乙坂智インタビュー(後編)前編:ベイスターズ退団から3年、乙坂智の今はこちら>> 2011年ドラフト5位でDeNAに指名された頃から「夢はメジャーリーガー」と語り、2021年にDeNA退団後は「海外FAやポスティング(システム)じゃなく、メ…

乙坂智インタビュー(後編)

前編:ベイスターズ退団から3年、乙坂智の今はこちら>>

 2011年ドラフト5位でDeNAに指名された頃から「夢はメジャーリーガー」と語り、2021年にDeNA退団後は「海外FAやポスティング(システム)じゃなく、メジャーを目指す後進のためにもこういうルートもあるんだと示したい」と独自の道を突き進む乙坂智。メキシコ、アメリカ、ベネズエラと海外でプレーして3年目。どんな野球観が生まれているのだろうか。



海外でプレーして3年目を迎えた乙坂智/写真は球団提供

【思っていたより8倍暑い】

── 日本のファンがイメージするメキシコの野球は、高地にあるからボールが飛ぶとか、投手が変化球をうまく使うといったことだと思います。乙坂選手はどう感じていますか。

乙坂 やっぱり高地ではボールが飛びますね。でも国土が広いので、めちゃくちゃいろんな野球があります。

── 首都メキシコシティと、今季本拠地とするメリダでは全然違いますか。

乙坂 はい。だってメキシコシティでは海抜2200mくらいで野球をやっていますからね。一方、メリダの球場の特徴は、ライトから強烈な海風が吹いていて左バッターはホームランが出ないとか、湿気でボールが飛びにくいとか。

── ディアブロスのアナリストに聞いたら、高地では飛距離が出る一方、ボールの変化は少なくなると話していました。

乙坂 メリダは海抜10m。そこから高地に行った時には空気抵抗でボールの伸びが全然違うので、守備が一番難しいですね。

── 乙坂選手はXでメリダについて「思っていたより8倍暑い」と投稿していました。本当に暑いですね。

乙坂 ヤバイですよね。気温42度の時もありました。でも、慣れてきました(笑)。この前トレオンとチワワに遠征で行ってきたら、めちゃくちゃ涼しくて。メリダに帰ってきたら、「やっぱここ、暑いわ」って。

── 現地時間6月9日の試合で審判に抗議して突き飛ばし、2試合の出場停止に。

乙坂 いろんなことが重なって、ちょっと感情的になったんです。8回表、5対9で負けていて2アウト一塁。メキシコ野球の4点差なんてわからないじゃないですか。僕の打球をショートが捕って一塁に投げたら、誰が見てもセーフなんです。スローでリプレイを見てもセーフだし。でも、一塁審判が「アウト」と。ウチの監督が出てきてリクエストを求めたら、一塁塁審は「点差がある。7回以降は僅差じゃないと、リクエストはしない」と......。


今年が野球人生でベストシーズンだと語る乙坂智

 photo by Ryu Voelkel

── 僅差は何点ですか?

乙坂 そこがわからないんですよ。審判のさじ加減。でも野球選手にとって、ヒット1本がデカイじゃないですか。それでもリプレー検証を全然やってくれない。以前、本当はフォアボールのはずなのに"ファイブボール"までいったこともあったんです。そういうことも重なって、ちょっと手が出ちゃいました。

【疲れを残さないために考えすぎないこと】

── 海外に来て、打撃面で変化したことはありますか。

乙坂 日本人投手は足を上げてグッと前に来てと、投球動作で似たようなタイプが多いですが、こっちはアメリカ、メキシコ、ドミニカ、ベネズエラなど多くのタイプがいて、いろんな間合いで投げてきます。それに対応するには動きをなるべく小さくして、自分があまり動きすぎないことは大事だと感じます。

── いろんなタイプの投手に対応する必要があるのですね。

乙坂 はい。細かく言うとけっこうあって。僕はベネズエラのウインターリーグにも行きましたけど、同一カードの3連戦がなくて毎日相手が変わる。だから、配球のつながりがないんです。でもメキシコだと同一カード3連戦があって、配球のつながりはある。翌日に違うチームと対戦する場合でも、そのチームは3連戦の映像を見ているから、それも含めた配球をしてくる。あとは移動がタフなんで、疲れを残さないとか。

── 疲れを残さないためには睡眠と栄養ですか。

乙坂 そうですね。あとは考えすぎないこと。何とかなる──そういうメンタリティはマジで最強だなと思います。

── 移動は過酷ですか。

乙坂 飛行機は(メリダから遠征先の)直行便がなくて、まずはメキシコシティに行ってから経由便に乗るんです。たとえば火曜日に移動だったら、朝4時に家を出て6時の飛行機に乗って、昼過ぎにビジターについてそのまま試合とか。それはきついです。

── バス移動は?

乙坂 メリダからタバスコだと5、6時間くらい。あとはカンクンまで3時間くらいですね。


乙坂智をはじめ、安樂智大もプレーするメキシカンリーグ

 photo by Ryu Voelkel

── アメリカのアトランティックリーグ時代に10時間以上バスに乗っていたのと比べれば、何でもない?

乙坂 平気です。移動も「日本だったら」って考えちゃうじゃないですか。そう考えずに、「うわぁ、雲、きれい!」とか、いかに考えないようにするかにフォーカスします。

── 人間修行としてすごい境地ですね。

乙坂 たしかに(笑)。

── 話していると脱力感が伝わってきます。

乙坂 本当ですか(笑)。幸福度がものすごく上がりました。家のアパートでお湯が出るだけで、マジで幸せですし。これまでの"当たり前"が当たり前じゃなくなっているんで、今はいろんなことに感謝できます。

【メジャーに近づくほど壁の高さを感じる】

── メジャーリーグへの夢はどうですか?

