【海外リーグで得た経験】 パリ五輪に出場する日本代表メンバーに、オポジットとして選出された宮浦健人。鎮西高3年時に出場した2017年のアジアユース選手権ではキャプテンとしてチームを優勝に導き、MVPを獲得。早稲田大に進学後は全日本インカレ4…

【海外リーグで得た経験】

 パリ五輪に出場する日本代表メンバーに、オポジットとして選出された宮浦健人。鎮西高3年時に出場した2017年のアジアユース選手権ではキャプテンとしてチームを優勝に導き、MVPを獲得。早稲田大に進学後は全日本インカレ4連覇に大きく貢献するなど結果を残し続けてきた。


自身初のオリンピック、パリ五輪に臨む宮浦

 photo by 中西美雁

 しかし、シニア代表デビューは東京五輪後のアジア選手権だった。東京五輪でオポジットとして活躍したのは、アジアユースでは宮浦の控えで、1学年下の西田有志。海星高3年時にジェイテクトSTINGSの内定選手として鮮烈なVリーグデビューを飾り、すぐにシニア代表にも抜擢されてのし上がっていく後輩に先を越されることになった。

 宮浦は2021年4月、西田と同じジェイテクトに入団し、翌年8月にはポーランドリーグに挑戦した。ポーランドリーグは、男子バレーではイタリアのセリエAやロシアリーグと並んでレベルが高い。オポジットは高身長で攻撃力の高い選手が起用されることが多いため、宮浦はスタメン出場する機会が少なく、リリーフサーバーとしての起用がほとんどだった。

 しかし宮浦はその状況もポジティブに捉え、サーブに磨きをかけた。そのシーズン終了後の2023年度のネーションズリーグ(VNL)では、なかなか調子が上がらなかった西田に代わり大活躍。ポーランドで磨いたサーブも冴え、3位決定戦のイタリア戦でも7本のエースを決めて、世界大会46年ぶりの表彰台に貢献した。

 2023-24シーズンはフランスにプレーの場を移し、パリ・バレーに所属。スタメンを勝ち取り、何度も試合ごとのMVPを獲得した。リーグ期間中、パリへと取材に訪れた際の宮浦は「やはりスタートからの起用が続くのはやりがいがありますね」と自信に満ち溢れていた。

 フランスを選んだのは、パリ五輪も意識してのことかと尋ねると、「それはあんまり関係ないです」と笑った。

「ヨーロッパの、ある程度レベルが高いリーグでプレーしたい。できればスターティングメンバーとして起用してほしい、という視点でチームを探しました」

 同シーズン途中から、日本代表の最年少アウトサイドヒッター、20歳の甲斐優斗が大学シーズン終了後にパリ・バレーに加入。それはフィリップ・ブラン監督の意向だったというが、宮浦は甲斐のプレーをこう見ていたという。

「ちょっとびっくりしましたけど、彼もすごくポテンシャルがあるので、早くから海外の高いブロックを体験できるのはいいことだと思います。実際にフランスに来てから、彼はすごく成長したと思います。僕が上から目線で言うことではないんですけどね(笑)」

 パリ・バレーでは、パナソニックパンサーズ(現大阪ブルテオン)で川村慎二前監督のアシスタントコーチを務めていたモッタ パエス・マウリシオ氏の息子がセッターとして所属している。宮浦や甲斐について聞くと、「健人はとても落ち着きがあって、パワフルなオポジット。何よりもサーブがすごい。すごく回転がかかって曲がるんだよ。だから、彼がサーブの時はブレイクをとれることが多いね。セッターとしても、彼には安心して(トスを)上げられる。優斗はいつも笑顔だから、コートもハッピーになるよ」と答えてくれた。

 宮浦はフランスでの自身の成長について、次のように手ごたえを語る。

「海外でプレーするようになって、視野が広がったというか、いろいろ成長ができたと思います。そして、常に高いブロックに対応してきたことは、代表でいいプレーをするためにも役立っていると思います」

【ネーションズリーグで見せた"らしくない"姿】

 宮浦はパリで、初めてオリンピックの舞台に立つ。共に戦う西田はスタメンを争うライバルでもあるが、その西田が活躍した東京五輪に出場できなかったことに対しては「もどかしさはありました。ただ、それは自分の実力不足が原因。自分で努力して積み増ししていくものですから」と静かに答えた。

