埼玉西武ライオンズの西川愛也(まなや/25歳)は、愛用するグラブの内側に「思い出なんかいらん」という刺繡を入れている。バレーボール漫画『ハイキュー!!』の、稲荷崎高校の横断幕の言葉だ。 西川は花咲徳栄高校時代、2年の春・夏、3年の夏と3度…

 埼玉西武ライオンズの西川愛也(まなや/25歳)は、愛用するグラブの内側に「思い出なんかいらん」という刺繡を入れている。バレーボール漫画『ハイキュー!!』の、稲荷崎高校の横断幕の言葉だ。

 西川は花咲徳栄高校時代、2年の春・夏、3年の夏と3度甲子園に出場し、3年時の2017年夏の大会では、決勝で3安打4打点と大暴れ。埼玉県勢初の全国制覇に大きく貢献した。そして現在も、グラブに刻んだ言葉とともに、「思い出の中の自分」を超えるための闘いを続けている。

 入団7年目の今季、8月4日時点ですでにキャリアハイの59試合に出場するなど外野手のレギュラー獲りを狙う西川選手に、『ハイキュー!!』の魅力と今シーズンの自身について聞いた。


西武の外野手レギュラーを狙う7年目の西川愛也

 photo by Sankei Visual

【第1話で「これは絶対に面白い漫画だ」】

――まずは『ハイキュー!!』を知ったきっかけを教えてください。

「知ったのは高校(花咲徳栄)の時ですね。寮生活だったんですけど、同じ部屋だった後輩......今、日本ハムでプレーしている野村佑希選手から勧められて読んだのがきっかけです。第1話を読んで、ブワ~ッと鳥肌が立ちました。

 主人公の日向翔陽が中学校の最後の試合で、最後に難しいトスを打ちにいくシーンがあるんですけど、すっごくかっこよくて。その瞬間に『これは絶対に面白い漫画だ』とわかりましたね。それで、当時発売されていた単行本を全巻、買って読みました」

--作品の魅力をどんなところに感じますか?

「僕は小さい頃に野球を始めて、高校まで野球しかやってこなかったんですが、『ハイキュー!!』を読むことでバレーボールの奥深さを知りました。他競技の熱量といいますか、面白さに気づけたのが大きかったです。

 言い方は悪いかもしれませんが、バレーボールってもっとシンプルな競技だと思っていたんです。それが『ハイキュー!!』を読むと、さまざまな戦略があって、選手がいろいろな駆け引きをして動いていることがわかった。それに、烏野高校の選手たちがみんないいヤツばかりで、本当にいいチームですし、共感することも多かったですね」

――特に共感したのは?

「主人公だけじゃなくて、登場人物がそれぞれ壁にぶち当たる場面が何度もあるところです。僕も、これまでのプロ野球人生はけっこういろいろとあったので......。昨年は1軍での連続無安打記録などもありましたし、『どうやったら分厚い壁を乗り越えられるのか』と考える場面が多かったんです。そういう時に『ハイキュー!!』を読み直して、選手たちのマインドとか、モチベーションの保ち方、努力の仕方などを参考にしていました」

【グラブに刺繍している作品中の言葉】

――グラブの内側に「思い出なんかいらん」と刺繍をしていますが、なぜその言葉を選んだのでしょうか?

「稲荷崎高校の横断幕の言葉なんですけど、僕は稲荷崎が一番好きなチームで、『あの言葉、かっこええな』と。そんなに長い言葉をグローブに入れている選手、見たことないですよね?(笑)でも、周りに何と思われてもいいんです。

 僕は、甲子園で優勝経験があることがよく話題になります。覚えていてくださるのはありがたいのですが、僕は過去よりも『今、自分がどうなのか』ってことを大事にしたいので、その刺繍をしてもらいました」


男子バレー特集号を手に笑顔

 photo by Sportiva

――稲荷崎高校で好きな選手は?

「双子の"宮ツインズ"は両方好きですが、特に好きなのはセッターの宮侑(みや・あつむ)です。すごくうまい選手なのに、現状に満足せずに貪欲で、さらに上を目指しているのがかっこいいですね。あと、関西弁っていうのもポイントです(笑)」

――西川選手も関西出身(大阪府堺市)ですからね。

「はい。今は、あまり関西弁は出ませんけどね。宮侑は髪色とかビジュアルのかっこよさから入って(笑)。性格は強気だけど、スパイカーに対しては誠実で、努力もする。そういう姿がかっこいいです」

――ちなみに、ビジュアルを真似してみようと思ったことは?

「ありましたよ。宮侑みたいに前髪を分けて、上の方を茶色っぽくして、襟足部分を黒にして......でも、僕は直毛じゃないんで完全には似ないんです(笑)」

――先ほど、野球人生のつらい時に心の支えになったという話が出ました。西川選手はケガで長くリハビリをしていた時期(高校時代に大胸筋断裂の大けがを負い、プロ入り後もリハビリを続けながら試合に出場)がありましたが、その時も助けられましたか?

「何回も助けられています。リハビリ中って本当に精神的にキツいんです。気持ちが落ちて何もやる気が起こらなくなったりするんですが......烏野高校の田中(龍之介)が稲荷崎戦で苦しい状況になった時に『ところで平凡な俺よ 下を向いている暇はあるのか』と自分に問いかけるシーンがあるんですが、あのシーンを見たら自分も動かずにはいられないですね」

【好きなシーン、キャラクターは?】

――その場面も含め、一番好きなシーンは?