乙坂 最初は憧れみたいな感じだったんですが......同じ「メジャーに行きたい」でも、当時と今では多少違いますね。

── 今季開幕前のインタビューで、「海外FAやポスティングじゃなくて、メジャーを目指す後進のためにもこういうルートもあるんだと示したい」と話していました。今は?

乙坂 僕が行けても行けなくても、正直どっちでもいいと思うんです。ただ、行ける可能性があるのは見えたので、それは大事かなと。もちろん達成すれば、めちゃくちゃうれしいですし、大きなことだと思います。ただ、今はそれだけじゃないって感じます。そこに行くために日々の目標を達成していくんですけど、その先にあるかもしれないし、ないかもしれない。もちろんそれを目指していますけど、日々、落ちている幸せを一つひとつ味わいながらやっている感じですね。

── メキシカンリーグからメジャーに移籍する選手はけっこういますね。

乙坂 ポスティングや海外FAじゃなくても、ここからメジャーに行く選手はいます。アトランティックリーグもそうですけど。可能性はあると思うんですよ。ただ僕自身で言うと、近づけば近づくほど「壁は高い」って感じています。

── ギリギリまで近づいても、最後の一歩が大きい?

乙坂 メキシカンリーグにも、メジャーで何年間やってきたという選手がいます。一緒にプレーすると、そんなに差がないところもあるし、一方で「ここは勝てねぇ」っていうところもある。

── たとえば?

乙坂 一番感じたのはベネズエラのウインターリーグでロナルド・アクーニャ・ジュニア(メジャーではブレーブスに所属)のプレースタイルを見た時、「スケールでかっ。やることたくさんあるわ」って。アクーニャにはバッティングについてめちゃくちゃ聞きました。「おまえ、何でも打てるじゃん」とか言ってくるんですけど、「いやいや、おまえのほうが打てるやん」って。

── 乙坂選手がメジャーに行くには何が必要だと思いますか。

乙坂 ディアブロスのラモン・フローレス(ブリュワーズほかに所属)とか、メジャー経験のある選手たちに聞いたら、全員「パワー」と言っていました。「おまえは細すぎる。メシ食え、メシ」って。こまごましたものは後からつけられるので、やっぱりエンジンが大事かなと思います。

── 食事は?

乙坂 YouTubeを見て勉強して、味噌汁をつくったりします。日本食のスーパーがあるので。やっぱり日本食がいいですよ。

【目標に向かって突き進めるのはロマン】

── メキシコで給料はどう支払われるのですか。

乙坂 2週間ごとに振り込みです。

── そのタイミングで戦力外通告もあり得ると聞きましたが......。

乙坂 いや、そのタイミングじゃなくてもあると思います。普通に、週の半ばとかでもあります。

── そういうのがちらつくことはありますか?

乙坂 余裕で。その恐怖との戦いですよ。だから、明日もみんなと戦うために今日、頑張ろうという感覚です。

── だからハングリーになるのですね。

乙坂 でも、その精神状態はけっこうきついです。だから、もうひとりの自分をつくって処理してもらっています。嫌な可能性ばかり考え出すと、もうひとりの自分に「おまえはおまえでやってて」と任せています(笑)。


今年1月、30歳になった乙坂智

 photo by Ryu Voelkel

── メキシカンリーグの年俸は安全上の理由で非公開とされていますが、ある程度出ていますか。

乙坂 (給料が発生するのは)試合がある時期だけなんで。年間で言ったら、「そこまで」です。でも、カネじゃないんですよ。そんなことでは「甘い」と言われるかもしれないけど、僕にとってここにいられる価値はものすごくデカいわけで。

── そもそも選手をできる年齢もある程度決まっていますしね。

乙坂 決まっているし、貴重だと思います。好奇心の赴くままに、目標に向かって突き進めるのはロマンですよね(笑)。

── 将来的にはいつまで野球をやろうと?

乙坂 別にいま(野球が)終わってもいいし、明日終わってもいい。そういう覚悟ですね。だから、悔いとかはまったくないです。だけど、好奇心がまだあるからやっている感じですね。

── 筒香嘉智選手が今年途中、ベイスターズに復帰しました。どう感じましたか。

乙坂 横浜の街は盛り上がるだろうなって。横浜のファンはすごいだろうなって思った記憶があります。

── 乙坂選手が日本の球団からオファーがあったら、行く可能性はありますか。

乙坂 好奇心が赴けば(笑)。すべてのコンパスの中心がここ(心の中)なので。こっち(頭)じゃないんで。

── 最後に、日本のファンにメッセージをください。

乙坂 メッセージ......。

── メキシコに見に来てよと、思いますか。

乙坂 それは思わないですね。その人が来たければ、来ればいいという感じです。

── みんな、自分の好奇心に任せて生きればいいと? 

乙坂 そうです。人生、けっこう面白いことがたくさんあるよって思います。メッセージ......僕はめちゃ元気です。おかげさまで、めちゃめちゃ幸せです。

乙坂智(おとさか・とも)/1994年1月6日、神奈川県出身。横浜高から2011年のドラフトでDeNAから5位指名を受け入団。プロ3年目の14年、プロ初打席初本塁打を記録した。19年には97試合に出場するも、レギュラーの座はつかめず、21年オフに戦力外通告を受け退団。その後、メキシカンリーグ、昨年はアメリカの独立リーグでプレーし、今年はメキシカンリーグの名門レオネス・デ・ユカタンで現役を続けている