男子エペ個人で金メダリストとなった加納虹輝 photo by JMPA 男子エペ個人・加納虹輝(JAL)の金メダル獲得に始まり、団体戦は男女4種目すべてでメダルを獲得するなど、金2銀1銅2というすばらしい成果をあげたパリ五輪の日本フェンシン…


男子エペ個人で金メダリストとなった加納虹輝

 photo by JMPA

 男子エペ個人・加納虹輝(JAL)の金メダル獲得に始まり、団体戦は男女4種目すべてでメダルを獲得するなど、金2銀1銅2というすばらしい成果をあげたパリ五輪の日本フェンシング界。ともに銅メダルを獲得した女子団体のフルーレとサーブルが新たな歴史を切り開いた一方で、男子エペとフルーレは、今の強さと充実ぶりを世界に見せつけた。

【加納がエペ個人で日本初の頂点に】

 競技2日目の7月28日に行なわれた男子エペ個人は加納が強さを見せつけて頂点に立った。しかし、全体の流れを振り返ると、世界ランキング4位のヤニック・ボレル(フランス)が好調だった日本勢に立ちはだかった。

 ボレルは3回戦で見延和靖(NEXUS)を破ると、準々決勝は山田優(山一商事)と対戦。ロースコアの展開のなか、第3ピリオドの残り11秒で山田に11対11と追いつかれたが、延長戦の1本勝負で下す。そして、モハメド・サイド(エジプト)との準決勝は15対9と圧倒し、決勝にコマを進めた。

 一方、世界ランキング3位で臨んだ加納は初戦となった2回戦はキム・ジェウォン(韓国)と接戦になったものの(14対12)、3回戦、準々決勝は安定した戦いぶりで勝ち上がる。準決勝はティボル・アンドラーシュフィ (ハンガリー)と接戦となるなか、13対13で突入した延長で一本勝ちで制し、勝負強さを発揮した。

 迎えたボレルとの決勝、完全アウェーの状況ながら、「(ボレルと戦う日本人)3人目の僕が負けるわけにはいかない。負けたら、あのひとりの選手(ボレル)に日本人が全滅させられることになるので、もう絶対に負けたくないという気持ちで戦った」と、第2ピリオドに入ってから点差を広げ、15対9で勝利。この種目、日本人初の優勝を、あっけないほどの完勝劇で飾った。

「東京五輪の団体で優勝したあとの1年間は、その優勝を背負う感じでかなり重かった。ただそれと同時に、その後も世界ランキングで常に上位に居続けることができたのは自信にもなった」

 こう話す加納は東京五輪後、オレクサンドル・ゴルバチュクコーチに今後のことを聞かれ、「次の世界選手権や2年後(2023年)のアジア大会はすべて金メダルを目標にし、パリ五輪では団体だけではなく個人でも金を獲りたい」と話し、それを公言もしていた。

 加納にとっては、有言実行を遂げた優勝だったが、「孤独感もある」と漏らした。

「自分でも驚くような優勝で金のうれしさはかなりあったが、東京五輪で金メダルを獲った時と比べると若干の孤独感はあります。自分で獲った金メダルだけど自分が喜んでいるだけ。だけど団体戦なら4人で喜びを分かち合えるので、そこが大きな違いかなと思う」と苦笑した。

【エペ団体の成長を示した銀メダル】


東京五輪時より地力の向上の手応えを掴んだエペ団体(左から見延、山田、古俣、加納)

 photo by JMPA

 仲間と喜びを分かち合うためのエペ団体戦(8月2日)。風は、世界ランキング3位の日本に吹いてきているような状況だった。1回戦では、勝ち上がれば日本と戦うことになる同2位のイタリアが同7位のチェコに敗れた。さらに準決勝では同1位のフランスが同5位のハンガリーに負けていたからだ。

 初戦のベネズエラ戦、中盤まで競り合う展開から39対33で勝利した日本は、準決勝のチェコ戦も終盤に抜け出して45対37で勝利して決勝に進んだ。

 だが、決勝の相手であるハンガリーはゴルバチュクコーチが「エペの長い歴史があり、多くのメダリストを出している国」と言うように、国別は世界ランキング5位だが個人ではゲルゲリー・シクロシが同1位と力のあるチーム。前半はロースコアの展開のなかで3点ほどリードされる形が続いた。

 それでも初戦のベネズエラ戦の途中から見延に代わって入った古俣聖(本間組)が第7試合で16対17と点差を詰める。そして前の2戦でアンカーを務めた山田は2点差にされたが、アンカーの加納がシクロシを相手に一度追いつきながら残り30秒台で再び2点差にされる。しかし残り6秒で25対25に追いつき、オーバータイムの一本勝負まで持ち込んだ。

 だが、「向こうにプライオリティがあるので自分からプレッシャーをかけて最後は飛び込んでいくつもりだったが、相手がけっこう剣を出してきたのでビックリした」と、シクロシのフェイントに思わず反応して剣を振ったところを突かれ、開始46秒で26点目を取られて決着がついた。

