗がレフト線のヒットで三塁側アルスプスタンドに歓声が起こり、一塁を蹴って二塁を目指す時には球場全体にざわめきが広がった。レフト前ヒットを2塁打にするとは......。

 その初回は無失点に抑えて1回裏には2点を奪いながら、2回表にすぐに逆転された鳴門渦潮の捕手・藤原大輔はこう振り返る。

「大観衆の応援がすごくて、相手に傾いた流れを取り戻せなかった。3回くらいまでは球場の雰囲気に飲まれていましたね。だけど、『俺たちへの応援やと思おう。大丈夫、ヤバくない。楽しもうや』とマウンドでエースの岡田力樹に声をかけました」

【鳴門渦潮を飲み込んだ、早稲田実業・宇野の走塁】

 早稲田実業側の大声援以上に脅威となったのが、宇野の打撃であり、走塁だった。

 鳴門渦潮は2回表にも宇野に走者一掃の逆転二塁打を放たれたが、4対6とリードされて迎えた8回にも、彼に足で見せ場をつくられてしまった。レフトが打球の処理をもたつく間に二進を許し、続く打者の二塁ベース寄りのゴロを捕ったセカンドの送球がそれる間に宇野の生還を許した。それが試合を決定づけることになった。

 鳴門渦潮の捕手・藤原が言う。

「徳島大会なら僕の声が通ったと思うんですけど、甲子園のこの観衆ではピッチャーまで声が届かなかった。ランナーが三塁を回って走ってきたのはわかっていたので、『ホームに投げろ!』と言ったんですけど......声が届かないのは初めてのことでした。あの走塁に、早稲田実業の走塁に対する意識の高さが出ていると思いました」

 試合後、「宇野の走塁で選手が動揺したのでは?」との問いに、鳴門渦潮の森恭仁監督はこう答えた。

「......そうですね。監督の私でさえ経験したことのない大観衆のなかでの試合。アルプススタンドの声援がすごくて自分たちの声が聞こえないなかで、宇野くんに素晴らしい走塁をされていました。

 早稲田実業の選手たちは普段からこういう大観衆のなかで試合をしているんでしょうけど、アルプススタンドの観客だけで徳島大会決勝の倍くらいの人数いますからね。(自分たちは)普段どおりのプレーができず、少しだけ反応が遅れたことが点差につながったと思いますし、そういう点の取られ方をしたことがあとあとダメージになりました」

 早稲田実業の攻守のキーマンである宇野の研究は決して怠っていなかった。「その成果はあった」と森監督は言う。

「宇野くんに関しては、うちの記録員がかなり研究していたので、ある程度は抑えられたと思いますし、研究の成果が出ていた」

 しかし、走塁は想像以上だった。

「長打警戒でシングルヒットはOKだったんですけど、初回のヒットはレフトがボールに寄りきれなかった。そのあたりは経験不足。宇野くんはスキがないプレーをする。8回のホーム突入もそうですし、次の塁を奪う意識が高い。見習うべき走塁を目の前でされてしまった」

 徳島大会をほぼひとりで投げ抜いたエース・岡田力樹の185球の力投は報われなかった。かつて「守りの野球」で多くの栄冠をつかんできた四国勢のうち、高知の明徳義塾を除く3校は初戦で姿を消すことになった。

 森監督は言う。

「相手のスキを突くという四国の野球を、相手にやられてしまった。余計な点を3点くらい与えた気がします。積極的な走塁、次の塁への意識は見習わないといけない。今後のチームづくりに活かしていきたい」

 試合の最終的なスコアは4対8。宇野の走力と意識の高さが、得点差となって表われたのかもしれない。