ユーロ2024準々決勝、スペイン対ドイツ戦。前半8分、トニ・クロース(レアル・マドリード)の厳しいタックルを浴び負傷退場したペドリ(バルセロナ)には申し訳ないが、その結果、ダニ・オルモ(ライプツィヒ)の登場時間が早まり、結果的にプレー時間…

 ユーロ2024準々決勝、スペイン対ドイツ戦。前半8分、トニ・クロース(レアル・マドリード)の厳しいタックルを浴び負傷退場したペドリ(バルセロナ)には申し訳ないが、その結果、ダニ・オルモ(ライプツィヒ)の登場時間が早まり、結果的にプレー時間が長くなったことが、スペイン勝利の決め手になった(カッコ内は2023-24シーズンの所属チーム。以下同)。

 ラウンド16までの4戦中3試合に出場しているダニ・オルモ。だが、ターンオーバーでの臨んだ3戦目のアルバニア戦以外は交代出場で、初戦(クロアチア戦)は後半14分、4戦目(ジョージア戦)は後半7分からの登場だった。この日、自ら先制点を叩き出した後半6分には、いつもならピッチに立っていなかったことになる。

 右ウイング、ラミン・ヤマル(バルセロナ)がドイツの左サイドバック(SB)ダビト・ラウム(ライプツィヒ)に1対1を仕掛けている瞬間だった。前線に空いたオープンスペースに忍者のごとく軽快に走り込んだダニ・オルモは、流し込むようなシュートをゴール左隅に決めた。ダニ・オルモより中盤的な特性の持ち主であるペドリに、この役はできなかったのではないか。ダニ・オルモを乗せてしまったことが、ドイツの敗因と言えば敗因になる。



先制ゴールを決めスペインの勝利に貢献したダニ・オルモ photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 前半はほぼ互角。時計の針が速く進む水準の高い好試合であることは確かだったが、ドイツが完全ホームであることを考えると、6対4でスペインと言うべきかもしれない。その流れは後半も続く。ダニ・オルモの先制点はそうした状況下で生まれた。この時、試合が延長にもつれ込むムードはなかった。

 だが先制点の12分後、疲れの見え始めた16歳のヤマルがベンチに下がった頃から、ドイツはジワジワ反撃ムードを加速させていく。後半25分にロベルト・アンドリッヒ(レバークーゼン)が際どいシュートを放ちスペインのGKウナイ・シモン(アスレティック・ビルバオ)を泳がせば、後半32分にはフロリアン・ヴィルツ(レバークーゼン)の折り返しに合わせたニコラス・フュルクルク(ドルトムント)がポスト直撃弾を放つ。

 さらに後半35分、左ウイングのニコ・ウィリアムズ(アスレティック・ビルバオ)がベンチに下がり、自慢の両ウイングがいずれもピッチから退くと、スペインの攻撃から鋭さが失われていった。

【余力を残していたスペイン】

 同点弾が生まれたのは後半44分。なんとかクリンチで試合終了まで逃れるかに見えたスペインだったが、最後の最後で追いつかれた。交代で入った左SBマクシミリアン・ミッテルシュタット(シュツットガルト)のクロスを、右SBヨシュア・キミッヒ(バイエルン)が頭で落とし、ヴィルツがそれを蹴り込んだのだった。

 終盤、しゃにむに追い込む姿を見て想起したのは、ゲルマン魂を全開にさせていたかつてのドイツだ。

 その昔、ドイツには、1点リードしていても油断はならなかった。相手はライオンに睨まれたその他の動物と化したものだ。最盛期は2点リードでも危なかった。1点差にされれば、同点になるのは時間の問題に見えたほどだ。

 しかも舞台はドイツ人が8、9割を占めるシュツットガルト・アレーナである。もしかつてのドイツとかつてのスペインの対戦なら、同点となった瞬間、結果は見えたも同然だったろう。

 だが、延長戦に入り、余力はスペインに残されているように感じた。ニコとヤマルが去った後のピッチは、飛車角を奪われた盤上の展開を見るかのようだったが、少なくとも左には鋭さが蘇った。ダニ・オルモがウインガーとして配置されたことと大きな関係がある。

 キミッヒに対して優位な関係に立ったことが大きかった。ドイツの攻撃はその時、右攻めが9割を占めていた。レロイ・サネ(バイエルン)に代わって投入されたヴィルツは、ウインガーと言うよりシャドーっぽいポジションを取る選手で、右のサイドアタックはキミッヒひとりに委ねられていた。そのキミッヒが守備で後手を踏み始めた。

 ドイツの攻撃はそれまで以上に真ん中に寄った。左は、同点弾こそ左SBミッテルシュタットからのクロスが起点となったが、その他は無いに等しかった。ジャマル・ムシアラはバイエルンでのプレー同様、左で構える時間が少なく、トップ下、あるいはシャードー然としてプレーしていた。左の最深部からの折り返しはまったく望めない状況にあった。

 つまり、ドイツはスペインに比べて攻撃の絶対的な幅で大きく劣った。フュルクルクの長身を頼る強引で質の低いプレーが時間の経過とともに増していった。

【両チームの違いを象徴した決勝点のシーン】

 左からダニ・オルモが、中央で構えるミケル・メリーノ(レアル・ソシエダ)に右足で柔らかいボールを入れ込んだのは、延長後半13分50秒だった。

 右のライン際で、ヤマルに代わって投入されたフェラン・トーレス(バルセロナ)が、ドリブルを引っかけられたプレーが起点になった。これを拾った右SBダニエル・カルバハル(レアル・マドリード)は、すかさず内寄りに構えていた逆サイドの左SBマルク・ククレジャ(チェルシー)に、サイドチェンジ気味にパスを展開。ダニ・オルモはそのククレジャからのパスを左ウイングの位置で受けたのだった。

 トーレスのボールロストからダニ・オルモのアシストまで約8秒。ボールはその間にピッチの右から左に大きく展開されていた。ドイツには絶対に望めないプレーとはこのことである。ドイツの守備陣は左から右に視線を大きく振られることになった。その結果、ダニ・オルモのボールをメリーノはフリーで受けることができた。高々としたジャンプから上体をグイと捻ると、ボールはドイツゴールに静かに吸い込まれていった。このまさに劇的な一撃は、ドイツとスペインの違いを象徴するプレーでもあった。

 逆サイドを見るカルバハルのしたたかな目。それを受けたククレジャは、左の大外で構えるダニ・オルモにパスを出すと、パス&ゴーで前進、ダニ・オルモと対峙していたキミッヒの目を幻惑させた。ダニ・オルモとの間隔は、優に3~4メートル空いていた。また、このスペインの左サイド対ドイツの右サイドの攻防に、ドイツの右ウイングは参加していない。サイドで数的優位を作られたことが決勝ゴールに繋がった。

 ククレジャは延長後半開始早々、エリア内でハンドを犯している。引いた手に当たったという感じだったが、アンソニー・テーラー主審とVAR室は、これを反則に取らなかった。ドイツにとっては痛いジャッジになった。しかし、そのワンプレー前でトーマス・ミュラー(バイエルン)のパスを受けたフィルクルクの動きが、オフサイドだった可能性も否定できない。どうジャッジした結果、流したのか。運のあるなしで片付けるには重要すぎる判定だった。

 ともあれ、展開的に理に適ったサッカーをしていたチームかを判定するならスペインになる。ドイツの敗因を主審のジャッジだけに求めるというわけにはいかない。チームで最も能力の高いムシアラが本領を発揮できなかった事実を忘れてはならない。2023-24シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝でバイエルンがレアル・マドリードに敗れる姿と重なった人は少なくないはずだ。