最後は井上の猛ラッシュの前に沈んだネリ。当時の胸中を当人が振り返っている。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext 理想的なエンターテインメントを彩った井上のダウン ダウンの応酬からの壮絶なK…

 

最後は井上の猛ラッシュの前に沈んだネリ。当時の胸中を当人が振り返っている。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

 

理想的なエンターテインメントを彩った井上のダウン

 ダウンの応酬からの壮絶なKO劇。去る5月6日、ボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)と挑戦者のルイス・ネリ(メキシコ)の一戦は、まさしく理想的なエンターテイメントだった。

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 34年ぶりにボクシングの興行が実現した東京ドームが熱狂の坩堝と化す展開だった。なにせ初回に井上がキャリア初のダウンを喫したのだ。試合展開について「俺が倒れるか、あいつが倒れるか」と考えていたというネリの積極果敢な仕掛けが“予期せぬ展開”を生んだ。

 近接戦で井上が左アッパーを突き上げ、続けざまに右ストレートを繰り出そうとした瞬間だった。ぽっかりと空いた隙間にネリがここぞとばかりに左フックが炸裂。これが顎付近を見事に捉え、モンスターは身体を反転させるようにキャンバスに飛んだ。

 ただ、そこからは井上が“逆襲”を成功させる。2回と5回にそれぞれ左フックでダウンをもぎ取ると、6回には左ジャブ、右アッパーの素早いコンビネーションから右ストレートを一閃。完璧なフィニッシュワークで4本のベルトを防衛してみせた。

 下馬評で「圧倒的に優位」と見られていた井上から先手を取りながらも、完膚なきまでに叩き潰されたネリ。結果的に「序盤から打ちに出る」という策を実らせた“悪童”はなぜそこから逆転を許したのか。

 その一端を他でもない本人が明かしている。激闘から1か月が過ぎ、地元ティファナに帰郷したネリは母国メディア『Global Comunicacion』のインタビューに登場。衝撃的なダウンを奪ってからの心境の変化について「彼が倒れた瞬間に『ここで終わらせる。ノックアウトしてやる』と思ったんだ。でも、すぐに仕留めようとしたのが間違いだった」と振り返った。

 さらに試合前から厳しい状況にあったという。

 この歴史的なメガイベントに向けては両陣営に厳格な規制が設けられた。王者陣営が事前計量(30日前、15日前、7日前)とVADAによる抜き打ちのドーピング検査を義務付け。これに日本ボクシングコミッション(JBC)とWBCが合意していた。

 無論、必然の規制ではあった。ネリは2017年と18年にWBC世界バンタム級タイトルマッチとして山中慎介氏と対戦した際にドーピング違反と体重超過を犯していた。そのため、失敗が許されない興行を実現する上で規制の遵守は必須だったのである。

「計量をクリアすることは汚名を返上するようなもの」

 この規制を受け入れることで、JBCから設けられた日本での活動停止とライセンス申請の剥奪という処分解除となるネリ。彼は万全の肉体を仕上げ、何の不満も漏らさずに受け入れ、リングに立っていた。

 しかし、舞台裏では苦悩もあったようだ。『Global Comunicacion』で「俺に欠けていたのは、より近い階級の強いスパーリングパートナーとのトレーニングに焦点を当てることだった」と告白したネリは、こう続けている。

「とにかく計量をクリアすることに集中しすぎたんだ。メモに『お前の意識の全てを軽量をクリアすることに向けろ』と書いていたんだ。それぐらいに計量をパスすることに焦点を当てていた。俺は体重のことで常に批判されてきたからね。だから常に体重をチェックして、クリアすることに全力で集中していた」

 負け惜しみとも取れなくもない発言だ。しかし、そこにはネリにもボクサーとしてプライドもある。「代替選手」として元IBF世界同級王者のテレンス・ジョン・ドヘニー(アイルランド)が用意された事実に対し、「俺の予備になる選手が用意されたことで、『絶対にクリアしてやる』と思った」という29歳のメキシカンは、当時の胸中を振り返る。

「計量をクリアすることは汚名を返上するようなものだった。なぜなら俺は日本で減量失敗が原因で世界タイトルを失っていたからね。計量が上手くいかないと、精神的な面で試合前から負けている感じはする」

 結果的に井上の強靭な強さを前に屈したネリ。「試合がどうなったかは置いておいて、良いスタートが切れたとは思った」と振り返った表情は、どこか吹っ切れたように見えた。

 

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

 

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