東洋大・松井海斗は味方のアクシデントにも動じずに走りきった photo by 和田悟志 6月23日、神奈川・相模原ギオンスタジアムで行なわれた全日本大学駅伝の関東地区選考会。2年ぶりに選考会に回った東洋大学は全体2位で17大会連続の出場を…
東洋大・松井海斗は味方のアクシデントにも動じずに走りきった
photo by 和田悟志
6月23日、神奈川・相模原ギオンスタジアムで行なわれた全日本大学駅伝の関東地区選考会。2年ぶりに選考会に回った東洋大学は全体2位で17大会連続の出場を決めた。各校2選手ずつ4組に分かれて1万メートルを走るレースでは、4年生の石田洸介が3組1着で復活を印象付ける働きを見せたが、オープニングの1組目にも会場を沸かせる鉄紺の注目ランナーがいた。埼玉栄高校出身のルーキー、松井海斗だ。
【先輩の異変に発奮しさらなる激走】
強豪の東洋大ですでに主力のひとりになりつつある1年生の松井海斗は、酒井俊幸監督から発破をかけられていたという。
「トップを取ってこい。チームに勢いをつけるんだ」
期待を懸けられていたルーキーは勝負どころで持ち味を生かし、痛快なレースを見せる。
序盤は指揮官の指示どおり、3年生の岸本遼太郎とともにふたりで先頭を引っ張った。理想は先行逃げ切り。ただ、当初のプランは3000m付近で早くも狂う。一緒に走るはずだった先輩は失速して後方へ。気づけば、松井ひとりで集団をけん引する展開になっていた。思うように後ろを引き離せず、5000m過ぎからはさすがに疲労を感じた。力を貯めるために、いったん集団の中位付近まで下がらざるを得なかったという。そこで首を振って状況を確認。すぐに相棒の3年生がいないことに気づき、自らに言い聞かせた。
「岸本さんのためにも、チームのためにも、トップを取らないといけない」
残り1200mからグングンとペースを上げ、ラスト800mでさらにギアを上げた。周りの応援はすべて自分に向けられると思い、懸命に腕を振った。表情はゆがみ、あごも上がっていたが、集団の前に出て、一気にそのまま突き進んだ。結果、29分25秒69で1着。力を出し尽くしてフィニッシュした時には喜ぶ余裕もなかったが、レース後の取材では息を整えると、ふと笑みを浮かべた。
「少しはチームに勢いをつけられたと思います。28分台を目標にしていたので、個人的に悔しさはありますけど、トップでよかったです」
気温は20度前半、湿度は80%を超えるランナー泣かせの気象条件。蒸し暑さをものともしない底力には酒井監督も目を細めていた。
「松井はラストがキレるんです。(きつくなるレース後半でも)最後に上げられるのは彼の力。普段は後ろで待機するレース運びが多いのですが、自分から主導権を握る展開も経験させておきたかった。もっと引き出しを増やしてあげたいです」
終盤の強さは折り紙つきだ。
【憧れた「鉄紺」、今はその起爆剤に】
まだ丸刈り頭だった頃の激走は、記憶に新しい。2023年12月、全国高校駅伝でも気迫あふれるラストスパートを見せ、大きなインパクトを残している。エースが集まる10km区間の1区で、5000mの日本人高校歴代2位の記録(13分28秒78)を持つ須磨学園の折田壮太(現・青山学院大1年)と抜きつ抜かれつのデッドヒートを最後まで繰り広げた。区間賞はライバルに譲ったが、区間2位となった松井の粘りも圧巻だった。レース後、埼玉栄高校のエースだった男は、晴れ晴れとした顔で振り返っていた。
「意地もありましたが、"その1秒をけずりだせ"ば、チームのゴールタイムも速くなります。後続のためにも折田に付いていく選択をしました」
あまりに有名なキャッチフレーズが口をついて出た。東洋大に受け継がれる伝統のスピリッツである。松井は中学生の頃からずっと憧れてきたのだ。
第96回大会(2020年)の箱根駅伝を見て、胸が熱くなったことをよく覚えている。目が釘づけになったのは花の2区。当時、東洋大の大黒柱だった相澤晃(現・旭化成)は、東京国際大の伊藤達彦(現・Honda)と激しい競り合いを制し、区間賞を獲得。まさしくエースの走りだった。
「相澤さんの走りが純粋にかっこよくて。あのときから、僕もいつか鉄紺のタスキで走りたいと思うようになりました」
高校最後の大会を終えたあと、夢と希望にあふれた17歳の松井は、冬の京都で大学での大きな目標も明かしていた。
「箱根のどの区間を走っても、区間新記録を出したいです」
あれから半年。東洋大で先輩たちにもまれ、メキメキと力をつけてきた。練習の速いペースに付いていけず、脱落しそうになると、4年生の梅崎蓮、小林亮太らが声をかけてくれるという。松井は苦しくても歯を食いしばり、自らを奮い立たせている。
「ここで1年生が頑張らないで、どうするんだと」
ただ無理をしているわけではない。厳しく追い込むこともあれば、個人に合った調整も許されている。たとえ1年生でも、それは変わらない。松井自身、レースの1週間前はジョグのみでコンディションを整えている。
「僕はそっちのほうが本番で走れるタイプなので。そういうところも上級生たちが理解を示してくれています。1年生だから遠慮して走れないより、堂々と走れるほうがいいと思います」
5月に行なわれた関東インカレの5000mでも13分51秒57と自己ベストを更新し、5位入賞(日本人3位)。トラックシーズンでコンスタントに結果を残し、秋からの駅伝シーズンに向けてアピールを続けている。
「3年生、4年生たちを食ってやるぞ、という気持ちはあります」
相模原でチームに勢いをつけた男は、上級生たちのハートにも火をつけそうな勢いまである。今季、東洋大がスローガンに掲げる"鉄紺の覚醒"を促す起爆剤になるかもしれない。