森保監督に推薦したい左SBスペシャリスト荻原拓也(ディナモ・ザグレブ)インタビュー後編「足はボロボロ。ピッチはデコボコ。シャワーも浴びられない」 現地時間5月11日、ディナモ・ザグレブがクロアチアリーグ7連覇を決めた。その祝勝会で、荻原拓也…

森保監督に推薦したい左SBスペシャリスト
荻原拓也(ディナモ・ザグレブ)インタビュー後編

「足はボロボロ。ピッチはデコボコ。シャワーも浴びられない」

 現地時間5月11日、ディナモ・ザグレブがクロアチアリーグ7連覇を決めた。その祝勝会で、荻原拓也はファン・サポーターの前に出ると、勢いに任せて歌った。

「MCから急に自分の名前を呼ばれて、なんだ、なんだと思っていたら、通訳の人から『歌え』って言われて。マジかと思ったけど、前に出て訳もわからず歌いました」

 イベントが終わると、通訳に言われた。

「オギ(荻原)は本当に最高だね。今日の祝勝会で、何人の選手がマイクを持って、前に出て話したか覚えている?」

 そう言われて思い出してみると、チームの中心選手か、在籍年数の長い選手、もしくはベテランと言われる選手たち数人だけだった。

「加入したばかりで、しかも年齢の若い選手で前に出たのはオギだけだよ。それがどれだけすごいことかわかる?」

 在籍期間は半年だが、ディナモ・ザグレブの一員になれている証(あかし)だった。


荻原拓也は日本代表に「絶対に入りたい」と断言

 photo by Sano Miki

 少しさかのぼること5月6日、ディナモ・ザグレブはアウェーに乗り込み、リーグ第33節を戦った。相手はタイトルを争う2位のHNKリエカだった。

「昨季のクロアチアリーグは、ディナモ・ザグレブとリエカとの二強のような状況でした。自分が加入した時は3位くらいだったのですが、そこからディナモ・ザグレブも勝ち点を積み重ねて首位に立った。リエカ戦は上位同士の直接対決で、勝ったほうが優勝するといっても過言ではない状況でした」

 ケガの影響もあり出場機会を得られずにいた荻原に、その大一番で出番が回ってくる。0-1で迎えた70分、声がかかる。キャプテンのFWブルーノ・ペトコヴィッチがFKを決めて1-1とした試合終了間際、荻原は結果を残した。

「低い位置でボールを受けて、それを前線につけただけのパスなんですけど、それがゴールに直結するようなプレーになったんです。自分で言うのは少し恥ずかしいですけど、グラウンダーの絶妙なパスでした。パスを受けたアルベル・ホッジャのドリブルとシュートもスーパーでしたが、自分のパスが逆転ゴールにつながったのはうれしかったです」

【みんなで朝までどんちゃん騒ぎしていた】

 練習でも、試合でも、ブレることなく、今の自分にできることを100パーセント示そうと努力してきた結果でもあった。

「そのマインドによって、チャンスが来た時にちゃんと力を発揮できた。それがとんでもない自信になって、自分のなかで、間違いじゃなかった、続けてきてよかったなって思うことができました」

 日本とは異なる文化でひとり、戦うことで掴んだ確かな成長でもある。

 リエカ戦に2-1で勝利したあとにも、荻原は文化の違いを大きく噛み締めていた。

「性格的なところも相まって、チームメイトのみんなが自分に対して好感を抱いてくれていたのはわかっていましたけど、大一番で結果を出したら手のひら返しとまでは言わないけど、今まで以上に距離感が変わって。

 以前は『お前の能力も、ポテンシャルも認めている』みたいな感じで言ってくれていたんですけど、アシストしたあとは、それがもう何十倍にも膨れあがるみたいな。それこそ大一番に勝ったことで、お祭り騒ぎみたいになっていました」

 アウェーでの試合を終えて、ザグレブのクラブハウスに戻ると、大勢のファン・サポーターが出迎えてくれた。いくつもの発煙筒が焚かれ、数えきれないほどの花火が打ち上げられる光景に、さすがの荻原も驚いた。

「別に(その勝利で)リーグ優勝が決まったわけじゃないんですよ? 優勝が決まったわけじゃないのに、クラブハウスでチームメイトのみんなも、朝までどんちゃん騒ぎしていた」

 その時も荻原は、光栄なことに"ご指名"を受けた。

「ロッカールームで、チームメイトから『テーブルの上に立って踊れ』って言われて。2秒ぐらいで覚悟を決めて、行動に出ました。『マジでやりたくない』っていうのが1秒あって、そこから1秒で覚悟を決めるんです」

 その性格、コミュニケーション能力も、受け入れられたポイントだろう。

「通訳の方がすばらしくて、本当に支えてくれているのですが、やっぱり言葉の壁はある。それでもチームメイトは、僕がクロアチア語を話せるわけじゃないのに、わざと話しわけてくるんです。『全然、しゃべれないなー』とか言って(笑)。

 それでも、コミュニケーションを取ってくれる。もともと(金子)拓郎くんがいたからか、チームメイトも日本語で話してくる。ホント、どこから仕入れてきたっていうくらい、意味のわからない日本語を叫んできたりするんですけどね」

