試合前には傘を差さなければびしょ濡れになるほど雨が降っていたのに、試合終盤になると雲間から太陽が顔を出し、グラウンドへ灼熱の光を降り注いだ。 高校球児のパフォーマンスも、この日の天気と同じようなものなのかもしれない。7月24日、北九州市民…

 試合前には傘を差さなければびしょ濡れになるほど雨が降っていたのに、試合終盤になると雲間から太陽が顔を出し、グラウンドへ灼熱の光を降り注いだ。

 高校球児のパフォーマンスも、この日の天気と同じようなものなのかもしれない。7月24日、北九州市民球場で行なわれた高校野球・福岡大会決勝。今夏の福岡県で注目度ナンバーワンを誇ったのが、福岡大大濠のエース・柴田獅子(れお)だった。


投手として最速149キロを誇る福岡大大濠・柴田獅子

 photo by Kikuchi Takahiro

【3回途中、被安打6で降板】

 身長186センチ、体重85キロの縦にも横にも大きな体躯で、今夏は初登板となった福岡工戦で最速149キロを計測。5回参考記録ながらノーヒット・ノーランを達成している。「ドラフト上位候補」というプロスカウトの見立てもメディアを賑わせた。

 ところが、決勝戦のマウンドに立った柴田は、どこかおかしかった。

 バッテリーを組む捕手の法村航輝は、異変を敏感に察知していた。

「いつもよりボールの伸びがなくて、コントロールもあまり安定していませんでした。いつもなら真っすぐのスピンが効いていて、狙っていても打てないボールを投げられるんですけど......」

 自慢のストレートが走らない。球速も常時140キロ前後とおとなしく、縦のスライダーでしのぐしかなかった。

 2回には一死から西日本短大付の下位打線に4連打を浴びた。打たれた球種はすべてストレート。福岡大大濠の外野陣が相次ぐ好返球で援護したため1失点で切り抜けたものの、柴田が四苦八苦しているのは明らかだった。

 3回にも先頭打者にストレートをヒットにされ、送りバントを決められた時点でタイムがかかった。柴田は一塁の守備に回り、マウンドには2番手の平川絢翔(あやと)が送られた。

 わずか打者11人、しかも被安打6という内容で柴田はマウンドを降りている。前評判からすると、考えられない結果だった。

 柴田は試合後、自身の投球についてこう振り返っている。

「コンディションは万全でした。真っすぐのスピン量が前の試合よりなくて、めちゃくちゃヒットを打たれてしまって。そういうなかでも最低限のピッチングができないといけないですよね」


福岡大会決勝で2安打を放つなど打撃でも存在感を示した柴田獅子

 photo by Kikuchi Takahiro

【高校通算19本塁打の強打者】

 その一方で、打者・柴田獅子は強烈な輝きを放った。

 右投左打の柴田が悠然とバットを構えると、数字以上に大きく見える。右足を高く上げてボールを自分の間合いに呼び込み、体幹部からしならせるようにフルスイング。柔らかさと強さが共存した打撃だった。

 1打席目では先制打となるライト前ヒットを放ち、2打席目には変化球を呼び込んでレフト前に運ぶ。高校通算19本塁打の強打者らしく、バットで結果を残した。

 柴田の打撃が変わったのは、ごく最近のことだという。柴田は「バットの遠心力を使えるようになった」と語った。

「バットを最短距離の軌道で出そうとすると、ボールに当たった時の力が弱くなってしまいます。ボールに対して助走距離をとって、速いスイングスピードでとらえる練習していたんですけど、ベストの使い方が見つかりました」

 投手のリリースポイントから捕手のミットを結ぶラインにバットの軌道を入れようと模索した結果、「全身を使えるスイングになった」という副産物も手に入れた。高いレベルでも通用する打撃の素養と言っていいだろう。

 福岡大会決勝戦は2番手の平川の力投もあり、2対2の同点で終盤戦を迎えた。しかし、8回裏に西日本短大付の8番打者・山下航輝(2年)が値千金の3ラン本塁打を放って勝ち越し。9回表をエース・村上太一が締めて、西日本短大付が3年ぶり7回目の甲子園出場を決めた。

 試合後、泣きじゃくる福岡大大濠の選手たちのなかにあって、柴田は涙ひとつこぼすことなく、歓喜に沸く西日本短大付の選手たちを眺めていた。

「できることは、すべてやってきたつもりです。そこに悔いはありません」

 今後の進路を問われて、柴田はプロ志望届を提出する意向を示した。投打どちらでの挑戦になるかを聞かれると、柴田は「いや、まだわからないです。プロに行けたら考えます」と答えるにとどまった。

 マウンドに立っている時の自分と、バッターボックスにいる時の自分。どちらの自分が好きか。そう尋ねると、柴田は言葉を探すように少し考えてからこう答えた。

「楽しいのはどちらもです。ピッチャーは大変ですけど、抑えられた時にはめちゃくちゃ達成感があります。バッターもチームに貢献できた時に、同じくらい快感がありますから」

 たった一度見ただけでは、高校生の無限の可能性は測れない。投手か、打者か、それとも二刀流か。これから柴田獅子の類まれな才能がどのような形で花開くのか、まずは秋のドラフト会議がターニングポイントになりそうだ。