「決勝進出が決まったあとで、今まで硬かったので最後はリラックスしてやろうと古俣と話した。金メダルを目指していたのでもちろん悔しさはあるが、楽しく試合ができたし、みんなでメダルも持って帰れるので、うれしい気持ちとホッとした気持ちもあります」

 こう話す加納は、今回の銀メダルを東京五輪の金メダルと比較しながら、日本の実力が上がっていることに自信を見せた。

「前回は開催国枠の出場だったし、ラッキーな部分もあっての金メダルだったが、自力で出場することができたのは今回が初めて。実力で決勝まで上り詰めることができたから、力は間違いなく上がっています」

 山田は、今大会で代表を去るゴルバチュクコーチへの思いをこめて振り返る。

「サーシャ(ゴルバチュクコーチ)には、絶対に何かを持たせたいという気持ちはあった。彼は、僕にとっては父親みたいな存在。決勝は僕のせいで負けたけど、怒ることなく抱きしめてくれて。いつもならメチャクチャ怒られるところだけど、何も言わずに『ありがとう』と言って抱きしめてくれたのは、メダル以上に僕にとってはうれしいことでした」

 そのゴルバチュクコーチは「昨年の世界選手権は10位。そこから盛り返して五輪出場権を獲ったことを考えれば、今日の結果は、金メダル以上にハッピーな気持ちになれた」と手放しで喜んだ。

 2大会連続の決勝は、自分たちの強さを証明する結果でもあった。

【世界ランク1位で勝ちきったフルーレ団体】



実力どおりの力を見せ、結果を残したフルーレ団体(左から松山、永野、飯村、敷根) photo by JMPA

 一方フルーレは、個人戦では敷根崇裕(NEXUS)が初戦の2回戦で敗退し、世界ランキング5位の松山恭助は初戦圧勝も、次の3回戦ではフィリッポ・マッチ(イタリア)に11対15で敗退。「相性のよくない相手だったので自分なりに考えて試合に入ったが、あまりうまくいかず自分の弱さが出てしまった」と悔しさを露わにしていた。

 だがチーム最年少の20歳で世界ランキング9位の飯村一輝(慶応大)は、キレのある動きと攻撃的なフェンシングで同7位のアレクサンダー・マシアラス(アメリカ)に勝利。準々決勝は、世界ランキング1位のトマス・マリニ(イタリア)を破って勝ち上がってきたマキシム・ポティ(フランス)相手に、第1ピリオドの残り22秒で14対14の同点に追いつかれながら、その2秒後には勝負を決める小気味のいいフェンシングを見せた。

 飯村は、準決勝で世界ランキング3位の張家朗(チェン・カーロン/香港)、3位決定戦では同 2位のニック・イトキン(アメリカ)にそれぞれ11対15、12対15で敗れてメダル獲得はならなかったが、「これで団体戦への思いもより強くなった。(団体)世界ランキング1位の自信を持って臨みたいと思います」と勢いをつけた。

 2016年リオデジャネイロ五輪後に世代交代をし、2017年世界選手権では西藤俊哉と敷根が銀と銅を獲得、その後のワールドカップでも団体で表彰台に上がっていた男子フルーレ。2012年ロンドン五輪の銀メダル以上を目指した東京五輪は4位で、金メダルを獲得した男子エペに先を越された。だが2022年以降は松山たちの世代に若い飯村が加わり、団体の表彰台に定着。昨年の世界選手権では団体初優勝を遂げ、松山も個人で銅メダル獲得と、今大会は世界ランキング1位で臨んだ。

 男子フルーレ団体は競技最終日の8月4日に行なわれた。

 日本のフェンシングチームは出場した団体戦のすべてでメダル獲得を果たす状況で、「自分たちもメダルを獲らないと日本に帰れないと思った」と松山が明かしたように、プレッシャーがのしかかっていた。

 それでも初戦で世界ランキング16位のカナダに45対26で圧勝すると勢いがついた。準決勝のフランス戦は、ほとんどのゲームでフルマークの5点を獲得する安定感で45対37と危なげない勝利を収めた。

 迎えた決勝のイタリア戦では第1ゲームでランキング1位のマリニを5対3と圧倒した敷根を、第4ゲームの途中からサブの永野雄大(NEXUS)に代える作戦。中盤には2点のリードを奪われたが第6ゲームで飯村が逆転すると、第8ゲームでは永野が相手を完封して5得点。最後はアンカーの飯村がいきなり4点を連取して王手を掛け、2点返されたものの、残り50秒で5点目を奪い45対36で完勝した。

 松山は「東京五輪後の3年間で、一つひとつの試合で自信を持ってプレーしたことが結果につながってきた。だからこそ今回もいつもどおりの自分たちのプレーをして、『なにがなんでも勝つんだ』という気持ちで戦えた」と振り返る。

 オリンピックの金メダルをずっと狙い続け、世界ランキング1位の優勝候補として臨んだ大会での勝利は、大きな価値がある。エースの松山に頼るだけではなく、状態を見て、ほかの選手を重要なアンカーに据える自在な戦法を取れたことは、日本のチーム力の高さを世界に知らしめたと言えるだろう。