金沢高×和歌山東 ゲームレポート(前編) 高校生はひと冬越えたら化ける──。 ドラフト界隈では、そんな定説がある。毎年、春を迎えると新鋭が台頭して、ドラフト戦線に急浮上する。今春も金沢高(石川)の遊撃手・齋藤大翔(ひろと)や、和歌山東(和歌…

金沢高×和歌山東 ゲームレポート(前編)

 高校生はひと冬越えたら化ける──。

 ドラフト界隈では、そんな定説がある。毎年、春を迎えると新鋭が台頭して、ドラフト戦線に急浮上する。今春も金沢高(石川)の遊撃手・齋藤大翔(ひろと)や、和歌山東(和歌山)の強打者・谷村剛がスカウト陣から注目を浴びた。

 齋藤は身長181センチ、体重76キロ、右投右打の遊撃手。超高校級の快足と投手としても140キロを計測する強肩の持ち主と評判だった。一方の谷村は身長177センチ、体重79キロ、右投左打の三塁手。確実性と力強さを併せ持つ強打者で、和歌山の高校野球関係者の間では「紀州の角中勝也(ロッテ)」という声もあがっているという。

 そんな金沢と和歌山東が練習試合を組むという情報を聞きつけ、6月上旬に石川県能美郡川北町にある金沢高校駒谷記念球場へと足を運んだ。バックネット裏には朝からスカウト陣が続々と押し寄せ、なかには編成幹部を引き連れ3人体制で視察に訪れた球団もあった。

 ここからは齋藤と谷村のプレーぶりやパーソナリティーについて、個別に深掘りしていこう。今回はドラフト上位候補の声もある、齋藤について。


高い守備力を誇る金沢高の遊撃手・齋藤大翔

 photo by Kikuchi Takahiro

【室内練習場で鍛えられた守備力】

 金沢は釜田佳直(元・楽天)を擁した2011年夏を最後に甲子園から遠ざかっているものの、今年は齋藤だけでなく140キロ台中盤の速球を武器にするエース右腕・山本悠人がおり、甲子園を狙える陣容だ。

 金沢の武部佳太監督は、石川県の高校野球にまつわる意外な事情を明かした。

「このグラウンドに来られるのも年に半分くらいなんです。冬場は雪が降って、金沢市は降水量も多いので、雨の日は学校に隣接する室内練習場で練習するしかありません」

 そして、武部監督は力強くこう続けた。

「私は、齋藤の礎(いしずえ)は室内練習の基礎練習でつくられたと考えています。地味なゴロ捕球、キャッチボールを大事にしてきたからこそ、今があります。彼は昨夏の大会で負けたあとも涙を流すことなく、自分から『キャプテンをやりたい』と言ってきました。それくらい取り組みがずば抜けていますし、面白くないことを一生懸命にやれる子なんです」

 試合前のキャッチボール、ノック、試合中の守備を見ても、齋藤の守備力は際立っていた。ただ運動能力に任せるのではなく、たしかな技術に裏打ちされているのが印象的だった。グラブが常に低い位置にあり、打ち取った打球を着実にさばく。さらに一歩目からスローイングに至るまで動作に余計な力みがなく、熟練のムードがある。見るからに、守備にこだわりがあることが伝わってきた。

 齋藤に守備について聞いてみると、こんな思いを語ってくれた。

「今年の冬場にチームとして『守備に目を向けていこう』と話していて、個人としても課題にしてきました。室内練習でゴロ捕球をずっとやって、スローイングも目標になるネットのその先に向けて投げることを意識してきました。もともと肩は周りより強いほうだったのですが、そのせいで変な体勢からでも投げていて、スローイングがブレていたんです。今はいい形で捕って、ステップしてラクに投げるようになってから、コントロールがブレなくなりました」

 今年は石塚裕惺(花咲徳栄)、森駿太(桐光学園)、今坂幸暉(大阪学院大高)など高校生遊撃手にドラフト候補が多い。そのなかにあっても、齋藤の守備力はトップレベルに位置しているはずだ。

【進路はプロ一本】

 一方で、打撃面は和歌山東との練習試合で2打数0安打2四球。打球を見ても特別に力強さを感じることはなく、物足りなく映った。本人に打撃の話題を向けても、途端にトーンダウンするのが伝わってきた。

「あくまで自分の感覚なんですけど、練習試合ではあまり打てる気がしないんです。バッティングはあまり自信がなくて......」

 そう言いつつも、齋藤はこう続けた。

「ただ、公式戦になると、いきなり打てる気がするんです」

 6月上旬の時点で、齋藤の高校通算本塁打数は12本。そのうち6本を公式戦で放っており、昨夏の金沢大会では日本航空石川戦での2本塁打など計3本塁打を記録した。

 和歌山東との練習試合中、こんなシーンがあった。0対0で迎えた4回裏の第2打席、先頭打者として打席に入った齋藤は、初球から2球連続でセーフティーバントの構えを見せた。結果的にボール球となりバントはしなかったが、ふつうのドラフト候補ならバックネット裏のスカウトにスイングでアピールしたくなるもの。いくら齋藤が俊足の選手でも、セーフティーバントを試みる理由がわからなかった。

 試合後に齋藤に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「サードの谷村くんの肩が強いことを知っていたので、『ここでセーフになったら相手はイヤやろうな』と思って、動揺を誘うためにバントしようと思いました」

 ただポテンシャルがあるだけでなく、考えてプレーすることもできる。そんな齋藤の一面が垣間見えた受け答えだった。

 そして、この選手の内面を貫くのは、強烈な負けん気である。こちらが冗談めかして「もっと早く自分を(記事で)取り上げろよと思っていなかった?」と尋ねると、齋藤は「はい」とうなずいてこう答えた。

「今まで個人として『負けている』と感じた選手はいなかったので。星稜の選手なんかが取り上げられているのを見ると、悔しかったですね。だから星稜を倒して甲子園に行くことをモチベーションにしてきました」

 希望進路は「プロ一本」に絞っている。もしプロに行けたら、どんな選手になりたいかと尋ねると、齋藤は強い口調でこう答えた。

「まず、新人王を獲りたいです」

 念のため「高卒1年目からですか?」と確認すると、齋藤は「そうです」と笑った。

 大学生ながら即戦力級の守備力を誇る宗山塁(明治大)について聞くと、「どの位置からでも強い送球ができて、あの守備はヤバいです」と語りつつ、こう続けた。

「でも、負けたくないです。プロに行けたら同期入団になるので」

 運動能力、思考力、負けじ魂......。高い次元で生き抜ける要素は揃っている。

 夏の石川大会初戦は7月15日、小松戦(石川県立野球場)。齋藤大翔の名前が全国区になる日はそう遠くないだろう。

後編につづく>>