パリ五輪の第2戦マリ戦では初戦パラグアイ戦に続いて先発出場。何度も惜しいシュートを放ち、ドリブルで決定機を演出するなど…

 パリ五輪の第2戦マリ戦では初戦パラグアイ戦に続いて先発出場。何度も惜しいシュートを放ち、ドリブルで決定機を演出するなど、マリ戦の勝利に尽力し、U-23サッカー日本代表の準々決勝進出に貢献した、大岩ジャパンの背番号10番、斉藤光毅。
 独占インタビュー第7回は、斉藤の武器であるドリブルがうまくなるためにはどうすればいいのか、サッカー少年少女に代わって聞いた! 2歳上のお兄さんとの心温まる少年時代のエピソードとともに、天才ドリブラーの至言に耳を傾けよう。

「練習するしかないですね(笑)」

 続いて、斉藤選手に憧れるサッカー少年たちに、アドバイスをお願いします。斉藤選手のドリブルをマネしている少年少女が多いのですが、ドリブルがうまくなるには、どうすればいいのでしょうか?

斉藤 正直、ドリブルを練習するしかないですね(笑)。ドリブルは感覚なので、自分のアドバイス通りにしなさいと言っても、たぶん難しいと思いますし(笑)、オリジナルを目指すなら、自分なりの感覚をつけるしかないと思います。
 具体的には、誰かと1対1をずっとやって、相手にボールをとられない間合いを覚えるとか、ずっとボールに触って自分なりの(ボール)タッチを身につけるとか、それしかないですね。

――斉藤選手は、家でもボールを触っているような少年だったのでしょうか?

斉藤 公園でずっとサッカーをしていました。遊びがサッカーだったので。お兄ちゃんが2個上なので、お兄ちゃんとずっと1対1をやったり、友達を呼んでサッカーして、ドリブルして、といった少年時代でしたね。

――試合を見ていると、斉藤選手は、どちらが利き足か分からないくらい、左右、両脚とも使えるじゃないですか?

「その感覚が体に染みついていれば…」

斉藤 そうですかね(笑)。

――それは、どのようにして鍛えたのでしょうか?

斉藤 それも蹴り続けるしかないと思います。本当に感覚をつけるしかないんです。
 世界大会とかヨーロッパでプレーするときやプロになったときに、今まで感じたことがないプレッシャーを受けて、自分の本来のプレーができなくなったりするんですね。そんなときに、その感覚が体に染みついていれば、ふだん通りのプレーが可能になるんです。だから、感覚をつけるしかないなと思っています。

――マンガ的な発想で恐縮なのですが、大舞台で追い詰められたときに、もう一段階、進化する、覚醒するといった現象は、本当にあるんでしょうか? それとも、身につけた感覚の中から「ベスト」を引き出す、セレクトするといった感じでしょうか?

斉藤 極限状態の中での戦いが続いて、そうした中で何をするべきか考え続けることは、自分の経験値にもなると思うので、それも大事だと思います。

――トレーニングはもちろん大事ですが、ボールで感覚を身につけることが、サッカー選手にとって最も必要ということでしょうか?

斉藤 ドリブルに関してはそうだと思います。

――続いて、サッカー少年たちのお父さんお母さんに、アドバイスをお願いします。

斉藤光毅(さいとう・こうき) プロフィール 2001年8月10日生まれ、神奈川県出身。170センチ、61キロ。犬蔵SCから横浜FCジュニアユースを経て、横浜FCユースへ。下部組織から横浜FCで育ち、18年9月にプロ契約。J2デビューを果たすと、通算31試合で6得点。20年にチームが13年ぶりにJ1昇格を果たすと、J1通算32試合で3得点。19年には、U-20ワールドカップに出場。20年シーズン終了後に、ベルギー2部のロンメルSKへ完全移籍(29試合5得点)。22年6月に、オランダ1部のスパルタ・ロッテルダムにレンタル移籍(32試合7得点)。昨シーズンは、ハムストリングの手術で4か月、戦線を離脱するも、公式戦22試合で3得点5アシストをマーク。オランダメディアが選ぶ年間ベストイレブンに選出された。最大の武器は、ドリブルによる仕掛け。

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