モードの最先端をけん引するスターデザイナーからテーラーへ、驚きの転身を遂げたファッション界のカリスマ、信國太志さん。 サーフィン愛好家としても知られる信國さんは今、テーラーのノウハウを盛り込んだウェットスーツを開発している。その経緯や、気…

 モードの最先端をけん引するスターデザイナーからテーラーへ、驚きの転身を遂げたファッション界のカリスマ、信國太志さん。

 サーフィン愛好家としても知られる信國さんは今、テーラーのノウハウを盛り込んだウェットスーツを開発している。その経緯や、気になるこだわりのポイントを聞いた。

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テーラーメイドの圧倒的な着心地をウェットスーツに応用

 自身のブランド「TAISHI NOBUKUNI」はもちろん、「TAKEO KIKUCHI」のクリエイティブディレクターも務めるなど、ファッションデザイナーとして華やかな表舞台で活躍していた信國さん。突如テーラーという職人に転身したのは、およそ6年前のことだった。

 老舗での修行の後、すぐさまテーラーサロンを立ち上げ、今日までメンズスーツを中心にさまざまな服をその手で仕立ててきた。そんな信國さんが、なぜウェットスーツの開発に至ったのか?

「行きつけのサーフショップやウェットスーツメーカーの方々と、テーラー目線でウェットスーツを作ったらどうかという話で盛り上がったのがきっかけです」

 話の中で信國さんはテーラーとして培ったノウハウを生かすことで、ウェットスーツの着心地を改善できると思ったという。

「例えば、僕はテーラリングで胸や肩の前面のボリューム――いわばゆとりですね、そこを大切にしています。なぜなら、そうやって作った服を着たときの圧倒的な着心地の良さに、僕自身が感動したからです。その要素をウェットスーツにも適用できるのではないかと思いました」

胸回りのゆとりで呼吸が楽になり、疲労しない

 既製服は大まかに言うと前面と後面のパーツを張り合わせて作る、いわば平面的なもの。一方、テーラリングではより緻密に立体感を持たせると信國さんは話す。

「前後の布を張り合わせるだけなので、既製服は胸回りのゆとりを前後に持たせることが難しく、たいてい体の脇にボリュームを作ります。その点、僕はダーツ(筆者註:立体的に仕立てるためのカッティングやパターンメイキング、縫い消しの技法)などの縦割りのカッティングも用いて、胸の前後にボリュームを持たせるので、着心地もシルエットも良くなります。ウェットスーツも基本的に前後で張り合わせているのですが、今回の開発ではテーラードジャケットと同じようにダーツなどを入れて立体感を持たせ、胸や肩の前後、肩甲骨周りにゆとりを持たせています」

 メーカーによる絶え間ない機能向上も、今回のウェットスーツ開発に寄与していると信國さんはいう。特に首回りからの浸水を大幅に防ぐネックエントリーが、ゆとりの実現につながっているようだ。

「水の浸入を防ぐために、これまでウェットスーツは体にピタピタのサイズで作られてきました。今では首周りからの浸水をだいぶ防げるようになったので、今回のウェットスーツではサイズに多少のゆとりを持たせられています」

 今回はメーカーから届いた新たなサンプルをお持ちいただいたが、これ以前にもサンプルは作られ、すでに信國さんは海で何度も試着しているのだとか。果たしてその感想は?

「肩などの可動域も広がりましたが、何より改善されたのは呼吸ですね。肺が圧迫されないので、呼吸がすごく楽になり、何時間でもサーフィンを続けられそうなくらいです。これまで、主に呼吸で疲労していたのだなというのが、よくわかりましたね。呼吸が制限されると、筋肉に酸素も行き渡らないですし」

 可動域の広がりは何となく予測できたが、呼吸の改善は盲点だった。なお、開発はまだ途上で、これからも続いていくという。

テーラードパンツのノウハウで足の動きも改善

「ここまでの開発は概ね順調ですね。今後取り組みたいのは下半身、足の動きの改善です。僕はテーラリングでパンツを作るときも、ジャケットの胸と同様に、ふくらはぎなどのボリュームや足のカーブに合わせた仕立てを大切にしています。それもウェットスーツに生かせるはずです」

 かねてからテーラーの仕立てではふくらはぎや胸、肩甲骨などの部分のアイロンワークが重要だと説いてきた信國さん。ウェットスーツの素材にはアイロンは使えないものの、そこもテーラリングの手法でカバーできるという。

「テーラーの職人が既存服を作ることもあり、その場合はコスト的にアイロンを使えないことがほとんどです。そうしたケースでは、普段アイロンで仕立てるふくらみにカッティングで近づけるという手法があるんですよ。同じ手法をウェットスーツにも用いています」

 ウェットスーツの気になる発売時期はまだ決まっていないとのこと。ちなみに、完成した暁にはどんな人に着てもらいたいか、信國さんに聞いてみると……。

「ウェットスーツに見た目のオシャレを求めるのではなく、純粋にサーフィンのしやすさを求める人ですね。僕自身のサーフスタイルも見た目重視ではありません。人からどう見えるではなく、自分が没頭したいタイプなので、ある意味、そのためのスーツを作っているとも言えます」

 圧倒的な着心地でパフォーマンスを引き出してくれそうな信國さんのウェットスーツ。完成が待ち遠しい人も多いのでは?

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⇒後編に続く
信國太志が見据える「僕にとってサーフィンが必要なくなる日」(後編)

[プロフィール]
信國太志(のぶくに・たいし)
1970年生まれ、熊本県出身。セントマーティン美術学校、修士課程(ウィメンズウエア)修了。1998年に自身のブランド「TAISHI NOBUKUNI」を設立し、2004年~2008年に「TAKEO KIKUCHI」のクリエイティブディレクターを務めるなど、ファッションデザインーとして第一線で活躍。2011年テーラーに転身し「the CRAFTIVISM」を設立

<Text : 保足浩司(H14)/Photo:竹内けい子>

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