蹴球放浪家・後藤健生がカバーするフィールドは広い。ワールドカップも取材すれば、若手の育成にも目を向ける。強い代表チーム…
蹴球放浪家・後藤健生がカバーするフィールドは広い。ワールドカップも取材すれば、若手の育成にも目を向ける。強い代表チームやクラブが生まれるには、それなりの理由があるのだ。
■16歳セリエAデビュー「有名選手」と遭遇
2009年9月にUEFA・U-21選手権予選のクロアチア対イタリアという試合を見たことがあります。
病に倒れた前日本代表監督のイビチャ・オシム氏がようやく回復し、インタビューを受けられるようになったというのでオーストリアのグラーツまで取材に行って、その後、ワールドカップ予選のクロアチア対イングランドがあるのでクロアチアの首都ザグレブに向かいました。グラーツからザグレブに向かう途中のヴァラジュディンという人口4万人の小さな町でU-21の試合があるというので立ち寄ったのです(ヨーロッパではフル代表の試合の前日に、年代別代表の試合が行われるのが普通です)。
試合は1対1の引き分けに終わりました。最も有名な選手といえば、イタリア・ユヴェントス所属で16歳でセリエAデビューを飾ったセバスティアン・ジョヴィンコでした。
■名選手だったカシラギ監督は「引率の先生」
試合後、監督記者会見が終わって出口に向かおうとすると、ちょうどイタリア選手団がバスに向かうところで、僕の目の前をジョヴィンコが歩いていました。
クロアチア戦の当時はもう21歳になっていたはずですがが、身長160センチと小柄で童顔なのでまるで高校生のように見えました。いや、ジョヴィンコだけではありません。ジャージ姿でリュックを背負ったイタリアU-21代表は、どう見ても部活を終えたばかりの日本の高校生と同じでした。
監督はイタリア代表44試合出場という名選手、ピエールルイジ・カシラギでしたが、なんとなく引率の先生のようにも見えました。
どこの国でも、ユース年代の選手たちはそんな朴訥とした高校生っぽい雰囲気を醸し出していたのです。
1人だけ、ちょっと異色だったのはクリスティアーノ・ロナウドでした。
ポルトガルのスポルティングの、完成したばかりのトレーニング・センターを取材に行ったときに、広報の女性に「ユース年代の選手の話を聞きたい」と頼んだのです。僕としては、無名の選手たちの声を聴くつもりだったのですが、広報が連れてきたのはなんとロナウドとリカルド・クアレスマの2人だったのです。
■18歳ですでに「天性のスター」だった
どちらも、すでにトップチームで活躍しており、ロナウドのほうはすでにA代表デビューも果たしている超有名選手でした。クアレスマは19歳、ロナウドが18歳。確かに「ユース年代の選手」ではあったのですが……。
クアレスマのほうは大人しいというか、非常にシャイな性格で小さな声でボソボソと話していました。
しかし、もう1人のロナウドのほうは快活というか、とにかく明るいロナウドでした。
「俺はマデイラ諸島出身で訛りがあったからさぁ、リスボンにやって来てからは随分からかわれちまってよ……」といった話を、明るく気さくに語ってくれました。
その後、取材が終わってトレーニング・センターの入口で帰りのタクシーを待っていたら、真っ赤なスポーツカーに乗ったロナウドが通りかかって、こちらを見て「オーイ」と手を振って颯爽と行ってしまいました。
その少年が、その後、20年以上にわたってポルトガル代表の主力として活躍することになるとは思っていませんでしたが、あの明るさはやはり持って生まれた天性のスターだったということなのでしょうか……。
もっとも、日本の部活の高校生の中にも「お祭り男」的なヤツはいっぱいいますけれどね……。