 昨秋のワールドカップで五輪出場権を手にした男子日本代表にとって、今年度のVNLは本戦の12名を選出する選考の場であり、チームをブラッシュアップする場でもあった。5月に行なわれた始動会見ではVNLに参加する選手16名が出席。ブラン監督は「ここにいるメンバーでVNLを戦う。つまり、この中から五輪出場メンバーを選出するのが基本的な考えだ」と発表した。


ネーションズリーグでは徐々に調子を上げていった

 photo by 坂本清

 日本男子が16年ぶりに五輪出場を果たした2008年の北京五輪は、本戦で1勝も挙げることができなかった。当時の出場選手たちに話を聞くと、「直前のオリンピック最終予選ですべてを使い果たした」という声が多く聞かれる。それだけに、すでに出場権を確保していた日本がこのVNLをどう戦うのか、その中でだれがパリ五輪メンバーに選ばれるのかが注目された。

 第1週目のブラジルラウンドは、直前までセリエAでプレーオフを戦っていた石川祐希と髙橋藍の合流が見送られた。宮浦はそこで"点取り屋"としてアピールすると同時に、ディグ(スパイクレシーブ)やつなぎでも西田に劣らないことを見せたいところだったが、パフォーマンスを100%発揮できているとは言い難かった。

 4月の沖縄合宿でも、腹筋を痛めていた宮浦は別メニュー。その影響もあったのだろうが、本人は「コンディション維持も選手のやるべきことのひとつなので、それは言い訳にならないです」と唇を噛んだ。

 しかし徐々に調子を上げ、"らしくない"姿を見せたのは第3週のフィリピンラウンドでのこと。宮浦は得点するごとに咆哮し、それまでの寡黙なイメージが覆った。解説の福澤達哉氏が「あれは意識してやっていたのですか?」と質問する場面もあったが、「ここしばらく力を発揮できない状態が続いて、何かしら殻を破ろうとして、あえてそうしました」と答えた。

 石川も以前は淡々とプレーするタイプだったが、次第に感情を表に出し、周りを鼓舞するようになった。VNLでの宮浦の変化は、日本にとって頼もしい。

 そして、6月24日に発表されたパリ五輪メンバー12人に、宮浦も名を連ねた。VNLの時点で2名だったオポジットは落選する可能性が低かったが、コート内でのピリピリした雰囲気は感じていたという。

「メンバーが発表されて、少しホッとしましたね。そこからチームで、『パリ五輪でメダルを持って帰ろう』という目標をあらためて確認しました。

 そしてVNLファイナルラウンドでは、チーム最高の準優勝という結果を手にすることができた。石川選手も言っていたように、決勝の舞台を経験したことで、さらに戦い方が"わかった"と思います。チームスポーツですから、『自分が自分が』ということではなく、自分のために、そしてチームのために、やるべきことに集中してそれを果たすのみです」

 VNL期間中の6月7日には、パリ五輪終了後のシーズンを古巣ジェイテクトでプレーすることが発表された。サントリーサンバーズ大阪に移籍する髙橋藍と共に、2027年シーズンまでの完全なプロリーグ化を目指して新設される「SVリーグ」の目玉になる看板選手のひとりとして、活躍が期待されている。

「本音を言うと、もう少し海外でプレーしたい気持ちもありましたが、日本のリーグが注目を集めていて期待されているのを感じるので、そこに自分も加わることができて嬉しいですね。ただ、とにかくその前にパリ五輪。必ずメダルを獲って帰ってきます」

 自身、チーム、そして日本バレー界の未来のために。宮浦がパリの舞台に挑む。

【プロフィール】
宮浦健人(みやうら・けんと)

1999年2月22日生まれ。熊本県出身、190cm。オポジット。鎮西高から早稲田大学に進学し、インカレ4連覇に貢献。在学中、ジェイテクトSTINGSの内定選手として入団。22年にポーランドのスタル・ニサに移籍し、1シーズンを過ごしたあとフランスのパリ・バレーに移籍。今年6月、ジェイテクトSTINGSへの復帰を発表した。