 それに負けじとリアクションするから、チームメイトは受け入れてくれたし、さらなるコミュニケーションも生まれたのだろう。

【もっと日本について勉強しておけばよかった】

 荻原のアシストもあり、リエカに逆転勝利したディナモ・ザグレブは、第34節でNKオシエクにも勝利すると、7年連続、通算25回目となるリーグ優勝を達成する。

 その後、カップ戦の決勝で先発出場した荻原は、二冠に貢献した。

「リーグ戦は年間を通して戦うものなので、半年しか在籍していないし、ましてやピッチに立った時間なんてごくわずかなのに、こんなにもうれしくて、こんなにも満足感があるものなかって思いました。

 性格的に自分を下げるタイプなので、今までなら『自分なんて全然、貢献してないから喜んじゃいけない』って思うはずなのに、あのワンプレーだけでもチームに貢献できたことが自信につながったし、試合に出られない時もサッカーに向き合ってきてよかったなって思いました」

 そう言って「今までの自分は自信家とは対極にいるような人間だったのに、クロアチアに来て、人生を含めて楽しもうというマインドがかけ合わさりました」と笑う。そして「そんな自分が今、おもしろい」と胸を張った。

 クロアチアという国、ザグレブという町にも影響を受けている。

「浦和レッズの応援は、今回帰国してスタジアムに行った時も、あらためてすごいなって思わされました。一方、クロアチアでは町全体がサッカーを楽しみ、知っているような雰囲気や感覚がある。

 クロアチアは娯楽も少ない分、どこに行ってもサッカーが流れている。それこそ、楽しむところなんてバーくらい。そのお店に入るとモニターがあって、必ずサッカーが流れている」

 日々の生活のなかで、サッカーの本質に触れたことで、思考にも変化をもたらしている。

「海外で暮らしてわずか半年ですけど、もっといろんなことを勉強しておけばよかった。たとえば自分が生まれた国の歴史とか政策についても、もっと知っておけばよかったなって思いました。それを英語で説明するのはもっと難しいことですけど、自分の国がどういう歴史を歩んできたのか、クロアチアでも日本はいい国だって言ってくれるけど、どの部分がいいのかと思ったりした部分もあったからです」

【橋岡大樹の存在には「常にありがとう」】

 サッカーにおいても同様だ。

「ディナモ・ザグレブの選手はみんな、しっかり練習しているんですよね。練習の1時間前にクラブハウスに行くと、みんなジムで汗を流している。しかも、やれって言われたからやっているのではなく、彼らにとっては当たり前なんですよね。

 それと一緒で、組織としてオーガナイズされていないところがあっても、きっと気にしていない。純粋にサッカーを楽しんでいるし、試合に出る・出ないが自分の幸福度に直結していないように感じます。

 それにはビックリしたけど、確かにそうだなって。試合に出る・出ないだけが幸福度や充実度を測るモノサシではなくて、自分のなかにあるバロメーターさえブレなければ、毎日が幸せで充実すると思うようになりました」

 リーグ優勝を達成した祝勝会で、チームに受け入れられていることを実感した荻原は、同時に思っていたことがあった。

「まだ自分のプレーは全然、示せたとは言えない、もっと本来のプレーができるようになったら、どういう反応を示してもらえるのだろうか。(新シーズンは)絶対にやってやろう」

 そして、荻原は言う。

「純粋に好きになれた国、町、クラブに自分の力を還元しないと、自分がここに来た意味はない。試合に出ることはもちろんですけど、まずは日々しっかりやることで、ピッチに立った時に最高のパフォーマンスを発揮することが、サッカー選手である自分の使命だと思います。たぶん、悔しいのは試合の勝ち負けはもちろん、それ以上に自分の力が100パーセント出せないことだと思うので」

 クロアチアで揉まれ、成長を実感したからこそ、最後に聞きたいことがあった。浦和レッズジュニアユース時代からの同期である橋岡大樹が日本代表に名を連ね、プレミアリーグでプレーする今、「自分も」という思いがあるのではないかと──。

「大樹のことを意識していないっていうのは簡単ですよ。もちろん、悔しさはあるんですけど、あいつは友だちだし、接していて気持ちのいいヤツ。だから、悔しいというよりも、俺もがんばろうって思わせてくれる存在。

 サッカー人生において、大樹の存在には『常にありがとう』って思ってきました。だって、あいつがいなかったら、もっとどこかで足踏みしていたかもしれない。あいつの存在が(自分の)アクセルを踏む要素になっている」

【左SBのスペシャリストとしての矜持】

 左利きの左サイドバック(SB)である。

「日本代表には絶対に入りたい。それは2年前くらいから意識しています。今の日本代表を見ても、左SBが専門職の人は長友佑都さんくらい。その状況は、左SBを本職としている選手としては情けないっていうか。何なら左SBが本職じゃない選手を起用せざるを得ない森保(一)監督に、申し訳ないなって思っています」

 来季はプレーオフを勝ち抜けば、UEFAチャンピオンズリーグの本戦に出場する可能性もある。荻原はクロアチアからアピールしていく。その言葉はたくましく、きっと、そのプレーは力強い。

<了>

【profile】
荻原拓也(おぎわら・たくや)
1999年11月23日生まれ、埼玉県川越市出身。浦和レッズのジュニアユースから育成組織でプレーし、2018年にトップチームに入団。2020年8月〜はアルビレックス新潟、2021年〜2022年は京都サンガF.C.に期限付き移籍で経験を積み、2023年に浦和復帰後も左サイドバックのスペシャリストとして活躍。2024年1月から期限付き移籍でクロアチアのディナモ・ザグレブでプレーしている。日本代表歴はU-18、U-19、U-20を経験。ポジション=DF。身長175cm、体重73kg。