「山ほどあるので、ひとつに絞るのが難しいんですが......あえて挙げるなら、春高バレー県大会の決勝で、烏野の月島(蛍)が白鳥沢学園の"牛若(牛島若利)"のスパイクを止めるシーンですかね。

 ツッキー(月島)はいつも『自分は大したことない』と冷めた感じなんですけど、実はすごく負けず嫌いな選手。その試合ではミドルブロッカーとして、全国屈指のエースである牛若に挑みました。直前までは『僕が止められるわけない』みたいな態度だったのが、途中で"ドシャット(ブロックポイント)"して、ガッツポーズをするところがめちゃめちゃかっこいい。そこは何十回も読み返しました」

――では、先ほど挙げた宮侑選手を含む「好きなキャラクター」でトップ3を挙げるとしたら?

「え~!? 難しいですね......。ベスト3という感じではなくなっちゃうんですが、宮侑と宮治は外せないので"宮ツインズ"としてひと枠を使わせてください(笑)。同じくペアということで、ツッキーと山口(忠)も。3番目は北(信介)さんかなぁ」

――月島・山口のペアは関係性がいい?

「そうですね。幼馴染みのふたりが同じ高校に進んで、けっこうぶつかり合うけど絆は深い。山口はリリーフサーバーに活路を見出し、それを武器にするために必死に努力して、レギュラーのツッキーと同じ舞台で戦えるようになるんです。

 そして春高バレーの音駒戦では、山口のサーブで相手を崩し、ツッキーがブロックした。そこで、いつもクールなツッキーが山口とハイタッチするんですよ。ツッキーが珍しく笑顔を見せるんですが......あれは泣けます」

――好きなキャラの3番目に選んだ稲荷崎高校の北選手は、バレーボール日本代表でも人気の選手です。

「わかります。努力家で、ひとつひとつのことをちゃんとやる姿勢がいいですよね。『絶対、誰かが見ていてくれる』というのが信念で、結果だけじゃなくて過程を大切にする人。僕もすごく影響を受けました」

――ちなみに、『ハイキュー!!』の感動を分かち合えるチームメイトはいますか?

「周りには、そこまでついてきてくれる人がいなくて......。僕が『あの場面いいよね』と言っても『そうだっけ?』とか言われますし、なんか怖がられています(苦笑)」

【飛躍の兆しを見せる7年目での変化】

――語り合えるチームメイトができるといいですね(笑)。野球に話を移しますが、昨年から出場機会も増えてきているなかで、バッティングの変化をどう感じていますか?

「タイミングがしっかり取れるようになってから、ヒットが出るようになりました。相手投手は、同じ球種でもスピードを変えてきたり、急にテンポを速くしたり、2段モーションにしたりと変化をつけてくることが多い。それに対して立ち遅れせず、タイミングが取れるようになってきたと思います」

――近年はピッチャーの球速がアップしたり、変化球の種類も増えたりと進化しているように見えます。どうやって対応しているのでしょうか?

「まずは相手投手の動画をしっかりチェックして、しっかりクセを頭に入れて、頭の中で相手ピッチャーと対戦するイメージを思い描きます。その"打席に立つまでの準備"がすごく大事だと感じています」

――テンポを変えてくる相手に対しての対応策は?

「僕は大きくタイミングを取るタイプなんですが、『遅れないように』ということだけ意識をしています」

――昨年はなかなかヒットが出ずに苦しみましたが、今年は開幕早々にヒットが出ましたね。

「そうですね。今は『1日1本は当たり前に打つ』ぐらいのメンタルで試合に入れているので、いい状態だと思います。目標はより上で、1日2本以上ヒットを打つと設定しています」

――フォームなど、昨年から変えたところは?

「トップの高さなど、いろいろな部分を少しずつ変えています。シーズン中も微調整の繰り返しですね。今はタイミングが取れて、しっかり強いスイングができるフォームで試合に臨めていると思います。

 あとは、常に体重は気にかけています。今年はだいぶキープできるようになったんですが、昨年まではシーズン中に体重が落ちてしまっていたんです。食事やサプリメントなども気をつけて、バランスよく摂取するようにしています。でも、追い込み過ぎはよくないので、チートデーも作っていますけどね(笑)」

――6月12日の広島戦では、プロ初のお立ち台に。そこから見る景色はどうでしたか?

「プロに入ってから7年、ずっと立ちたいと思っていた場所でした。長くかかってしまったんですけど、やっぱり素晴らしい景色でしたね。ファンの方の声もしっかり聞こえました。ずっと温かく見守っていただいて、本当にありがたいです。ちょっと緊張しましたが、本当に楽しくて『また立ちたい』と思いました」

――チーム内での自分の役割は何だと思いますか?

「守備と走塁には自信があるんですが、今はとにかく、打つこと。そうじゃないと試合には出続けられない。もっと打撃面を伸ばしていきたいです。今は山村(崇嘉)など若い世代も頑張っているので、僕もそれに負けないようにしたいですね。お互い、高め合っていきたいです」

【プロフィール】
西川愛也(にしかわ・まなや)

1999年6月10日、大阪府出身。埼玉西武ライオンズ所属。右投左打。外野手。小学校2年で野球を始め、小学6年時にオリックスJr.入り。花咲徳栄高校では1年秋からベンチ入りし、2年春・夏、3年夏の甲子園に出場。高校通算31本塁打を記録した。2017年のドラフト2位で西武に入団。高校時代に負ったケガのリハビリなどを乗り越え、7年目の今季は出場機会がアップ。将来のレギュラー外野手として期待がかかる。